はじめに
CRISPR-Cas9の原理を理解しても、
実験は「どう設計するか」で結果が決まります。
今回は、ノックアウト(KO) と ノックイン(KI) をどのように戦略的に設計するかを、研究現場の視点で整理します。
1. ノックアウト設計の基本戦略
① どのエクソンを狙うか?
最重要ポイントは:
できるだけ上流の共通エクソンを狙う
理由:
- フレームシフトが起これば、ほぼ確実に機能喪失
- ナンセンス変異によるNMD誘導
- 代替スプライシング回避
避けるべき設計
- 末端エクソンのみを標的にする
- 機能ドメイン外のみを切断する
② 1本gRNAか2本gRNAか?
● 1本gRNA(indel誘導)
- 最も簡便
- 小さな挿入欠失を利用
- スクリーニングが必要
● 2本gRNA(エクソン欠失)
- 狙った領域を確実に削除
- PCRで検出容易
- 大きな欠失を誘導可能
研究目的によって使い分けます。
③ フレームシフト確認は必須
- Sangerシーケンス
- TIDE解析
- ICE解析
タンパクレベルでは:
- Western blot
- FACS
- 機能アッセイ
「DNAが変わった」=「機能が失われた」ではありません。
2. ノックイン設計の基本戦略
ノックインはHDR依存です。
① 挿入目的を明確にする
- レポーター導入(GFP, tdTomatoなど)
- タグ付加(FLAG, HA)
- 点変異導入
- 条件付きアレル作製
目的によってテンプレート設計が全く異なります。
② HDRテンプレート設計
重要要素:
- 相同アーム(通常500–1000 bp)
- 切断部位から近い変異導入
- PAM変異導入(再切断防止)
PAMを変えないと、編集後も再び切られます。
③ テンプレートの形式
| 目的 | テンプレート |
|---|---|
| 点変異 | ssODN |
| 小規模挿入 | dsDNA |
| 大型カセット | プラスミド |
大型ノックインでは効率が大きな課題になります。
3. 実験系ごとの戦略の違い
① 細胞株
- HDR効率が比較的高い
- クローン選別が可能
- モザイクは問題にならない
② マウス受精卵
- モザイク問題あり
- HDR効率が低い
- founder解析が重要
③ in vivo直接編集
- ウイルスベクター利用
- オフターゲット管理が重要
- 組織特異性が課題
4. よくある失敗パターン
❌ フレームがずれないin-frame変異
→ 機能が残る
❌ 代替スプライシングが発生
→ 予想外のタンパク産生
❌ HDRが起こらない
→ NHEJ優位
❌ モザイク
→ 個体差が大きい
5. 戦略設計の思考フレーム
実験設計は以下の順序で考えます:
- 仮説は何か?
- 機能喪失で十分か?
- レポーターは必要か?
- 時間軸制御は必要か?
- 組織特異性は必要か?
単に「遺伝子を壊す」ではなく、
何を証明したいかから逆算することが最重要です。
6. 概念的に重要な点
遺伝子改変は因果関係を証明する最強の方法ですが、
- 補償経路
- 遺伝子冗長性
- 環境依存性
によって、表現型が見えないこともあります。
つまり、
表現型が出ない=機能がない
ではありません。
まとめ
ノックアウトとノックイン設計の本質は:
- 分子生物学的構造理解
- DNA修復機構の理解
- 仮説駆動型の設計
CRISPRは簡単ですが、
良い実験設計は決して簡単ではありません。