Warburg効果は「ミトコンドリア不全」ではない
がん細胞は酸素が十分にあるにもかかわらず、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化(OXPHOS)ではなく、解糖系を亢進させる。
この現象は Warburg効果 として100年以上前から知られています。
長らくこの現象は、
がん細胞はミトコンドリア機能が低下している
だから仕方なく解糖に依存している
と解釈されてきました。
しかし現在では、この理解は不正確であることが明らかになっています。
がん細胞はミトコンドリアを「捨てていない」
多くのがん細胞では、ミトコンドリアは構造的にも機能的にも保たれています。
- TCA回路は作動している
- 電子伝達系も維持されている
- ATPの多くをOXPHOSで産生しているがんも存在する
つまり、Warburg効果とは
「ミトコンドリアが使えない」状態ではなく、「解糖系を戦略的に使っている」状態 なのです。
解糖系の亢進は、ATP産生というよりも、
- 核酸
- アミノ酸
- 脂質
といった 生合成前駆体を供給するための代謝再編成 と捉えられています。
OXPHOS依存がんという逆説
近年、「OXPHOS依存がん」という概念が注目されています。
これは、
- 解糖阻害に比較的耐性
- ミトコンドリア機能が高い
- 電子伝達系阻害に弱い
といった特徴を持つがんです。
代表例として、
- 一部の白血病
- メラノーマ
- がん幹細胞集団
などが挙げられます。
特に重要なのは、がん幹細胞様細胞ほどOXPHOS依存性が高い という報告が多い点です。これは、「増殖」よりも「生存」や「ストレス耐性」を重視する細胞状態と一致します。
転移とミトコンドリア:エネルギーの質が問われる
転移は、がん細胞にとって極限状態の連続です。
- 血流中での生存
- 異なる臓器環境への適応
- 低栄養・低酸素ストレス
こうした状況では、効率よくATPを得られるOXPHOS が有利に働く場面が多くなります。
実際、
- 転移能の高い細胞ほどミトコンドリア量が多い
- ミトコンドリアダイナミクス(融合・分裂)が活発
- ミトコンドリア由来ROSをシグナルとして利用
といった特徴が報告されています。
転移とは、単なる細胞移動ではなく、ミトコンドリア適応能の競争 とも言えます。
治療耐性と代謝可塑性
抗がん剤や分子標的薬、さらには免疫療法に対しても、がん細胞は代謝を変化させて生き延びます。
よく見られるのが、
- 治療前:解糖優位
- 治療後:OXPHOS優位
という 代謝スイッチ です。
この代謝可塑性の中心にあるのがミトコンドリアです。
- ミトコンドリア量の増加
- 電子伝達系遺伝子の再活性化
- 抗酸化システムの強化
これらはすべて、治療ストレスを乗り越えるための適応戦略です。
Warburg効果の再定義
現代的にWarburg効果を言い換えるなら、
がん細胞は状況に応じて
解糖とOXPHOSを使い分ける
「代謝的に可塑的な存在」である
という表現が最も近いでしょう。
ミトコンドリアは、抑圧される対象ではなく、がん細胞が最も巧妙に制御しているオルガネラ なのです。
まとめ:がん代謝を理解する鍵はミトコンドリアにある
- がん細胞はミトコンドリアを捨てていない
- OXPHOS依存がん・がん幹細胞が存在する
- 転移・治療耐性でミトコンドリアが決定的役割を担う
がん代謝を理解することは、がんの弱点を見つけることに直結します。
次回は、ミトコンドリアが 老化とともになぜ機能低下するのか、そしてそれが幹細胞や組織機能にどう影響するのかを解説します。