1. はじめに:脂質代謝がなぜ疾患を生むのか
脂質は細胞膜の素材であり、エネルギー源であり、シグナル分子としても機能します。
そのため、脂質代謝が破綻すると細胞全体の恒常性が崩れ、慢性疾患の基盤となります。
特に以下のような代謝異常が重要です:
- 脂肪酸の過剰合成(de novo lipogenesis)
- β酸化の低下
- コレステロール代謝異常
- 中性脂肪の蓄積と脂肪組織炎症
- 脂質メディエーターの不均衡
以下で、代表的な疾患との関係を生化学・病態生理の観点から整理していきます。
2. 肥満:脂質代謝過剰のスタート地点
● 2-1. 白色脂肪組織の肥大と炎症
肥満では脂肪細胞が肥大し、
- 血流不足
- 低酸素
- ERストレス
が亢進します。
その結果、
マクロファージが浸潤し慢性炎症が持続することが、後続の代謝疾患の引き金となります。
● 2-2. 脂肪肝(NAFLD)との関連
過剰な脂肪酸は肝臓に流入し、中性脂肪として蓄積します。
脂肪肝は
インスリン抵抗性 → 糖尿病 → NASH → 肝がん
という連続した病態の起点となります。
3. 2型糖尿病:脂質代謝が引き起こすインスリン抵抗性
● 3-1. 筋・肝での脂肪酸蓄積によるインスリン抵抗性
脂質中間代謝産物(DAG、セラミド)が増えると
- PKCθ活性化
- Aktのリン酸化阻害
が起こり、インスリンシグナルが遮断されます。
これが2型糖尿病におけるインスリン抵抗性の核心です。
● 3-2. β細胞の脂質毒性
膵臓のβ細胞は脂質ストレスに弱く、
- 過剰脂肪酸によるアポトーシス
- 活性酸素種増加
によりインスリン分泌不全も進行します。
4. 脂質異常症:脂質輸送システムの破綻
脂質異常症は、
- LDL増加
- HDL低下
- 中性脂肪増加
などで定義されます。
● 4-1. コレステロール輸送の異常
LDLは末梢へコレステロールを運び、HDLは逆輸送(末梢→肝)を行います。
HDLの低下は動脈硬化を促進し、心血管疾患リスクを上昇させます。
● 4-2. 中性脂肪とVLDL
肝臓での脂肪酸蓄積がVLDL増加を招き、動脈硬化の素地になります。
5. 慢性炎症と脂質メディエーター
脂質は炎症反応の「主役」でもあります。
● 5-1. 炎症性脂質メディエーター
- アラキドン酸 → プロスタグランジン・ロイコトリエン
- リゾホスファチジン酸(LPA)
これらは炎症性疾患の進行を強力に促進します。
● 5-2. 抗炎症性脂質メディエーター
- レゾルビン
- プロテクチン
- マレシン
は炎症の「停止信号」を担います。
肥満ではこれらのバランスが崩れるため、炎症が止まらなくなる点が特徴です。
6. がん:脂質代謝のリプログラミング
がん細胞は脂質代謝を大幅に書き換えます。
● 6-1. de novo 脂肪酸合成の亢進
ATP citrate lyase(ACLY)、FASN、SCD1などが過剰発現し、
細胞膜構築や増殖に必要な脂肪酸をがん細胞自身が作り出します。
● 6-2. 脂質ドロップレットとストレス耐性
脂質ドロップレットは
- ROS緩和
- 脂毒性からの保護
に働き、腫瘍の生存を助けます。
● 6-3. がん微小環境での脂質利用
特に
- がん幹細胞
- 転移能の高い細胞
は脂質酸化(FAO)を活用して生存や移動を強化します。
(※ユーザーの研究テーマである CD9–ITGA3 と ECMリモデリングとも密接にリンクします)
7. まとめ:脂質代謝は病態の「ハブ」である
脂質代謝の破綻は個別疾患ではなく、
肥満 → 糖尿病 → 脂質異常症 → 炎症 → がん
という連続性のある疾患ネットワークを形成します。
今後の治療戦略として重視されるのは:
- 代謝酵素(FASN、ACLY 等)の阻害
- 脂質メディエーターの制御
- 脂肪組織炎症の抑制
- がん細胞の脂質代謝依存性を標的化
など、脂質を中心に据えた包括的なアプローチです。