組織切片を用いた研究や病理診断では、タンパク質の検出だけでなく、DNAやRNAといった核酸分子を直接可視化する手法が必要となることがあります。これを可能にするのが in situ hybridization(ISH:原位ハイブリダイゼーション) です。近年では RNAscope など高感度な改良法も登場し、がん研究や臨床病理で欠かせない技術となっています。
1. in situ hybridization(ISH)の基本原理
ISHは、特定のDNAまたはRNA配列に相補的なプローブ(一本鎖のDNAやRNA断片)を組織切片上でハイブリダイズ(結合)させる技術です。
- 標的遺伝子の発現部位やコピー数を 細胞レベルで可視化 できます。
- プローブには蛍光色素や酵素で標識を施し、顕微鏡で観察します。
これにより、単に「遺伝子がある/ない」を確認するだけでなく、どの細胞がその遺伝子を発現しているのかを空間的に把握できます。
2. 種類と発展
ISHには複数の派生技術があります。
- FISH(fluorescence in situ hybridization)
蛍光色素を利用して染色。染色体異常(遺伝子増幅・転座など)の検出に広く用いられます。 - CISH(chromogenic in situ hybridization)
酵素反応により発色させる方式。通常の光学顕微鏡で観察可能で、病理診断に適しています。 - RNAscope
近年普及している技術で、特殊なプローブ設計によりバックグラウンドを低減し、mRNAを1分子単位で可視化できる高感度手法です。がん研究や免疫研究で特に注目されています。
3. ISHでわかること
- 遺伝子発現の局在
例:がん組織中でどの細胞が特定のサイトカインを産生しているか。 - 遺伝子異常の検出
例:HER2遺伝子の増幅やALK転座など、腫瘍診断に直結。 - 細胞ごとの発現強度の可視化
例:RNA-seq では失われがちな「空間情報」を保持した解析が可能。
4. 研究・臨床での応用
- がん研究:がん幹細胞マーカーや免疫抑制因子の空間的な発現解析
- 神経科学:特定ニューロン集団における遺伝子発現マッピング
- 臨床病理:乳がんや肺がんでの遺伝子異常検出、治療薬選択の補助
特に RNAscope は、免疫染色との併用により「遺伝子発現 × タンパク質発現」を同時に可視化できる点で強力です。
まとめ
in situ hybridization(ISH)は、組織切片上でDNAやRNAを直接検出する技術です。FISHやCISHといった従来法に加え、RNAscope のような高感度手法が登場したことで、分子病理やがん研究における重要性がますます高まっています。今後は空間トランスクリプトミクスとの融合により、より精密な分子地図を描くことが期待されます。