はじめに
がんは単一の均一な細胞集団ではなく、多様な分化段階の細胞から成る階層構造を持っています。その最上位に位置し、腫瘍の自己複製と維持を担う細胞が「がん幹細胞(Cancer Stem Cells, CSCs)」です。
近年の研究では、CSCは再発・転移・治療抵抗性の主要因であることが明らかになっており、標的化はがん治療戦略の最前線テーマとなっています。
1. がん幹細胞の定義
- 自己複製能:長期にわたり自身と同じ能力を持つ細胞を産生
- 多分化能:腫瘍内の多様な細胞型に分化
- 腫瘍形成能:極少数(例:100個以下)でも免疫不全マウスに移植すると腫瘍を再形成可能
2. CSCの発生起源
- 正常幹細胞の腫瘍化:長寿命・自己複製能を持つため変異が蓄積しやすい
- 分化細胞の再プログラム化:がん化の過程で幹細胞性を再獲得
- 腫瘍内可塑性:非CSCが環境やストレスでCSC様性質を獲得する(可逆的)
3. 主な特徴
- 薬剤耐性
- ABCトランスポーター(例:ABCG2)による薬剤排出
- DNA修復能力の高さ
- 細胞周期の休止状態(quiescence)による抗がん剤耐性
- 腫瘍再発・転移
- 上皮間葉転換(EMT)を介して遊走・浸潤能を獲得
- 代謝特性
- グルコース依存性から脂肪酸酸化依存型まで多様
- ストレス耐性
- 低酸素環境下でも生存
- 活性酸素(ROS)の除去能力が高い
4. がん幹細胞マーカー
組織ごとに異なるが、代表例は以下の通り。
- 乳がん:CD44⁺/CD24⁻、ALDH1
- 大腸がん:CD133、Lgr5
- 脳腫瘍:CD133、Nestin
- 肝がん:EpCAM、CD90、CD13
- 白血病:CD34⁺/CD38⁻
注意:単一マーカーではなく、複数マーカーや機能アッセイ(スフェロイド形成、移植試験)との組み合わせが推奨される。
5. CSCニッチ(微小環境)
CSCの維持・制御に重要な環境因子:
- 血管ニッチ:内皮細胞からの成長因子供給
- 低酸素ニッチ:HIF-1α活性化による幹細胞性維持
- 間質細胞・免疫細胞:サイトカイン(IL-6, TGF-β)供給
- ECMとの相互作用:インテグリンシグナルによる生存促進
6. 治療標的化戦略
- シグナル経路阻害
- Wnt/β-catenin、Notch、Hedgehog経路阻害薬
- マーカー標的療法
- 抗CD44抗体、抗EpCAM抗体など
- 代謝阻害
- 脂肪酸酸化阻害剤、グルコース代謝阻害剤
- 免疫療法
- CSC特異的抗原に対するCAR-Tやワクチン
- ニッチ破壊
- 血管新生阻害やECM分解促進
7. 正常幹細胞との比較
特性 | 正常幹細胞 | がん幹細胞 |
---|---|---|
主目的 | 組織恒常性維持 | 腫瘍成長維持 |
増殖制御 | 厳密 | 破綻 |
分化能 | 正常な細胞系列のみ | 腫瘍細胞系列全般 |
ニッチ依存性 | 高い | 高いが腫瘍性に適応 |
薬剤耐性 | 通常は低い | 高い |
まとめ
がん幹細胞は腫瘍の「根」に相当し、その制御なくして根治は困難です。正常幹細胞と似た性質を持ちながら、制御機構が破綻している点が治療の難しさの原因です。今後はCSCの除去+腫瘍全体の縮小という二段階治療戦略が重要になると考えられます。
免責事項
本記事は教育・情報提供を目的としたものであり、医学的診断や治療の指針を提供するものではありません。研究や臨床応用には必ず一次文献や専門家の監修を参照してください。