第7回:抗インフルエンザ薬の作用機序と耐性

■ 抗インフルエンザ薬の分類

現在臨床で使用される抗インフルエンザ薬は大きく以下の 3 系統に分けられます。

  1. ノイラミニダーゼ阻害薬(NA阻害薬)
  2. キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬(バロキサビル)
  3. M2イオンチャネル阻害薬(アマンタジン系)※現在は実質使用されない

A型・B型の双方に有効なのは NA阻害薬とバロキサビル です。


■ 1. ノイラミニダーゼ阻害薬(NA inhibitors)

● 代表薬

  • オセルタミビル(タミフル)
  • ザナミビル(リレンザ)
  • ラニナミビル(イナビル)
  • ペラミビル(ラピアクタ:静注)

● 作用機序

ウイルス表面の ノイラミニダーゼ(NA) は、感染細胞からウイルス粒子が離脱する際に必要な酵素です。
NA阻害薬はこの酵素をブロックし、以下を阻害します:

  • 感染細胞からのウイルス放出を阻害
  • ウイルスの拡散を抑制

発症後48時間以内の投与が最も有効。

● 耐性

代表的な変異:

  • H275Y(N1系):オセルタミビル耐性
  • R292K(N2系):ザナミビル以外に高度耐性

近年はワクチン接種率やウイルス遺伝子背景により、耐性株の流行は比較的抑えられています。


■ 2. バロキサビル(キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬)

● 代表薬

  • バロキサビル マルボキシル(ゾフルーザ)

● 作用機序

インフルエンザウイルスはmRNA合成の際に
“cap-snatching”(宿主mRNAのキャップを切り取って利用)
を行います。

バロキサビルはこれに必要な酵素
PAサブユニットのエンドヌクレアーゼ活性
を阻害し、ウイルスmRNAの合成を封じます。

→ 増殖初期に強い効果を持つ「1回投与」の薬。

● 耐性

  • **I38T/M変異(PA遺伝子)**が最も有名
  • 感染後のウイルスから出現しやすいが、伝播力はやや低下することが多い
  • 小児で耐性が出やすいことが報告され、使用指針に影響している

■ 3. M2イオンチャネル阻害薬(アマンタジン系)

● 代表薬

  • アマンタジン
  • リマンタジン

● 作用機序

M2イオンチャネルの働きを阻害し、ウイルス侵入後の**脱殻(uncoating)**を阻止します。

● 臨床ではほぼ使用されない理由

  • A型のほとんどが S31N変異により高度耐性
  • B型には構造的にM2タンパクが異なるため 効果がない

■ 抗インフルエンザ薬の使い分け(概要)

薬剤系統作用する型特徴注意点
NA阻害薬A/B拡散阻害、実績豊富早期投与が必要
バロキサビルA/B1回投与、増殖初期を抑える耐性(I38T)が出やすい
M2阻害薬Aのみ脱殻阻害現在は耐性で使用困難

■ まとめ

  • NA阻害薬はウイルス放出を抑え、現在も標準的治療
  • バロキサビルはエンドヌクレアーゼ阻害により増殖を抑える新しい作用点
  • M2阻害薬は耐性蔓延により現実的には使用されない
  • いずれの薬も 早期投与が効果の鍵
  • 耐性は主にウイルスの表面タンパク(NA)やポリメラーゼ複合体(PA)の点変異によって生じる

第6回:季節性インフルエンザとパンデミックの生物学

■ 季節性インフルエンザとは

季節性インフルエンザは、冬季を中心に毎年流行を繰り返す感染症です。主に以下の特徴があります。

  • 抗原ドリフトによる小規模変異が免疫回避を引き起こす
  • A型(H1N1, H3N2)とB型の2種類が主に流行
  • 過去の感染・ワクチンによる免疫が部分的に残っているため、症状・致死率は比較的安定
  • 流行規模は地域ごとにほぼ毎年発生

● 季節性流行の成立要因

  1. 免疫の減衰(感染や接種から時間が経つと抗体が低下)
  2. 抗原ドリフトによる抗体逃避
  3. 冬季の環境要因(乾燥、低温でウイルスが安定化)
  4. 人の行動パターン(室内活動の増加)

■ パンデミックインフルエンザとは

パンデミックとは、世界的規模で短期間に感染が爆発的に拡大する現象です。

インフルエンザでパンデミックが起こる主因は、
抗原シフトによって新しい亜型が誕生し、人類が免疫を全く持たない状態で広がることです。

● パンデミックの特徴

  • 新しいHAまたはNAを持つ新亜型
  • 世界中で免疫がほぼゼロ → 感染が急速に拡大
  • 年齢分布が大きく変わる(若年者への重症化など)
  • 流行が1〜3年続く
  • 過去の例では致死率が大きく変動(1918年は非常に高い)

● 主なパンデミック

  • 1918年:H1N1(スペインかぜ)
  • 1957年:H2N2(アジアかぜ)
  • 1968年:H3N2(香港かぜ)
  • 2009年:H1N1(新型インフルエンザ)

これらはすべて抗原シフトによる新亜型が原因です。


■ 両者の生物学的違い

1. 抗原変異の規模

種類季節性パンデミック
主因小さな変異(抗原ドリフト)大変異(抗原シフト)
免疫の有無部分的にありほぼゼロ
致死率・重症度安定している変動が大きい

2. 宿主範囲の違い

  • パンデミックウイルスでは鳥・豚など動物由来ウイルスとの遺伝子再集合が重要
  • 人に適応するため、HAの受容体認識やPB2の宿主適応変異(E627Kなど)が獲得されることが多い

3. 感染の持続と世代交代

パンデミックウイルスは数年で季節性ウイルスへと“定着”します。
(例:2009年H1N1は現在の季節性H1N1になっている)


■ 季節性インフルエンザとパンデミックを区別する意味

  • ワクチン更新戦略の違い
  • 公衆衛生対応(渡航制限・休校措置など)の判断
  • サーベイランス体制の強化
  • ウイルス進化の監視(特に動物由来ウイルス)

パンデミックの初期には「感染力」「重症度」「宿主適応」の評価が急務となります。


■ まとめ

  • 季節性インフルエンザは抗原ドリフトによって毎年流行
  • パンデミックインフルエンザは抗原シフトで新亜型が誕生して起こる
  • 人類の既存免疫の有無が、流行の規模と重症度を大きく左右する
  • パンデミック株は最終的に季節性株として定着し、以後はドリフトで変化を続ける

第5回:インフルエンザの抗原変異(抗原シフト・抗原ドリフト)

■ 抗原変異とは何か

インフルエンザウイルス(特にA型)は、表面抗原である

  • HA(ヘマグルチニン)
  • NA(ノイラミニダーゼ)
    の構造が変化しやすい性質を持っています。

この抗原変化のため、私たちの免疫が過去の感染やワクチンで獲得した抗体ではウイルスをうまく中和できなくなり、毎年流行が繰り返される根本的な理由になっています。

抗原変異には以下の2種類があります:

  1. 抗原ドリフト(Antigenic Drift)
  2. 抗原シフト(Antigenic Shift)

両者は原因・頻度・影響が大きく異なります。


■ 1. 抗原ドリフト:季節性インフルエンザの主因

● 仕組み

抗原ドリフトは、RNA複製エラーによる少しずつの変異の蓄積で起こります。
インフルエンザウイルスのRNAポリメラーゼには校正機能がないため、複製時の誤りがそのまま残りやすく、HAやNAのアミノ酸配列の一部が置き換わります。

● 特徴

  • 小さな変異が少しずつ蓄積
  • 毎年または数年単位で起こる
  • 既存の免疫を部分的に回避
  • 季節性インフルエンザの原因

● 公衆衛生への影響

ワクチン株は毎年更新される必要があります。
これは、抗原ドリフトでウイルスが少しずつ免疫から逃げるためです。


■ 2. 抗原シフト:パンデミックを引き起こす大変異

● 仕組み

抗原シフトは、異なるインフルエンザA型ウイルス同士が1つの細胞に感染し、遺伝子が再集合(リオソーティング)することで、新しいHAまたはNAを持つウイルスが誕生する現象です。

例:

  • 鳥インフルエンザウイルス
  • 豚インフルエンザウイルス
  • 人インフルエンザウイルス
    が混合感染 → 新しい亜型のインフルエンザAウイルスが生まれる

● 特徴

  • 大規模で“飛び級”的な”抗原の変化
  • 人類が免疫を持たない新亜型が誕生
  • 発生頻度は非常に低い
  • 主にインフルエンザA型でのみ起こる(B型ではほぼ起こらない)

● 歴史的パンデミック例

  • 1918年 H1N1(スペインかぜ)
  • 1957年 H2N2(アジアかぜ)
  • 1968年 H3N2(香港かぜ)
  • 2009年 H1N1(新型インフルエンザ)

これらはいずれも抗原シフトにより誕生したウイルスが原因です。


■ 抗原ドリフトと抗原シフトの比較

特性抗原ドリフト抗原シフト
原因RNA複製エラーの蓄積異種ウイルスの遺伝子再集合
変化の規模小さい大規模(新亜型誕生)
発生頻度毎年〜数年数十年に一度
対象A、B型で起こるA型のみ
影響季節性流行パンデミック

■ まとめ:なぜインフルエンザは毎年問題になるのか

  • ウイルスのRNA複製はエラーが多く、抗原ドリフトで毎年少しずつ変異
  • 動物由来ウイルスとの遺伝子再集合により、抗原シフトで新亜型が誕生
  • これらの抗原変異が、人間の免疫から逃れ続ける理由
  • その結果、ワクチンも毎年更新する必要がある

インフルエンザの感染制御には、「抗原変異の性質」を理解することが非常に重要になります。

第4回:インフルエンザ感染に対する宿主免疫応答と病態(自然免疫・炎症・重症化メカニズム)

1. インフルエンザ感染後、体の中で何が起きるのか?

インフルエンザウイルスは、主に 呼吸上皮細胞 に感染します。
感染細胞がウイルスを感知すると炎症反応が始まり、これが発熱・頭痛・筋肉痛などの典型症状を引き起こします。

大まかな流れは以下の通り:

  1. ウイルスRNAの感知(自然免疫)
  2. サイトカイン産生(IFN、TNF、IL-6 など)
  3. 炎症細胞の動員(マクロファージ、好中球)
  4. 感染細胞の破壊
  5. 回復と組織修復

これらがうまく働けば症状は軽く、
過剰に働きすぎると 重症肺炎やサイトカインストーム につながります。


2. 自然免疫(先天免疫)が「インフルエンザを最初に発見する」

ウイルスRNAは、細胞内のセンサーによって素早く検知されます。

2-1. センサー(ウイルス感知装置)

● RIG-I(主要センサー)

  • インフルエンザの 5’三リン酸RNA(vRNA) を認識
  • 最も重要な自然免疫トリガー

● TLR7(エンドソーム内でds/ssRNAを認識)

  • プラスマサイトイド樹状細胞などで活性化
  • 強力なIFN(インターフェロン)産生を誘導

● NLRP3インフラマソーム

  • 細胞ストレスに反応して IL-1β・IL-18 を産生
  • 発熱や炎症を促進

3. インターフェロン(IFN)応答:抗ウイルス状態の確立

ウイルスを感知した細胞は IFN-α/β(I型インターフェロン) を放出します。

3-1. IFNの役割

隣接細胞に
「ウイルスが来ている、警戒せよ」
というシグナルを送る。

その結果:

  • ウイルス複製を阻害
  • RNA分解酵素(OAS/RNase L)の誘導
  • PKRによるタンパク質合成停止
  • MHC class I増加 → 細胞傷害性T細胞による排除促進

これにより、広範囲の細胞が「抗ウイルス状態」へと変化します。


4. 炎症反応(サイトカインによる症状の発生)

感染細胞・免疫細胞が分泌するサイトカインが、インフルエンザの症状を生みます。

● IL-6:発熱、倦怠感

● TNF-α:食欲低下、全身症状

● IL-1β:発熱、痛み

● ケモカイン(CXCL10など):炎症細胞の動員

● IFN:筋肉痛、寒気

これらは ウイルス自身の直接的な毒性ではなく、宿主の免疫反応 によって生じます。


5. 感染細胞の排除(マクロファージ・NK細胞・T細胞)

免疫システムは感染細胞を的確に排除します。

5-1. マクロファージ

  • 感染細胞の死骸処理
  • サイトカイン産生
  • 抗原提示

5-2. NK細胞

  • IFNで活性化される
  • MHC class I が低下した感染細胞を攻撃

5-3. 細胞傷害性T細胞(CD8⁺ T細胞)

  • ウイルス抗原を提示した細胞を特異的に破壊
  • 肺内での主要なウイルス排除機構

これらによってウイルス量が減少し、症状も収束に向かいます。


6. 重症化メカニズム:サイトカインストームと肺障害

インフルエンザの重症化は、ウイルスが多いだけでは起こりません。
免疫反応が暴走すること が原因となります。


6-1. サイトカインストーム

炎症サイトカインが制御不能に増加する状態で、特に:

  • IL-6
  • TNF-α
  • IFN-β
  • IL-1β

などが過剰産生される。

結果

  • 血管透過性が上昇
  • 浸出液が肺にたまる
  • ARDS(急性呼吸窮迫症候群)に進展
  • 臓器障害が発生

6-2. 免疫細胞の過剰浸潤

好中球やマクロファージが大量に肺へ移動すると、
自分の組織まで傷つけてしまい、肺炎が悪化します。


6-3. 既往症によるリスク増大

  • 高齢者
  • 喘息・COPD
  • 心不全
  • 妊婦
  • 糖尿病
  • 免疫抑制状態

では重症化しやすい理由として、
免疫反応の調整が難しくなる点が挙げられます。


7. 回復と組織修復

ウイルスが減少すると、炎症反応は抑えられ、
線維芽細胞や上皮幹細胞が働いて肺の組織修復が進みます。

軽症例では1〜2週間で回復しますが、
重症肺炎の場合は完全な回復まで数週間以上かかることもあります。


まとめ

インフルエンザの症状や重症化は、

  • 免疫応答の強さ・バランス
  • サイトカインの量
  • 炎症細胞の動員

によって決まります。

ウイルスの増殖そのものより、
宿主の免疫反応の“過剰さ”が病態を左右する
というのがポイントです。

第3回:インフルエンザ感染成立の分子メカニズム(受容体結合・細胞侵入・宿主適応)

1. 感染成立の根幹:受容体特異性(HAとシアル酸結合)

インフルエンザウイルスの感染は、HA(ヘマグルチニン)とシアル酸の結合から始まります。
この“結合の相性”が、どの動物に感染できるか、どれだけ広がるかを大きく左右します。


1-1. シアル酸の2種類:α2,3 と α2,6

ヒト型ウイルス(H1N1・H3N2)

  • α2,6結合シアル酸を認識
  • 上気道(鼻〜咽頭)に多く存在
  • ヒトへの伝播効率が高い(咳・くしゃみで飛びやすい)

鳥型ウイルス(H5N1など)

  • α2,3結合シアル酸を認識
  • 鳥の腸管に多い
  • ヒトには主に 肺の深部にしか存在しない
  • → 人感染は起こるが「伝播」はほとんどしない

この受容体特異性の違いが、季節性インフルエンザ鳥インフルエンザを分ける決定的なポイントです。


1-2. 受容体特異性を決めるHAのアミノ酸残基

  • H1:190番台・220番台のループ構造
  • H3:異なる領域で決定される

わずかなアミノ酸変化で 鳥型 → ヒト型 に切り替わることがあり、パンデミックのリスクを常に孕んでいます。


2. 細胞侵入(エンドサイトーシスと膜融合)の分子機構

受容体に結合した後、ウイルスは細胞内へ取り込まれ、エンドソームの酸性化により膜融合を起こします。


2-1. HAのpH依存的構造変化

エンドソームの酸性環境により、HAは劇的な構造変化を起こし、
ウイルス膜とエンドソーム膜を融合させます。

この反応が起きる理由

  • HAは「低pHで開くように設計されたバネ」のような構造を持つ
  • 開くことで、細胞膜へ伸びる「融合ペプチド」が露出する

この融合ステップは治療標的としても注目されています。


2-2. M2イオンチャネルによる脱殻調整

M2はH⁺をウイルス内部へ流し込み、内部のpHを変化させることで
M1(コート)とRNPの結合を弱め、RNPを解放する役割を果たします。

  • アマンタジンはこのM2を阻害する薬
  • しかし現在は耐性株が多く、臨床使用は限定的

2-3. RNPを核へ届ける輸送システム

解放されたRNPは、**核移行シグナル(NLS)**を使って核へ移動します。
これにより、核内での「キャップスナッチング」や複製が可能になります。


3. 宿主適応の分子メカニズム(なぜ鳥ウイルスは人に広がらないのか?)

インフルエンザウイルスが別の種に感染し、さらにその種で広がるには「宿主適応」が必要です。
その中核になるのがポリメラーゼ複合体の適応です。


3-1. PB2の627位が伝播性を左右する

PB2のアミノ酸 627番(E627K変異) は宿主適応で最も有名な例です。

  • 鳥型:E(グルタミン酸)
    ヒトの細胞では増殖しにくい
  • ヒト型:K(リジン)
    → ヒト上気道の温度(33°C付近)でよく複製できる

鳥インフルエンザのヒト感染例で、PB2-627Kが獲得されると、重症化や伝播の潜在能力が高まるとされます。


3-2. PB2の701位(Q701N)など他の適応変異

  • PB2-Q701N
  • PB1、NPの適応変異
  • RNP複合体が人の核内で機能しやすくする改変

これらが組み合わさることで、ウイルスは新しい宿主に馴染んでいきます。


3-3. HAのプロテアーゼ依存性

HAは宿主プロテアーゼで切断(活性化)されないと感染力を持ちません。

  • 鳥型HA:特定のプロテアーゼにしか切断されない
  • 一部高病原性株(H5)は多塩基性切断部位を獲得し、
    広範な組織で切断される → 全身感染を起こす

これも病原性の分子基盤です。


4. なぜ人にうつるウイルスとうつらないウイルスがあるのか?

種間の壁を決める重要因子は以下の通り:

  1. 受容体特異性(HA)
  2. ポリメラーゼの適応(PB2)
  3. HA切断プロテアーゼの利用性
  4. ウイルス粒子の安定性(気道環境への適応)

1つでも適していないと、

  • 人に感染しにくい
  • 感染しても増殖できない
  • 増殖しても伝播できない
    という制限が生じます。

まとめ

インフルエンザウイルスの感染は、

  • HAとシアル酸の相互作用
  • 低pH依存的な膜融合
  • RNPの核輸送
  • PB2を中心とした宿主適応

といった分子機構によって成立します。

次回は、感染後にどのように身体が反応するのか──
「宿主免疫応答と病態」 について解説します。

第2回:インフルエンザウイルスの増殖サイクル(細胞侵入〜放出まで)

1. インフルエンザ増殖の全体像

インフルエンザウイルスは、細胞表面の受容体に結合して取り込まれ、細胞内でゲノム複製・タンパク質合成を行います。
その後、細胞表面から新しいウイルス粒子として放出され、次の細胞へ感染を広げます。

増殖サイクルは大きく以下のステップに分けられます:

  1. 受容体結合(HAとシアル酸)
  2. エンドサイトーシス(細胞内への取り込み)
  3. 膜融合とRNPの放出
  4. 核内でのゲノム複製・転写
  5. ウイルスタンパク質の翻訳・輸送
  6. ウイルス粒子の組み立て
  7. NAによるウイルス放出

それぞれ詳しく解説します。


2. 受容体結合(ウイルスの「カギ」)

ウイルス表面の ヘマグルチニン(HA) が、宿主細胞表面の**シアル酸(Sialic acid)**に結合することで感染が始まります。

  • ヒト型インフルエンザ:α2,6結合シアル酸を好む
  • 鳥型インフルエンザ:α2,3結合シアル酸を好む

この「受容体特異性」が種特異性や伝播性を決める重要因子です。


3. エンドサイトーシス(細胞内へ取り込まれる)

受容体に結合したウイルスは、細胞膜に包まれながらエンドソームに取り込まれます。
インフルエンザウイルスは主にクラスリン依存性エンドサイトーシスを利用します。


4. 低pHによる膜融合とRNPの脱殻

エンドソームが酸性化すると、以下の変化が起きます。

(1)HAの構造変化

酸性環境でHAが“開く”ことで、ウイルス膜とエンドソーム膜が融合

(2)M2イオンチャネルが作動

M2タンパク質がH⁺を取り込み、ウイルス内部のpHが変化することで
RNPがコート(M1)から解放される。

この2つによってRNPが細胞質へ放出され、次のステップへ進みます。


5. 核内でのゲノム複製・転写(RNAウイルスでは珍しい特徴)

インフルエンザのRNPは核内に移行します(−ssRNAウイルスとしては例外的)。

主な理由:

  • キャップスナッチング(宿主mRNAのキャップを奪う)
  • NPやポリメラーゼの核内輸送シグナル
  • スプライシング(M2、NS2など)を必要とする

核内で行われる反応

  1. mRNA合成(転写)
  2. cRNA合成(複製中間体)
  3. vRNAの増幅

ウイルスポリメラーゼ(PB1・PB2・PA)が、mRNAとゲノム複製の両方を担います。


6. タンパク質合成と輸送

mRNAは細胞質へ輸送され、リボソームで翻訳されます。

翻訳されたタンパク質の行き先

(A)細胞膜へ行くタンパク質

  • HA
  • NA
  • M2

これらは小胞体 → ゴルジ体 → 細胞膜へ輸送される。

(B)核に戻るタンパク質

  • NP
  • PB1
  • PB2
  • PA

RNPを組み立てるために核へ戻ります。

(C)構造タンパク質

  • M1(マトリックス)
  • NS2(核外輸送)

M1とNS2はRNPと結合し、核外へ輸送する役割を果たします。


7. ウイルス粒子の組み立て

細胞膜の特定領域(脂質ラフト)にHA・NA・M2が集積。
そこにRNPとM1が移動し、**ウイルス粒子が膜から出芽(budding)**していきます。

RNPは8分節すべてをセットでパッケージングされる必要があるため、選別メカニズムが働いていると考えられています。


8. NAによるウイルス放出(最後のステップ)

ウイルスが細胞膜から出芽したあと、まだ細胞表面のシアル酸に「くっついたまま」になります。
そこで活躍するのがノイラミニダーゼ(NA)

  • シアル酸を切断
  • ウイルス粒子を細胞から“切り離す”

これが阻害されると、ウイルスは細胞膜に張り付いたまま広がれません。

タミフル(オセルタミビル)などの薬は、まさにこのステップを止める薬です。


まとめ

インフルエンザウイルスの増殖は以下のように整理できます。

  1. シアル酸に結合:HA
  2. 取り込み:エンドサイトーシス
  3. 膜融合:低pH+HA変化+M2
  4. 核内でRNA複製:RNP+PB1/2/PA
  5. タンパク輸送:ER → Golgi → 細胞膜
  6. 出芽:M1が構造を形成
  7. 放出:NAがシアル酸を切断

次回はさらに深く踏み込み、
「感染成立の分子メカニズム(受容体特異性・細胞侵入・宿主適応)」
について詳細に解説します。

第1回:インフルエンザウイルスとは?(基本構造と分類)

1. インフルエンザウイルスとは?

インフルエンザウイルスは**オルソミクソウイルス科(Orthomyxoviridae)に属する一本鎖マイナス鎖RNAウイルス(−ssRNA)**です。
毎年の季節性流行だけでなく、パンデミックの原因となり得る重要なウイルスとして、医学・公衆衛生の両面から広く研究されています。


2. 基本構造

インフルエンザウイルス粒子は以下の要素から構成されます。

(1)エンベロープ(膜)

宿主細胞膜由来で、**ヘマグルチニン(HA)ノイラミニダーゼ(NA)**が突き出している。

  • HA:細胞表面のシアル酸受容体に結合
  • NA:新生ウイルス粒子の放出を助ける

(2)マトリックスタンパク質(M1)

内部構造を安定化し、エンベロープと遺伝子複合体をつなぐ。

(3)リボ核タンパク質複合体(RNP)

ウイルスの遺伝子の中核。

  • 8分節のマイナス鎖RNA
  • それぞれにNP(Nucleoprotein)
  • RNA依存性RNAポリメラーゼ(PB1、PB2、PA)

RNAが分節化されているため、遺伝子交換(リソーティング)が起きやすく、パンデミックの原因にもなります。


3. インフルエンザの分類

A型(Influenza A)

  • ヒト、鳥、豚、馬など幅広い宿主に感染
  • パンデミックを起こす唯一の型
  • HA(H1〜H18)、NA(N1〜N11)の組み合わせでサブタイプ分類
    • 例:H1N1、H3N2

B型(Influenza B)

  • ヒトにほぼ限定(アザラシにも少数)
  • パンデミックは起こらないが季節性流行の主因
  • 主に2系統:Victoria系統、Yamagata系統

C型

  • 軽症の呼吸器感染
  • 流行規模は小さい

D型

  • 牛などに感染
  • ヒト感染は報告されていない

4. インフルエンザウイルスが重要視される理由

(1)遺伝子変異が速い

RNAポリメラーゼのエラー率が高いため、**抗原変異(抗原ドリフト)**が頻発。

(2)種間伝播が起きやすい

宿主範囲が広く、鳥→豚→ヒトなどの伝播が起こる。

(3)パンデミックのリスクが常に存在

異なるウイルスの遺伝子分節が混ざる抗原シフトによって、新型ウイルスが生まれる。


まとめ

インフルエンザウイルスは、構造・遺伝子・宿主範囲のいずれも独特であり、変異しやすく流行性が高いRNAウイルスの代表格です。
次回は、このウイルスがどのように細胞へ侵入し、増殖するのか――増殖サイクルを徹底解説します。

脂質シリーズ 第5回:脂質代謝と疾患(肥満・糖尿病・脂質異常症・炎症・がん)

1. はじめに:脂質代謝がなぜ疾患を生むのか

脂質は細胞膜の素材であり、エネルギー源であり、シグナル分子としても機能します。
そのため、脂質代謝が破綻すると細胞全体の恒常性が崩れ、慢性疾患の基盤となります。

特に以下のような代謝異常が重要です:

  • 脂肪酸の過剰合成(de novo lipogenesis)
  • β酸化の低下
  • コレステロール代謝異常
  • 中性脂肪の蓄積と脂肪組織炎症
  • 脂質メディエーターの不均衡

以下で、代表的な疾患との関係を生化学・病態生理の観点から整理していきます。


2. 肥満:脂質代謝過剰のスタート地点

● 2-1. 白色脂肪組織の肥大と炎症

肥満では脂肪細胞が肥大し、

  • 血流不足
  • 低酸素
  • ERストレス
    が亢進します。

その結果、
マクロファージが浸潤し慢性炎症が持続することが、後続の代謝疾患の引き金となります。

● 2-2. 脂肪肝(NAFLD)との関連

過剰な脂肪酸は肝臓に流入し、中性脂肪として蓄積します。
脂肪肝は
インスリン抵抗性 → 糖尿病 → NASH → 肝がん
という連続した病態の起点となります。


3. 2型糖尿病:脂質代謝が引き起こすインスリン抵抗性

● 3-1. 筋・肝での脂肪酸蓄積によるインスリン抵抗性

脂質中間代謝産物(DAG、セラミド)が増えると

  • PKCθ活性化
  • Aktのリン酸化阻害
    が起こり、インスリンシグナルが遮断されます。

これが2型糖尿病におけるインスリン抵抗性の核心です。

● 3-2. β細胞の脂質毒性

膵臓のβ細胞は脂質ストレスに弱く、

  • 過剰脂肪酸によるアポトーシス
  • 活性酸素種増加
    によりインスリン分泌不全も進行します。

4. 脂質異常症:脂質輸送システムの破綻

脂質異常症は、

  • LDL増加
  • HDL低下
  • 中性脂肪増加
    などで定義されます。

● 4-1. コレステロール輸送の異常

LDLは末梢へコレステロールを運び、HDLは逆輸送(末梢→肝)を行います。
HDLの低下は動脈硬化を促進し、心血管疾患リスクを上昇させます。

● 4-2. 中性脂肪とVLDL

肝臓での脂肪酸蓄積がVLDL増加を招き、動脈硬化の素地になります。


5. 慢性炎症と脂質メディエーター

脂質は炎症反応の「主役」でもあります。

● 5-1. 炎症性脂質メディエーター

  • アラキドン酸 → プロスタグランジン・ロイコトリエン
  • リゾホスファチジン酸(LPA)
    これらは炎症性疾患の進行を強力に促進します。

● 5-2. 抗炎症性脂質メディエーター

  • レゾルビン
  • プロテクチン
  • マレシン
    は炎症の「停止信号」を担います。

肥満ではこれらのバランスが崩れるため、炎症が止まらなくなる点が特徴です。


6. がん:脂質代謝のリプログラミング

がん細胞は脂質代謝を大幅に書き換えます。

● 6-1. de novo 脂肪酸合成の亢進

ATP citrate lyase(ACLY)、FASN、SCD1などが過剰発現し、
細胞膜構築や増殖に必要な脂肪酸をがん細胞自身が作り出します

● 6-2. 脂質ドロップレットとストレス耐性

脂質ドロップレットは

  • ROS緩和
  • 脂毒性からの保護
    に働き、腫瘍の生存を助けます。

● 6-3. がん微小環境での脂質利用

特に

  • がん幹細胞
  • 転移能の高い細胞
    は脂質酸化(FAO)を活用して生存や移動を強化します。

(※ユーザーの研究テーマである CD9–ITGA3 と ECMリモデリングとも密接にリンクします)


7. まとめ:脂質代謝は病態の「ハブ」である

脂質代謝の破綻は個別疾患ではなく、
肥満 → 糖尿病 → 脂質異常症 → 炎症 → がん
という連続性のある疾患ネットワークを形成します。

今後の治療戦略として重視されるのは:

  • 代謝酵素(FASN、ACLY 等)の阻害
  • 脂質メディエーターの制御
  • 脂肪組織炎症の抑制
  • がん細胞の脂質代謝依存性を標的化

など、脂質を中心に据えた包括的なアプローチです。

第4回:脂質シグナル伝達 ― PI, DAG, S1P, エイコサノイドが制御する細胞の意思決定

1. 脂質が「シグナル」になる理由

脂質メディエーターは数秒〜数分単位で合成され、迅速に作用するため、
細胞が外界の刺激に応答する高速スイッチとして働きます。

特徴として:

  • 膜内で局所的に生成される(空間制御が可能)
  • 瞬時に量を変化させられる(時間制御が可能)
  • 受容体(GPCR、核内受容体など)を介して強い細胞応答を起こす

細胞膜の“化学的スイッチボード”と言ってよい存在です。


2. PI(ホスファチジルイノシトール)とそのリン酸化誘導体

PIはイノシトール環にリン酸が付く位置に応じて機能が変わる多機能脂質です。

● 主な種類

  • PI(4,5)P₂
  • PI(3,4,5)P₃
  • PI(3)P
  • PI(4)P

■ PI3K/AKT 経路(細胞増殖・生存の中心)

  1. 増殖因子がRTKを活性化
  2. PI3KがPI(4,5)P₂ → PI(3,4,5)P₃に変換
  3. PIP₃を足場にAKTが膜にリクルートされ活性化
  4. mTOR, FOXO, GSK3βなどを制御し
    • 細胞増殖
    • 生存
    • 代謝調節
      へつながる

■ PTENは“逆反応”を行う抑制因子

PTEN:PIP₃をPI(4,5)P₂に戻す → 代表的な腫瘍抑制因子

がんではPI3K/AKT経路の恒常的活性化が極めて多い理由です。


3. PLC/PKC 経路:PI(4,5)P₂ → DAG + IP₃

ホルモンや成長因子がGPCR/RTKを刺激すると、
**PLC(ホスホリパーゼC)**が活性化します。

■ 反応

PI(4,5)P₂ → DAG + IP₃

● IP₃

  • 小胞体からカルシウム放出
  • 筋収縮・分泌・免疫応答を制御

● DAG(ジアシルグリセロール)

  • PKCを活性化
  • RasGRPを介してRas-MAPK経路にも影響

DAGは膜内で局所的に蓄積し、空間的に制御されたシグナルを作り出します。


4. S1P(スフィンゴシン-1-リン酸) ― 生命・死・移動を統合する脂質

S1Pはスフィンゴ脂質が代謝される過程で生成される、強力なシグナル脂質です。

● 主な機能

  • 細胞生存促進(AKT活性化)
  • 細胞移動(ケモカイン様効果)
  • 血管新生
  • 免疫細胞のトラフィック(T細胞のリンパ節移動)

● 受容体(S1PR1–5)

GPCRとして機能し、組織ごとに役割が異なる。

例:S1PR1 → T細胞の血管外移動を制御(免疫の中心)

● セラミドとの“バランス”が運命を決める

  • S1P(生存)
  • セラミド(アポトーシス)

この“スフィンゴ脂質レオスタット”が、がんや炎症反応の制御に関わります。


5. エイコサノイド(アラキドン酸代謝物) ― 炎症と恒常性のマスター制御

細胞膜のアラキドン酸から数十種類の生理活性脂質が生成されます。

■ COX経路(プロスタグランジン・トロンボキサン)

  • PGE₂:炎症・発熱・痛み
  • PGI₂:血管拡張・抗血小板
  • TxA₂:血小板凝集・血管収縮

NSAIDsがCOXを阻害して炎症を抑えるのは有名です。

■ LOX経路(ロイコトリエン)

  • LTB₄:好中球誘導(強力な炎症メディエーター)
  • LTC₄, LTD₄:気道収縮(喘息で重要)

■ CYP経路(EETsなど)

  • 血管弛緩
  • 代謝調節

これらは炎症、免疫、がん微小環境の形成に深く関わります。


6. その他の脂質シグナル

● PA(ホスファチジン酸)

mTOR活性化や膜曲率制御に関与。

● LPA(リゾホスファチジン酸)

細胞移動・線維化・がん悪化に関与。

● MAG/FA誘導体(2-AG など)

エンドカンナビノイドとして中枢・免疫機能を調整。


7. 脂質メディエーターはネットワークとして働く

脂質シグナルは単独ではなく、

  • 脂質代謝
  • 膜ドメイン
  • 受容体の局在
  • 脂肪酸の組成
  • 酵素群の局在

による巨大なネットワークとして統合的に働きます

例:

  • PI3K活性化 → 脂肪酸合成↑ → ラフト構造変化 → 受容体シグナル変化
  • 炎症刺激 → PLA₂活性化 → PGE₂産生 → 免疫システムを再構築

がん細胞はこのネットワークを巧みに書き換えています。


まとめ

  • PI系(PI3K/AKT, PLC)は増殖・生存の中心
  • DAGはPKCとRasを活性化
  • S1Pは生存・移動・免疫制御
  • エイコサノイドは炎症と恒常性の中心
  • 脂質シグナルは“膜”を基盤にした統合ネットワークとして働く

第3回:細胞膜と脂質二重層 ― 流動性・相分離・ラフトの生物学

1. 細胞膜の基本構造 ― 脂質二重層の“自己組織化”

細胞膜は、**リン脂質を中心とした脂質二重層(lipid bilayer)**によって形成されています。

● なぜ二重層ができるのか?

リン脂質は 両親媒性(親水性ヘッド + 疎水性尾部)をもつため、
水中では自発的に二重層構造をつくり安定化します。

● 脂質二重層を構成する主な脂質

  • リン脂質(PC, PE, PS, PI)
  • スフィンゴ脂質
  • コレステロール

これに「膜タンパク質」が埋め込まれ、細胞膜の機能が成立します。


2. 膜流動性(Membrane Fluidity)とは?

細胞膜は固体でも液体でもなく、**“流動的な2次元液晶”**と例えられる構造です。

● 膜流動性を決める主要因

  1. 脂肪酸の不飽和度
    • 不飽和脂肪酸(C=C)→ 屈曲ができる → 流動性↑
    • 飽和脂肪酸 → 密に詰まる → 流動性↓
  2. 脂肪酸鎖の長さ
    • 長いほど疎水性相互作用↑ → 流動性↓
  3. コレステロール
    • 低温で流動性↑(膜を固まりにくくする)
    • 高温で流動性↓(膜を安定化する)
      → “膜流動性のバッファー”として機能
  4. スフィンゴ脂質の割合
    • 飽和脂肪酸を持ち、膜をより“硬く”する

膜流動性は、膜タンパク質の動態やシグナル伝達にも直結します。


3. 相分離(Phase Separation)と膜のドメイン構造

脂質二重層は均質ではなく、脂質組成の違いから**マイクロドメイン(相)**が形成されます。

● 主な2つの相状態

  1. 液相(L_d:Liquid-disordered)
    • 不飽和脂肪酸が多い
    • 流動性が高い
    • “柔らかい”膜
  2. 液晶相(L_o:Liquid-ordered, ラフト様領域)
    • コレステロール+スフィンゴ脂質が多い
    • 密に詰まった“固め”の相
    • 流動性はそこそこ、秩序は高め

このような相分離は、細胞膜の機能的区画化に重要な役割を果たします。


4. 脂質ラフト(Lipid Rafts)とは?

ラフトは
コレステロールとスフィンゴ脂質が豊富な、液晶相のマイクロドメイン
で、特定の分子が集まる“足場(プラットフォーム)”として働きます。

● ラフトに集まりやすいもの

  • GPIアンカー型タンパク質
  • Src-family kinase
  • 受容体(TCR, BCRなど)
  • 一部のテトラスパニン
  • Gタンパク質シグナル系

シグナル伝達のオン/オフを決める領域として重要


5. ラフトの機能(シグナル制御・輸送・細胞の意思決定)

① シグナル伝達のハブ

  • T細胞受容体(TCR)活性化時にラフトへ分子が集まる
  • 受容体の“クロスリンキング”を効率化

② エンドサイトーシス・輸送

  • カベオラ(caveolae)などの特殊構造はラフトに依存
  • 受容体の内在化や膜リサイクルを制御

③ 細胞の運命制御(がんでも重要)

  • ラフトにある脂質組成は、
    PI3K/AKTやMAPK経路の活性、さらには増殖・生存・がん化を調整しうる

④ 免疫シナプスの形成

  • T細胞やNK細胞の“免疫シナプス”でラフトが中心的役割を持つ

6. 脂質と膜タンパク質の協調的働き

細胞膜の機能は (脂質 × タンパク質 × 膜物性) の掛け算で成立しています。

  • GPCRの活性が脂質環境で変わる
  • イオンチャネルが膜厚や流動性で制御される
  • 受容体の二量体化が相状態に依存する

がん細胞ではこれらが**代謝変化や膜改変(membrane remodeling)**によって再構築され、
移動能・幹細胞性・薬剤抵抗性につながる例も多く報告されています。


7. 脂質二重層は“固定された壁”ではなく、動的プラットフォーム

細胞膜は

  • 組成が変わる
  • 流動性が変わる
  • ラフトが増減する
  • 脂質の相分離で機能が切り替わる

という、高度に動的なオーガナイズド・システムです。

これらが細胞の運命決定や環境応答の土台となっています。


まとめ

  • 脂質二重層は自発的に形成される“両親媒性の集合体”
  • 膜流動性は脂肪酸・コレステロール・温度で決まる
  • 相分離によりL_dとL_o(ラフト)領域が生まれる
  • ラフトはシグナル伝達や輸送の中心で、がんでも重要