空間オミックス(spatial omics)の核心は、“発現量”を“座標”に固定することです。従来のRNA-seqが「どの遺伝子がどれだけあるか」だけを返すのに対し、空間オミックスは「どの場所の細胞(あるいは微小領域)で、どの遺伝子が動いているか」を同時に返します。ここが、腫瘍微小環境・免疫浸潤・組織リモデリングの“因果の糸口”になるのが強みです。
空間オミックスは大きく二つの系統に分けるのが理解しやすいです。
- キャプチャ型(シーケンスベース)
- 代表例:10x Genomics Visium(およびVisium HDなどの派生)
- 何が起きる?:組織切片上のバーコード化された領域(スポット)でmRNAを捕まえ、cDNA化してRNA-seqとして読める形にする。
- つまり得られるもの:“スポット単位の全体転写(ほぼ全転写)”(多くの場合、1スポットが複数細胞の混合を含む)
- 解析の出発点:画像(明視野/蛍光)とシーケンス由来のカウント行列を整合させ、座標付きの遺伝子発現マップを作る(例:Space RangerはVisiumの標準パイプラインとして、画像整列と特徴量行列生成を担う)。 10x Genomics+210x Genomics+2
- イメージング型(in situ ハイブリダイゼーション系)
- 代表例:MERFISH(multiplexed error-robust FISH)など
- 何が起きる?:組織内のRNA分子を、反復ハイブリダイゼーション+読み出しで「遺伝子ごとのバーコード」を直接可視化する。
- つまり得られるもの:細胞内(場合によっては亜細胞)まで含めた“分子座標”の精密地図(細胞境界や局在の議論がしやすい)。 PubMed+2Nature+2
さらに近年は、両者の“いいとこ取り”を狙う発展系も増えています。例えば、Slide-seq/Slide-seqV2はビーズ上のバーコードで高解像度に近づきつつ、シーケンスで読み出す設計(キャプチャ型寄りの高解像度化)で、実際の研究では組織内の「近接する細胞近傍(cell neighborhoods)」の検出に強いとされています。 Science+2PMC+2
また、Slide-tagsのように組織内の核へ空間バーコードを付与して、単一核プロファイリング系の入力に載せる発想(空間×単一核の橋渡し)も登場しています。 Nature
最後に、技術選定の“最短判断”は次の問いで決まります:
- ① 問いが「細胞種(誰がいるか)」中心なら:scRNA-seq統合(デコンボリューション)前提のキャプチャ型が効きやすい
- ② 問いが「細胞の配置・局在(どこにいるか)」中心なら:イメージング型の空間精度が効く
- ③ 臨床検体(FFPE等)での実装性が最優先なら:各プラットフォームの対応試料条件(FFPE/凍結)と感度の現実(検出遺伝子数)を先に当てる(商用/実装の差が結果の“見え方”を左右する)