ウイルス感染後の自然免疫の分子メカニズム

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自然免疫とは何か

自然免疫(innate immunity)は、外来の病原体に対して最初に作動する即時的な防御機構です。ウイルス感染においても、自然免疫は感染初期の数時間から数日にわたり重要な役割を果たします。特に「ウイルスを検知する分子」「シグナル伝達経路」「抗ウイルス因子の誘導」という三段階で整理できます。


1. ウイルスの侵入と病原体関連分子パターン(PAMPs)の検知

ウイルスは宿主細胞に侵入すると、DNAやRNAといった核酸を複製します。このとき、細胞は「自分には通常存在しない構造」をセンサーで感知します。

  • 代表的なPAMPs
    • 二本鎖RNA(dsRNA):多くのRNAウイルスが複製過程で生じる
    • 非メチル化CpG DNA:DNAウイルスに特徴的
    • 5’三リン酸RNA:宿主mRNAには存在しない修飾
  • 主要なパターン認識受容体(PRRs)
    • TLR3, TLR7, TLR8, TLR9(エンドソーム内で核酸を感知)
    • RIG-I, MDA5(細胞質でRNAを感知)
    • cGAS(細胞質DNAを感知しcGAMPを産生、STING経路を活性化)

2. シグナル伝達と自然免疫応答の活性化

PAMPsを検知したPRRは、細胞内のシグナル分子を介して転写因子を活性化します。

  • 主要なシグナル分子
    • MAVS(RIG-I/MDA5シグナルの中枢)
    • STING(DNAセンサーcGAS経路の中枢)
    • MyD88 / TRIF(TLRシグナルのアダプター分子)
  • 活性化される転写因子
    • IRF3 / IRF7:Ⅰ型インターフェロン遺伝子を誘導
    • NF-κB:炎症性サイトカイン(TNF-α, IL-6 など)を誘導
    • AP-1:サイトカイン・ケモカイン発現に寄与

これにより細胞は「抗ウイルス状態」へとシフトします。


3. インターフェロンと抗ウイルス因子の誘導

検知から数時間以内に産生されるⅠ型インターフェロン(IFN-α/β)は自然免疫応答の要です。

  • Ⅰ型インターフェロンの作用
    1. 自己防御:感染細胞自身が抗ウイルス遺伝子(ISGs: Interferon-Stimulated Genes)を発現
    2. 隣接細胞の防御:未感染細胞も抗ウイルス状態へ移行
    3. 免疫細胞の活性化:NK細胞や樹状細胞を刺激し、後続の獲得免疫を準備
  • 代表的なISGs
    • PKR:ウイルスmRNA翻訳を阻害
    • OAS/RNase L:ウイルスRNAを分解
    • Mx GTPase:ウイルス粒子の複製を阻止
    • ISG15:ユビキチン様修飾でウイルス複製を抑制

4. 自然免疫細胞の動員

分子レベルの応答に続き、感染部位には自然免疫細胞が集積します。

  • NK細胞:ストレスを受けた細胞やMHC I発現が低下した細胞を直接殺傷
  • マクロファージ:感染細胞の貪食、サイトカイン産生
  • 樹状細胞:抗原を取り込み、獲得免疫系(T細胞)へ橋渡し

これにより、感染初期からウイルスの拡散を制御します。


5. ウイルスによる自然免疫回避

ウイルスは自然免疫を回避するための分子機構を進化させています。
例として、インフルエンザウイルスのNS1タンパク質はRIG-Iシグナルを阻害し、ヘルペスウイルスはcGAS-STING経路を分解するタンパク質を持ちます。こうした「攻防」が感染の重症度を決定します。


まとめ

ウイルス感染後の自然免疫は、

  1. ウイルス核酸の検知(PRRs)
  2. シグナル伝達と転写因子の活性化(IRF, NF-κB)
  3. インターフェロンとISGsによる抗ウイルス状態の確立
  4. 自然免疫細胞の動員
    という流れで進みます。

この分子生物学的な基盤があるからこそ、ワクチン開発や抗ウイルス治療薬(例:STINGアゴニスト、インターフェロン療法)が可能になっており、基礎研究と臨床応用が密接に結びついています。

免責事項
本記事は教育・情報提供を目的としたものであり、診断・治療の指針ではありません。実際の治療方針は医療機関でご相談ください。

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