はじめに
通常のノックアウトでは、
- 胎生致死
- 全身性影響
- 発生段階での補償
といった問題が生じます。
そこで開発されたのが
「時間」と「空間」を制御できる遺伝子改変技術です。
その中心が Cre-loxP system です。
1. Cre-loxPシステムの基本原理
この技術は、バクテリオファージP1由来の組換え酵素 Cre を利用します。
基本構造
- loxP配列(34 bp)
- Creリコンビナーゼ
遺伝子の重要エクソンを2つのloxPで挟みます。
これを「flox(flanked by loxP)」と呼びます。
Creが発現すると:
loxP間が切り取られる(excison)
これにより特定遺伝子が削除されます。
2. 組織特異的ノックアウト
Creを特定プロモーターの下で発現させることで、
- 肝臓だけ
- 神経だけ
- 免疫細胞だけ
といった組織特異的ノックアウトが可能になります。
例
- Albumin-Cre(肝臓)
- Nestin-Cre(神経系)
- Lck-Cre(T細胞)
これにより、
「その組織での機能」だけを解析できる
ようになりました。
3. 時間特異的制御 ― 誘導型Cre
発生段階での影響を避けたい場合は、
誘導型Creを用います。
代表例:
Cre-ERT2
Creにエストロゲン受容体変異体を融合。
通常は細胞質に存在し、
タモキシフェン投与により核へ移行 → 組換えが起こる。
つまり:
投与タイミング=遺伝子削除タイミング
となります。
4. 実験設計で重要なポイント
① flox設計
- 共通エクソンを挟む
- フレームシフトを確実に起こす
- 代替スプライシング回避
② Creの発現パターン検証
- レポーターマウスとの交配
- Rosa26-LSL-tdTomatoなど
Creの発現漏れ(leakiness)確認は必須です。
③ ヘテロとホモの違い
多くの場合:
- flox/flox
- Cre+
の個体でKOが起きます。
コントロール設計が非常に重要です。
5. よくある落とし穴
❌ Cre自体の毒性
Cre発現のみで表現型が出ることがあります。
❌ 不完全な削除
全細胞で完全KOになるとは限りません。
❌ 補償機構
発生段階での適応が生じる場合があります。
6. CRISPRとの統合
現在は、
- CRISPRでfloxアレルを作製
- 既存Creラインと交配
という流れが一般的です。
これにより、従来より迅速にコンディショナルマウスを作製可能になりました。
7. 概念的な意義
コンディショナル改変は単なる技術ではありません。
それは、
- 遺伝子機能の「文脈依存性」
- 組織間相互作用
- 時間軸による役割変化
を解析するための方法論です。
発生とがん、生理と病態を切り分ける上で不可欠です。
まとめ
コンディショナル遺伝子改変の本質は:
- loxPで挟む
- Creで切る
- 発現場所とタイミングを制御する
この3点に集約されます。
全身KOでは見えなかった機能が、
時間・空間を制御することで初めて明らかになります。