はじめに:高齢者の体重減少は重要な「サイン」
高齢者の体重減少は、**「老年症候群(geriatric syndrome)」**のひとつに分類され、単なる食欲不振や老化とは限りません。時に、悪性腫瘍・うつ・認知症・心不全・内分泌疾患などの重大な疾患が背景に潜んでいることもあります。
1. 体重減少の定義と臨床的重要性
- 1年間で5%以上の体重減少(例:50kg→47.5kg以下)は、臨床的に注意が必要です。
- 原因不明の体重減少は、6ヶ月以内に再入院・死亡率が上昇することが報告されています。
2. 鑑別診断のフレームワーク:MEALS(M.E.A.L.S)
体重減少の原因を整理するには、以下のようなフレームワークが便利です。
項目 | 意味 | 代表的疾患 |
---|---|---|
M(Malignancy) | 悪性腫瘍 | 消化器がん、肺がん、悪性リンパ腫など |
E(Endocrine) | 内分泌疾患 | 甲状腺機能亢進症、副腎不全、糖尿病 |
A(Affective) | 精神的要因 | うつ病、認知症 |
L(Living conditions) | 環境的要因 | 独居、経済的困窮、食事支援の欠如 |
S(Swallowing / Social) | 嚥下・社会的要因 | 嚥下障害、誤嚥、孤立、服薬トラブル |
3. 診察のポイント:問診と身体所見
<問診項目>
- いつから・どのくらいの体重減少か
- 食欲の変化、摂食回数・内容
- 排便・排尿の異常
- 気分や意欲の変化(うつ症状)
- 嚥下や咀嚼の問題
- 周囲のサポート状況(同居家族、ケアマネ等)
<身体診察>
- バイタルサイン(血圧・体温・SpO₂など)
- 視診:皮膚のハリ、浮腫、筋萎縮
- 聴診:心雑音・肺音異常
- 甲状腺の腫大
- 口腔内の清潔状態・義歯の適合
4. 初期検査の選び方
症状に応じて以下の検査を選びます。
<基本検査>
- 血液検査:CBC(貧血・炎症)、電解質、肝腎機能、CRP、TSH、HbA1c
- 尿検査:蛋白・潜血・糖の有無
- 胸部X線:肺炎や腫瘍のスクリーニング
- 腹部超音波:胆嚢、肝臓、腎臓、膵臓などの評価
<必要に応じて追加>
- 便潜血・便培養:消化管出血や感染症の評価
- 頭部CT/MRI:認知機能の低下や視床下部疾患の疑い
- うつ病スクリーニング(GDSなど)
- 栄養評価:MNA(Mini Nutritional Assessment)など
5. 体重減少とサルコペニア・フレイル
高齢者では体重減少に伴い**サルコペニア(筋肉量の減少)やフレイル(虚弱)**が進行し、転倒・入院・死亡リスクが増加します。
- フレイルの兆候チェック(J-CHS基準など)も併せて行いましょう。
- 適切な栄養指導、リハビリテーション、介護サービスの導入が不可欠です。
6. 在宅医療・介護現場での実践的アプローチ
- 体重記録の定期的なチェック(週1〜月1回でも)
- 多職種連携(訪問看護・栄養士・ケアマネジャー)
- 薬剤評価:食欲減退を引き起こす薬剤(ジギタリス、SSRIなど)の見直し
おわりに:体重減少は「からだの声」
体重減少は高齢者の体の悲鳴であり、「年のせい」として見過ごされると、病状の悪化や命に関わる結果を招くこともあります。気づいたその時が介入のタイミングです。