認知症のBPSDとは
BPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)とは、認知症に伴って現れる行動・心理的な症状の総称です。代表的な症状として、以下のようなものが挙げられます。
- 幻覚、妄想
- 興奮、暴言・暴力
- 徘徊
- 睡眠障害
- 抑うつ、不安
- 無気力
- 不穏
これらの症状は介護負担を大きくし、入院や施設入所の主因となることも少なくありません。
基本は非薬物療法から
ガイドライン(例:認知症疾患診療ガイドライン2023)でも強調されているように、BPSDへの第一選択は非薬物的アプローチです。具体的には:
- 環境の調整(静かな空間の確保、見通しの良いスケジュール提示など)
- 本人の生活歴や価値観に基づいたケア(パーソン・センタード・ケア)
- スタッフ間の共通認識の形成
- 症状の背景にある原因(身体疾患、疼痛、環境変化など)の除外
これらの対応でも症状が十分に改善しない場合に、薬物療法の検討がなされます。
BPSDに対する主な薬剤とその使い方
1. 抗精神病薬(非定型抗精神病薬)
- 使用例:幻覚、妄想、攻撃性が強い場合
- 使用薬:リスペリドン(少量)、クエチアピン、オランザピンなど
- 注意点:転倒、脳卒中リスク、錐体外路症状、鎮静、死亡リスク増大
- 原則:最小量・最短期間での使用、定期的な中止の再評価が重要
2. 抗うつ薬(SSRIなど)
- 使用例:抑うつ、不安、易怒性、無気力
- 使用薬:セルトラリン、パロキセチン、ミルタザピンなど
- 注意点:低ナトリウム血症、食欲増減、眠気、離脱症状
3. 抗不安薬(ベンゾジアゼピン系)
- 使用例:強い不安や不眠に対して一時的に
- 注意点:依存性、せん妄の誘発、転倒リスク、記憶障害
- 推奨:極力避ける、あるいは短期的な使用に限る
4. 抗てんかん薬(カルバマゼピンなど)
- 使用例:興奮、衝動性が強い場合の代替薬として
- 注意点:血中濃度のモニタリング、副作用(眠気、ふらつき)
5. 漢方 (抑肝散など)
- 使用例:せん妄・易怒・不眠など
- 注意点:即効性は期待しづらい、体質により差がでる
処方時の実践的ポイント
- 身体疾患の除外が最優先(便秘、感染、脱水、疼痛など)
- 他の薬剤との相互作用をチェック
- 患者の既往歴(脳卒中、心疾患、せん妄歴など)を考慮
- 家族や介護者と方針共有・同意形成を徹底
- 開始後は頻回に評価し、不要なら速やかに中止
処方しないという選択肢も重要
BPSDは一時的な環境要因によることも多く、「薬を出さない勇気」も重要です。非薬物療法だけでうまくいく場合も多く、薬の副作用が問題を悪化させるリスクもあるため、“薬を出すことが最善”とは限りません。
法的な注意点(記事内の免責事項)
本記事は医療従事者や介護現場で働く方向けの情報提供を目的としており、個別の診断・治療を推奨するものではありません。薬物療法は、患者の状態や既往歴に応じて、医師の責任のもとで慎重に判断されるべきです。
まとめ
BPSDに対する薬物療法は、非薬物的なケアが不十分で、なおかつ本人や周囲の安全が確保できない場合に限られます。副作用リスクが高いため、「最小限・短期間・再評価」を徹底し、可能であれば速やかに中止する方針が重要です。現場では「なぜ薬を使うのか」「どの薬をいつまで使うのか」を常に問いながら対応する姿勢が求められます。