はじめに
細胞は一定の代謝パターンを維持するのではなく、環境や機能的要求に応じて代謝フラックスを動的に再編成します。この現象は「代謝リプログラミング(metabolic reprogramming)」と呼ばれ、特にがん細胞や免疫細胞において顕著です。解糖系・TCA回路・ペントースリン酸経路(PPP)のクロストークがその中心的な舞台となります。
がん細胞における代謝リプログラミング
ワールブルグ効果(Warburg effect)
- がん細胞は酸素存在下でも解糖系を優先し、大量の乳酸を産生。
- この現象は単なるATP効率の低下ではなく、生合成前駆体とNADPH供給を最大化する戦略。
解糖系の再編成
- PKM2アイソフォーム:がん細胞ではPKM2が高発現し、活性が抑制されることで解糖系中間体がPPPや脂質合成経路に流れる。
- HIF-1α(低酸素誘導因子):低酸素環境でグルコース輸送体(GLUT1)や解糖酵素の発現を誘導。
TCA回路の変容
- がん細胞ではTCA回路の「還元的カルボキシル化」が亢進。
- α-ケトグルタル酸から異常に脂質合成へ炭素を供給し、細胞膜やシグナル分子を増産。
PPPの活性化
- NADPH産生ががん細胞の酸化ストレス耐性や脂質合成に不可欠。
- PPPの律速酵素G6PDががんで高発現し、ROS耐性や薬剤抵抗性に寄与。
免疫細胞における代謝リプログラミング
活性化T細胞
- ナイーブT細胞:酸化的リン酸化中心の代謝。
- エフェクターT細胞(Th1, Th17, CD8+):解糖系が亢進し、迅速なATP供給とPPPを介したNADPH産生を利用。
- 制御性T細胞(Treg):脂肪酸酸化とTCA回路に依存し、持続的エネルギー供給を選択。
マクロファージ
- M1型(炎症性):解糖系とPPPが優先。乳酸産生が促進され、炎症性サイトカイン産生とROS生成をサポート。
- M2型(抗炎症性):酸化的リン酸化と脂肪酸酸化が優位。組織修復や免疫抑制に適応。
代謝と免疫応答のリンク
- 解糖系フラックスがサイトカイン発現やエフェクター機能を直接制御することが明らかになり、「免疫代謝(immunometabolism)」として新しい研究分野を形成。
分子制御ネットワーク
- HIF-1α:低酸素応答で解糖系を活性化。がん細胞と炎症性免疫細胞の両方で重要。
- mTORシグナル:栄養センサーとして代謝経路を制御。T細胞活性化とがん増殖を促進。
- AMPK:エネルギー不足時にTCA回路と脂肪酸酸化を促進し、代謝バランスを回復。
臨床・研究的意義
- がん治療
- 解糖系阻害剤(例:2-デオキシ-D-グルコース)、PKM2阻害剤、G6PD阻害剤などが研究対象。
- 腫瘍の代謝依存性を標的化する新規治療戦略。
- 免疫療法との組み合わせ
- 免疫チェックポイント阻害剤の効果は腫瘍微小環境の代謝状態に影響を受ける。
- 代謝介入によりT細胞機能を強化する試みが進行中。
- 代謝シグネチャーによる診断
- 乳酸濃度や代謝トレーサー解析が、がんの診断や治療効果予測に利用可能。
まとめ
代謝リプログラミングは、がん細胞と免疫細胞の双方において、解糖系・TCA回路・PPPの再編成によって機能的適応を可能にします。ATP供給だけでなく、生合成、酸化還元制御、シグナル伝達が密接に結びついており、研究・臨床応用の最前線で注目されています。