第10回:良い睡眠とは何か ― 科学が示す“眠り方”

はじめに

「7時間寝ればOK」
「早く寝れば健康」

こうした“正解っぽい言葉”は多いですが、
睡眠科学が示す良い睡眠は、もっと立体的です。

最終回では、
✔ 良い睡眠の定義
✔ 科学的に重要な要素
✔ よくある誤解

を整理し、再現性のある睡眠の考え方をまとめます。


良い睡眠の定義

科学的に言うと、良い睡眠とは、

日中の覚醒機能を最適に保てる睡眠

です。

  • 気分が安定する
  • 集中できる
  • 体調が保たれる

「何時間寝たか」より、
👉 日中どう機能しているかが指標です。


睡眠の3本柱

睡眠の質は、次の3つで決まります。

① 量(Duration)

  • 成人で概ね6–8時間
  • 個人差あり

短すぎても、長すぎても不調が出ます。


② 質(Continuity & Architecture)

  • 中途覚醒が少ない
  • ノンレム・レムの構造が保たれる

👉 深さより「壊れていないこと」


③ タイミング(Timing)

  • 体内時計と合っている
  • 社会時刻とのズレが小さい

夜型を無理に朝型にすると、
質が下がることもあります。


科学的に“効く”睡眠習慣

エビデンスが比較的しっかりしているものです。

  • 起きたら光を浴びる(特に自然光)
  • 休日も起床時刻を大きくズラさない

  • 仮眠は20–30分以内
  • 15時以降は避ける

  • 就床時刻より「起床時刻」を固定
  • 就寝前の強い光を避ける
  • 寝床は“眠る場所”に限定

よくある誤解

「寝だめできる」

→ ❌ 一時的補正にすぎない

「酒は眠りを良くする」

→ ❌ 入眠は良くても、構造は破壊

「高齢者は短くていい」

→ ❌ 必要量は大きく変わらない


睡眠薬について

睡眠薬は、

  • 睡眠を“代行”するものではない
  • あくまで補助

重要なのは、
👉 睡眠を作る力を取り戻すこと

特に慢性不眠では、

  • CBT-I
  • 行動・認知の修正

が本質的治療です。


睡眠を“管理”しすぎない

意外に大事なポイントです。

  • スマートウォッチの数値
  • スコアへの一喜一憂

👉 睡眠はコントロール対象ではなく、結果

やるべきことは、

  • 環境と習慣を整える
  • あとは体に任せる

睡眠は才能ではない

最後に一番伝えたいことです。

👉 睡眠は訓練ではなく、条件反射

正しい条件を揃えれば、

  • 誰でも改善する余地がある

「眠れない自分」を責める必要はありません。


シリーズまとめ

この10回で見てきたこと:

  • 睡眠は能動的な脳機能
  • 記憶・感情・免疫・代謝に必須
  • 体内時計が土台
  • 年齢や個人差が大きい
  • 良い睡眠は“日中で決まる”

第9回:年齢と睡眠 ― 赤ちゃん・大人・高齢者で何が違う?

はじめに

「赤ちゃんはよく寝る」
「年を取ると眠りが浅くなる」

これらは感覚的な話ではなく、脳と体の発達・老化に伴う必然的な変化です。

第9回では、
✔ 発達とともに睡眠がどう変わるのか
✔ なぜ高齢になると眠れなくなるのか
✔ それは“異常”なのか

を整理します。


睡眠は発達の一部

まず大前提として、

👉 睡眠は脳の発達そのものに組み込まれている

年齢による変化は、
「劣化」だけではありません。


新生児・乳児の睡眠

特徴

  • 1日14〜17時間以上
  • レム睡眠が非常に多い(約50%)
  • 昼夜の区別がない

なぜレム睡眠が多いのか

  • 脳回路が未成熟
  • 外界刺激が少ない
  • 内部活動で発達を促進

👉 眠りながら脳を作っている


幼児〜思春期の睡眠

子ども期

  • 深いノンレム睡眠が豊富
  • 成長ホルモン分泌が最大

👉 体も脳も“育つ睡眠”


思春期

  • 体内時計が後ろにズレる
  • 夜型化が生理的に起こる

重要なのは、
👉 怠けではない

学校時間とのズレが、

  • 慢性睡眠不足
  • 集中力低下

を招きます。


成人期の睡眠

安定期だが脆い

  • 睡眠構造は完成
  • 生活習慣の影響を強く受ける
  • 仕事
  • ストレス
  • 夜間光

👉 社会要因が最大の敵


高齢者の睡眠

よくある変化

  • 深い睡眠(N3)の減少
  • 中途覚醒の増加
  • 早朝覚醒

これは、
👉 老化による生理的変化

必ずしも病気ではありません。


なぜ高齢者は眠りが浅いのか

要因は複合的です。

  • メラトニン分泌低下
  • 体内時計の振幅低下
  • 睡眠圧の蓄積低下

結果として、
👉 「まとまって眠れない」


昼寝は悪いのか?

高齢者では、

  • 短時間の昼寝(20–30分)
  • 午後早め

であれば、
👉 むしろ有益

ただし、

  • 長時間
  • 夕方以降

は夜の睡眠を削ります。


年齢変化と睡眠障害の違い

重要な線引きです。

  • 生理的変化:受け入れる
  • 病的変化:介入する

例:

  • いびき+日中眠気 → OSA疑い
  • 動作を伴う夢 → RBD疑い

「昔より眠れない」は正常?

答えは、

👉 部分的にはYES

ただし、

  • 日中生活に支障
  • 強い不安
  • 著しい睡眠時間減少

があれば、
👉 評価が必要


まとめ

  • 睡眠は年齢で変化する
  • 乳児は脳発達のために眠る
  • 思春期の夜型化は生理現象
  • 高齢者の浅眠は自然な変化
  • 病気との見極めが重要

次回はいよいよ最終回、
「科学的に良い睡眠とは何か?」
――実践と科学をつなぎます。

第8回:睡眠障害の科学 ― なぜ眠れなくなるのか?

はじめに

「眠れない」は、とてもありふれた訴えです。

  • 布団に入っても眠れない
  • 途中で何度も目が覚める
  • 寝たはずなのに疲れが取れない

重要なのは、
👉 睡眠障害は“意志の弱さ”ではない
という点です。

第8回では、代表的な睡眠障害を“仕組み”から理解することを目標にします。


睡眠障害とは何か

睡眠障害とは、

  • 睡眠の量
  • 睡眠の質
  • 睡眠のタイミング

のいずれかが障害され、
日中の生活に支障が出る状態を指します。

単なる寝不足とは区別されます。


不眠症:眠れない脳

不眠症の本質は、

👉 脳が「覚醒しすぎている」状態

何が起きているか

  • 交感神経優位
  • コルチゾール高値
  • 前頭前野の過活動

つまり、

体は疲れているのに、脳が休めない


不眠を維持する悪循環

  1. 眠れない経験
  2. 「また眠れないかも」という不安
  3. 覚醒度上昇
  4. さらに眠れない

👉 学習された覚醒状態


睡眠時無呼吸症候群(OSA)

OSAは、構造的な問題が中心です。

  • 上気道の閉塞
  • 呼吸停止
  • 酸素低下
  • 覚醒反射

本人は寝ているつもりでも、
👉 実際には分断された睡眠


なぜ危険なのか

  • 交感神経の慢性亢進
  • 高血圧・心疾患
  • 脳血管障害リスク

睡眠の問題が、
循環器疾患に直結します。


レム睡眠行動障害

本来、レム睡眠では体が動きません。

この抑制が壊れると、

  • 寝言
  • 手足の動き
  • 夢の再現行動

が起こります。

重要なのは、
👉 神経変性疾患の前駆症状
(パーキンソン病など)


概日リズム睡眠障害

「眠れない」のではなく、

👉 眠る時間がズレている

タイプです。

  • 睡眠相後退症候群(夜型)
  • シフトワーク障害
  • 時差症候群

治療は、

  • 睡眠薬ではなく
  • 光・時間の調整

むずむず脚症候群(RLS)

  • 夕方〜夜に不快感
  • 動かすと楽になる
  • 入眠困難の原因に

ドーパミン系・鉄代謝が関与します。


なぜ「眠れない」は一様でないのか

睡眠は、

  • 呼吸
  • ホルモン
  • 自律神経
  • 行動習慣

の統合現象。

👉 壊れ方も多様

「眠れない」=同じ病態
ではありません。


治療の基本的考え方

重要な原則は、

  • 原因を見極める
  • 病態に合わせる
  • 対症療法だけにしない

特に不眠症では、
👉 認知行動療法(CBT-I)
が第一選択とされています。


まとめ

  • 睡眠障害は脳・体の機能障害
  • 不眠症は覚醒過剰状態
  • OSAは構造的問題
  • 概日リズム障害は時間のズレ
  • 病態ごとにアプローチが違う

次回は、
「年齢で睡眠はどう変わるのか?」
――発達と老化の視点に進みます。

第7回:夢の科学 ― 夢は何のために見るのか?

はじめに

夢は不思議です。

  • 現実と関係ない場面
  • 突然の場面転換
  • 強い感情だけが残ることもある

昔から、夢は
「無意味な現象」
「深層心理の表れ」
など様々に解釈されてきました。

第7回では、現代の脳科学が夢をどう理解しているのかを整理します。


夢はいつ見るのか

夢は主に、

👉 レム睡眠中

に見られます。

  • 脳波:覚醒に近い
  • 体:筋弛緩で動かない
  • 脳内イメージ生成が活発

ただし、

  • ノンレム睡眠でも簡単な夢様体験は起こる
  • レム睡眠の夢の方が「物語性」が強い

夢を見るときの脳

夢を見ている間の脳活動には特徴があります。

活発な領域

  • 視覚連合野
  • 扁桃体(感情)
  • 海馬(記憶)

静かな領域

  • 前頭前野(論理・抑制)

👉 感情は強く、論理は弱い

これが夢の「リアルだけど変」な正体です。


夢は何のためにあるのか?

夢の役割については、いくつか有力な仮説があります。


① 記憶の再編成仮説

夢は、

  • 過去の記憶断片
  • 最近の経験
  • 古い感情

がランダムに再結合したもの。

目的は、
👉 記憶ネットワークの再構築

重要な情報同士をつなぎ直すことで、

  • 学習
  • 創造性
  • 一般化

が促進されます。


② 感情処理・ストレス軽減仮説

レム睡眠中は、

  • ノルアドレナリンが低下
  • 感情を「安全に」再体験できる

結果として、

  • 記憶は残る
  • 感情の強度は下がる

👉 つらい記憶を“無害化”するプロセス


③ シミュレーション仮説

夢は、

  • 危険
  • 対人関係
  • 失敗

などを疑似体験する場。

進化的には、
👉 現実で失敗しないための予行演習

という解釈です。


夢は意味を持つのか?

重要なポイントです。

  • 夢の内容そのものに「予言的意味」はない
  • ただし、夢が生じるプロセスには意味がある

つまり、
👉 解釈より「機能」を見るべき


夢を覚えていないのはなぜか

夢を覚えていない理由はシンプルです。

  • レム睡眠中は記憶固定が弱い
  • 覚醒直後に干渉されやすい

夢を覚えている人は、

  • 覚醒のタイミングが近い
  • 中途覚醒が多い

という特徴があります。


悪夢は異常なのか

悪夢も、基本的には

👉 正常な夢の一部

ただし、

  • 頻回
  • 強い苦痛
  • 日中機能に影響

がある場合は、

  • PTSD
  • 不安障害
  • 睡眠障害

との関連が考えられます。


夢をコントロールできる?

「明晰夢」は、

  • 自分が夢を見ていると自覚
  • 前頭前野の部分的再活性化

によって起こります。

研究的には興味深いですが、
👉 一般的な睡眠の質向上とは別問題


まとめ

  • 夢は主にレム睡眠中に起こる
  • 感情と記憶の再編成が中心的役割
  • 内容よりも「機能」が重要
  • 悪夢も基本的には正常現象
  • 夢は脳の調整プロセスの一部

次回は、
「眠れないのはなぜか?」
――睡眠障害の科学に進みます。

第6回:睡眠と免疫・代謝 ― 寝不足はなぜ体に悪いのか?

はじめに

「寝てないと風邪をひく」
「睡眠不足だと太りやすい」

これらは気分や生活習慣の問題ではなく、分子・細胞レベルで説明できる現象です。

第6回では、
✔ 睡眠と免疫の関係
✔ 睡眠と代謝・ホルモンの関係
✔ なぜ慢性的な寝不足が病気につながるのか

を、できるだけ整理して解説します。


睡眠は「回復」ではなく「調整」

まず重要な視点です。

👉 睡眠は、壊れた体を直す時間ではない
👉 体の状態を“最適化”する時間

免疫系や代謝系は、

  • 常に動いている
  • 常にバランス調整が必要

その調整の多くが、睡眠中に集中して行われます


睡眠と免疫系の深い関係

免疫系は24時間働いていますが、
睡眠中に優先される免疫反応があります。

ノンレム睡眠中に起こること

  • 炎症性サイトカイン(IL-1, TNF-α)の調整
  • T細胞の活性化
  • 免疫記憶の形成促進

👉 ワクチン接種後にしっかり眠ると、抗体価が上がる
というデータもあります。


寝不足で免疫はどうなるか

睡眠不足が続くと、

  • ナチュラルキラー(NK)細胞活性の低下
  • 感染防御力の低下
  • 慢性炎症の亢進

ポイントは、
👉 免疫が弱るだけでなく、暴走もしやすくなる

これが、

  • 感染症リスク増加
  • 自己免疫・慢性炎症
    につながります。

睡眠と代謝:ホルモンの話

睡眠は代謝ホルモンにも直結します。

食欲を調節するホルモン

  • レプチン(満腹)
  • グレリン(空腹)

睡眠不足では、

  • レプチン ↓
  • グレリン ↑

👉 食べていないのに空腹感が強くなる


インスリン感受性も下がる

短期間の睡眠不足でも、

  • インスリン感受性が低下
  • 血糖処理能力が落ちる

これは、
👉 2型糖尿病リスクの上昇

と直接つながります。

「睡眠不足=生活習慣病リスク」
はかなりストレートな関係です。


睡眠と脂肪・エネルギー代謝

寝不足の体では、

  • 脂肪が燃えにくい
  • 筋肉合成が落ちる
  • コルチゾール(ストレスホルモン)上昇

つまり、
👉 同じ生活でも太りやすい体内環境

運動や食事以前の問題が、
すでに睡眠で決まっていることも多い。


慢性炎症という共通項

免疫と代謝をつなぐキーワードが、

慢性炎症

睡眠不足は、

  • 低レベル炎症を持続させ
  • 血管・脳・内臓に負荷をかける

結果として、

  • 心血管疾患
  • 糖尿病
  • うつ・認知機能低下

といった「現代病」に波及します。


なぜ一晩の寝不足はまだ耐えられるのか

重要な点として、

  • 単発の寝不足 → 回復可能
  • 慢性的な寝不足 → 適応できない

体は一時的な不調には強いですが、
睡眠不足には慣れません

👉 慣れた気がするだけで、機能は落ちている


まとめ

  • 睡眠は免疫と代謝の調整時間
  • 寝不足で感染防御が低下
  • 食欲・血糖・脂肪代謝が乱れる
  • 慢性炎症が全身に波及
  • 睡眠不足は“全身疾患の土台”

次回は、
「夢は何のために見るのか?」
――夢と意識の科学に進みます。

第5回:睡眠と記憶 ― なぜ寝ると覚えられるのか

はじめに

「一夜漬けはダメ」
「寝てからの方が頭に入る」

これらは経験則ではなく、神経科学的にかなり正しいことが分かっています。

第5回では、
✔ 記憶には種類がある
✔ 睡眠中に何が起きているのか
✔ どの睡眠が何を支えているのか

を整理し、「なぜ寝ると覚えられるのか」を科学的に説明します。


記憶は一種類ではない

まず前提として、記憶にはタイプがあります

宣言記憶(陳述記憶)

  • 事実・知識
  • 出来事の記憶
  • 海馬に依存

非宣言記憶

  • 技能(運動・手続き)
  • パターン学習
  • 情動記憶

睡眠は、これらを同じ方法では扱いません


覚醒中の学習は「仮置き」

新しい情報を学ぶと、

  • 海馬が一時的に保存
  • まだ不安定
  • 忘れやすい状態

例えるなら、
👉 海馬は「下書きフォルダ」

本保存は、睡眠中に行われます。


ノンレム睡眠と記憶固定

特に重要なのが、
深いノンレム睡眠(N3)

この段階で起こること:

  • 海馬のリプレイ
  • 大脳皮質への転送
  • 記憶の長期保存化

脳波レベルでは、

  • 徐波
  • 睡眠紡錘波
  • 海馬シャープウェーブ

が精密に同期します。

👉 記憶は「同期イベント」で固定される


睡眠紡錘波の役割

睡眠紡錘波(spindle)は、

  • N2睡眠で出現
  • 外界刺激を遮断
  • 記憶転送を助ける

紡錘波が多い人ほど、

  • 学習成績が良い
  • 記憶保持が高い

という相関も報告されています。


レム睡眠と記憶の「意味づけ」

レム睡眠は、

  • 情報をつなぎ直す
  • 感情と結びつける
  • 抽象化・一般化を促す

結果として、

  • ひらめき
  • 創造的連想
  • 問題解決

が起こりやすくなります。

👉 レム睡眠は「編集作業」


感情記憶と睡眠

強い感情を伴う記憶は、

  • 扁桃体が関与
  • レム睡眠で処理される

睡眠は、
✔ 記憶内容は保持
✔ 感情の“トゲ”を丸める

だから、

時間が経つと辛さだけ和らぐ

という現象が起こります。


寝不足は「学習効率」を下げる

睡眠不足になると、

  • 海馬の機能低下
  • 新しい記憶が入りにくい
  • 既存記憶の統合も不十分

重要なのは、
👉 寝ないと覚えられないだけでなく、寝ないと学べない


仮眠の効果

短い睡眠でも効果はあります。

  • 20–90分の仮眠
  • ノンレム中心
  • 学習後が特に有効

👉 仮眠は「手抜き」ではなく、戦略


まとめ

  • 記憶には種類がある
  • 学習は海馬に仮保存される
  • ノンレム睡眠で固定
  • レム睡眠で意味づけ・再編
  • 寝不足は学習能力を下げる

次回は、
「睡眠不足はなぜ体に悪いのか?」
――免疫・代謝との関係に進みます。

第4回:体内時計の科学 ― 概日リズムとメラトニン

はじめに

「夜になると自然に眠くなる」
「時差ボケで体がついてこない」

これらはすべて、**体内時計(概日リズム)**の働きです。

第4回では、
✔ 体内時計はどこにあるのか
✔ どうやって24時間を刻んでいるのか
✔ なぜ夜に眠くなるのか

を、分子レベルも交えて解説します。


体内時計は本当に“時計”なのか

体内時計は比喩ではありません。
実際に、約24時間周期で動く生物学的システムです。

  • ヒトだけでなく
  • 植物、昆虫、細菌にまで存在

👉 概日リズム(Circadian rhythm)
(circa = 約、dies = 日)


中枢時計:視交叉上核(SCN)

ヒトの体内時計の司令塔は、

視床下部・視交叉上核(SCN)

ここは、

  • 視神経のすぐ近く
  • 光情報を直接受け取る

光が最重要の同調因子

  • 朝の光 → 時計をリセット
  • 夜の光 → 時計を遅らせる

👉 体内時計は光で毎日「校正」されている


末梢時計も存在する

重要なのは、

👉 時計は脳だけにあるわけではない

  • 肝臓
  • 筋肉
  • 脂肪
  • 免疫細胞

それぞれが独自の時計を持ちます。

SCNは
✔ 全体のテンポを決め
✔ 末梢時計を同期させる

「指揮者」のような存在です。


分子時計の仕組み(ざっくり)

体内時計は、遺伝子のフィードバック回路で動きます。

代表的な因子:

  • CLOCK
  • BMAL1
  • PER
  • CRY

流れ(簡略版)

  1. CLOCK/BMAL1がPER・CRYを作らせる
  2. PER・CRYが蓄積
  3. 自分自身の産生を抑制
  4. 分解されると再びスタート

このループが
👉 約24時間かかる

これが「時間」を生みます。


メラトニン:夜を知らせるホルモン

睡眠といえばメラトニン。

  • 松果体から分泌
  • 夜に増える
  • 「眠りを誘う」というより
    夜であることを脳に伝える

光との関係

  • 明るい光 → 分泌抑制
  • 暗闇 → 分泌増加

特に
📱 夜のブルーライト
はメラトニン抑制が強い。


なぜ夜更かしはつらいのか

体内時計は、

  • 「起きていたい時間」
  • 「眠るべき時間」

をあらかじめプログラムしています。

これに逆らうと、

  • 眠れない
  • 起きられない
  • パフォーマンス低下

👉 気合では調整できない


クロノタイプという個人差

人には生まれつきの差があります。

  • 朝型(lark)
  • 夜型(owl)

これは
✔ 意志の問題ではなく
✔ 遺伝的要因が大きい

社会時刻とズレると、
👉 社会的時差ボケが起こります。


睡眠と体内時計は別物

重要なポイント:

  • 睡眠圧:起きている長さ
  • 体内時計:時間帯

この2つが揃って初めて、
👉 自然な眠気が生じます。

どちらか一方だけでは不十分。


まとめ

  • 体内時計は実在する生物学的システム
  • 中枢は視交叉上核(SCN)
  • 光が最強の同調因子
  • メラトニンは「夜の合図」
  • 個人差(クロノタイプ)がある

次回は、
「なぜ寝ると覚えられるのか?」
――睡眠と記憶の科学に進みます。

第3回:脳は眠っていない ― 睡眠中の脳活動

はじめに

「寝ている間、脳は休んでいる」
これは直感的には正しそうですが、科学的にはほぼ逆です。

実際、睡眠中の脳は

  • 特定の回路が強く活動し
  • 情報を選別・再編成し
  • 覚醒中にはできない仕事をこなしています

第3回では、睡眠中に脳で何が起きているのかを、脳活動レベルで見ていきます。


睡眠中の脳活動は「場所ごとに違う」

まず大前提として、
👉 脳は一斉にオン/オフになる臓器ではありません

  • 覚醒中でも静かな領域がある
  • 睡眠中でも活発な領域がある

睡眠とは、
脳活動の“再配置”が起こる状態
と捉えると理解しやすくなります。


ノンレム睡眠中の脳:同期と整理

ノンレム睡眠(特にN3)では、

  • ニューロンの発火が同期
  • ゆっくりした徐波が出現
  • 活動と沈黙が交互に訪れる

この「ONとOFFのリズム」が重要です。

シナプスの選別

覚醒中に増えたシナプス結合は、

  • 重要なもの → 強化
  • 不要なもの → 弱化・削除

👉 シナプス恒常性仮説
(起きている間に増えすぎた結合を、睡眠でリセット)

つまり、
寝ないと脳が“配線過多”になる


海馬と大脳皮質の対話

ノンレム睡眠中、

  • 海馬での活動パターンが再生される
  • 同期して大脳皮質が反応する

これは
👉 記憶の再生(replay)
と呼ばれます。

昼間の経験が、
「もう一度脳内で再生されている」
と考えるとイメージしやすいです。


レム睡眠中の脳:再結合と感情処理

一方、レム睡眠では様相が一変します。

活発になる領域

  • 大脳皮質(特に連合野)
  • 扁桃体(感情)
  • 海馬(記憶)

抑制される領域

  • 前頭前野(論理・抑制)

結果として、

  • 感情が強調され
  • 論理が緩み
  • 奇妙な夢が生まれる

👉 夢は「異常」ではなく、脳の正常な活動産物です。


なぜ夢は支離滅裂なのか

夢が不思議なのは理由があります。

  • 前頭前野が静か
  • 批判的思考が働かない
  • 連想が自由に広がる

その結果、

  • 時系列が崩れる
  • 現実検証が弱くなる

これは、
記憶や感情を“安全に再編成する場”
としてはむしろ合理的です。


睡眠中も脳はエネルギーを使う

驚くことに、

  • 睡眠中の脳エネルギー消費
  • 覚醒時とほぼ同等

特にレム睡眠では、
👉 脳は「かなり忙しい」

睡眠は
❌ 省エネモード
⭕ 機能特化モード

と考えた方が近いです。


睡眠を削ると何が起こるか

睡眠不足が続くと、

  • 情報処理が雑になる
  • 感情制御が破綻しやすい
  • 創造性が低下する

これは「疲れ」ではなく、
👉 脳の再編成が追いつかない状態

脳は寝ないと“更新できない”のです。


まとめ

  • 睡眠中も脳は活発に働いている
  • ノンレム睡眠では整理と固定
  • レム睡眠では再結合と感情処理
  • 夢は正常な脳活動の一部
  • 睡眠は脳の再編成時間

次回は、
「なぜ夜になると眠くなるのか?」
――体内時計と概日リズムに進みます。

第2回:睡眠の構造 ― レム睡眠・ノンレム睡眠の正体

はじめに

「ぐっすり眠れた」「浅かった気がする」
私たちは感覚的に睡眠の質を語りますが、睡眠は実際には明確な“構造”を持つ生理現象です。

第2回では、
✔ 睡眠はどう分類されるのか
✔ レム睡眠とノンレム睡眠は何が違うのか
✔ なぜ一晩で何度も行き来するのか

を、脳科学の視点から整理します。


睡眠は一種類ではない

脳波(EEG)を使って睡眠を観察すると、
睡眠は大きく次の2つに分かれます。

  • ノンレム睡眠(Non-REM sleep)
  • レム睡眠(REM sleep)

重要なのは、
👉 一晩中どちらかが続くわけではない
という点です。


ノンレム睡眠とは何か

ノンレム睡眠は、さらに3段階に分かれます。

N1(浅い眠り)

  • うとうと状態
  • 簡単に目が覚める
  • 筋肉はまだ活動的

「寝落ち直前」の感覚に近い段階です。


N2(中等度の眠り)

  • 全睡眠時間の約50%
  • 睡眠紡錘波・K複合波が出現
  • 外界刺激への反応が低下

実は、最も長く滞在するのがこの段階です。


N3(深い眠り:徐波睡眠)

  • 脳波が非常にゆっくり(デルタ波)
  • 起こすのが難しい
  • 成長ホルモン分泌が最大

いわゆる
👉 「熟睡」「深い眠り」
はこの段階を指します。


レム睡眠とは何か

REM = Rapid Eye Movement(急速眼球運動)

特徴はかなり独特です。

  • 脳波は覚醒に近い
  • 体はほぼ完全に脱力
  • 夢を見やすい

👉 脳は起きていて、体は眠っている
という不思議な状態です。


なぜ体が動かないのか

レム睡眠中に体が動かないのは、安全装置です。

  • 脳幹が運動ニューロンを抑制
  • 夢の内容を実行しないようにする

この仕組みが壊れると、
✔ レム睡眠行動障害
(夢の内容を実際に行ってしまう)
が起こります。


睡眠は「90分サイクル」で進む

典型的な睡眠構造は以下の通りです。

  • ノンレム → レム
  • 約90分で1サイクル
  • 一晩に4〜6回繰り返す

特徴的なのは、

  • 前半:ノンレム(深い睡眠)が多い
  • 後半:レム睡眠が増える

つまり、
👉 朝方の睡眠は「夢の時間」になりやすい。


それぞれの役割の違い

現在の理解では、

ノンレム睡眠

  • 脳と体の回復
  • 老廃物の除去
  • 宣言記憶(事実・知識)の固定

レム睡眠

  • 感情の処理
  • 手続き記憶(技能)の整理
  • 創造性・連想の促進

どちらが欠けても睡眠は不完全です。


「深い睡眠さえあれば良い」は間違い

よくある誤解ですが、

深い睡眠(N3)さえ取れればOK

ではありません。

  • レム睡眠が減ると情緒不安定に
  • ノンレムが減ると疲労回復しない

👉 睡眠は「量」より「構造」

これが睡眠科学の重要なポイントです。


まとめ

  • 睡眠はノンレムとレムに分かれる
  • ノンレムには深さの段階がある
  • レム睡眠は脳が活発・体は脱力
  • 一晩で周期的に繰り返される
  • どちらも欠かせない役割を持つ

次回は、
「眠っているのに脳は何をしているのか?」
――睡眠中の脳活動に踏み込みます。

第1回:睡眠とは何か?― なぜ私たちは眠るのか

はじめに

人生の約3分の1を占める「睡眠」。
にもかかわらず、「なぜ眠るのか?」という根本的な問いに、私たちは意外と答えられません。

このシリーズでは、睡眠を感覚や健康法ではなく、“科学”として理解することを目指します。
第1回はまず、「睡眠とはそもそも何か」「なぜ進化の過程で失われなかったのか」を整理します。


睡眠は「休息」ではない

よくある誤解は、

睡眠=脳や体を休ませる時間

という考えです。

実際には、睡眠中の脳は非常に能動的です。

  • ニューロンは活動している
  • 情報の整理・統合が起きている
  • 特定の脳領域は覚醒時より活発になる

つまり睡眠は
👉 「何もしない時間」ではなく、「覚醒中にはできない作業をする時間」
と考えた方が正確です。


なぜ眠るのか?主な3つの理由

現在の睡眠科学では、睡眠の役割は大きく次の3つに整理されます。

① 脳のメンテナンス

覚醒中、脳には大量の情報と代謝産物が蓄積します。

  • 神経活動の副産物
  • 不要になったシナプス
  • 老廃タンパク質(例:アミロイドβ)

睡眠中には
✔ グリンパティックシステムが活性化
✔ 老廃物が脳外へ排出

**「脳の掃除時間」**とも言えます。


② 記憶と学習の整理

睡眠中、特にノンレム睡眠では、

  • 海馬 → 大脳皮質への記憶転送
  • 重要な記憶の強化
  • 不要な記憶の削除

が起こります。

だからこそ

「寝てから覚えたことが定着する」
「徹夜すると頭が回らない」

という現象が生じます。


③ 生存戦略としての役割

一見すると、眠るのは危険です。

  • 外敵に無防備
  • 行動できない

それでもほぼすべての動物が睡眠を持つという事実は、
👉 睡眠が「生存に必須」だからです。

進化的には、

  • エネルギー配分の最適化
  • 神経回路の再調整
  • 日中活動への最適化

といった長期的利益が、短期的リスクを上回ったと考えられています。


「眠気」はどこから来るのか

眠気には2つの力が関与します。

  1. 睡眠圧
     起きている時間が長いほど溜まる(アデノシン)
  2. 体内時計
     時間帯によって眠りやすさが変わる

この2つが合わさったとき、
「自然な眠気」が生じます。

👉 睡眠は意志ではなく、生理現象です。


まとめ

  • 睡眠は単なる休息ではない
  • 脳のメンテナンス・記憶整理に必須
  • 進化的にも保存された重要な機能
  • 眠気は生理的に制御されている

次回は、
「睡眠は一様ではない」
――レム睡眠とノンレム睡眠の科学に進みます。