脂質とは? ― 水に溶けない“疎水性分子”の総称
脂質(lipids)は,“水に溶けにくく有機溶媒に溶けやすい分子”をまとめた概念で、化学構造は多様ですが共通して疎水性または両親媒性をもちます。
● 脂質の共通の特徴
- 水に溶けない(疎水性)
- 細胞膜を構成する主要成分
- エネルギー貯蔵分子として機能
- シグナル伝達や細胞間コミュニケーションに関与
「脂質=脂肪」というイメージは一部正しいものの、実際は生物学の中で非常に広い役割を担う分子群です。
脂質の主要な分類
生物学で扱う脂質は大きく以下のように分類されます。
1. 脂肪酸(Fatty Acids)
炭素鎖+カルボン酸からなる最も基本的な脂質。
- 飽和脂肪酸:炭素鎖がすべて単結合(例:パルミチン酸)
- 不飽和脂肪酸:二重結合を含む(例:オレイン酸)
生物学的役割
- エネルギー源(β酸化でATP産生)
- リン脂質やトリグリセリドの構成要素
- 脂肪酸からエイコサノイドなどのシグナル分子が生成
2. 中性脂質(トリグリセリド)
脂肪酸がグリセロールに3本結合した形。
役割
- もっとも効率的なエネルギー貯蔵形態
- 脂肪滴(lipid droplets)として細胞の中に蓄積
脂肪滴は単なる倉庫ではなく、がん細胞の代謝適応にも関わることが分かっています。
3. リン脂質(Phospholipids)
細胞膜の基盤をつくる脂質。
例:
- ホスファチジルコリン(PC)
- ホスファチジルエタノールアミン(PE)
- ホスファチジルイノシトール(PI)
特徴は 「両親媒性」
- 頭:親水性
- 尾:疎水性の脂肪酸
これにより**脂質二重層(lipid bilayer)**を形成します。
4. ステロイド・ステロール(コレステロールなど)
- コレステロール
- ステロイドホルモン(エストロゲン、テストステロン)
- 胆汁酸
コレステロールは悪者扱いされがちですが、
膜流動性の調節・シグナルドメイン(ラフト)形成・ホルモン合成と重要な役割を担います。
5. スフィンゴ脂質(Sphingolipids)
細胞膜のもうひとつの主要成分。
例:スフィンゴミエリン、セラミド、ガングリオシド
ガンや免疫でも重要な分子群
セラミドはアポトーシス誘導に関わり、逆にスフィンゴシン-1-リン酸(S1P)は細胞生存を促進します。
脂質の生物学的役割 ― 単なる“油”ではない
● ① 細胞膜の骨格をつくる
脂質二重層は細胞を区画化し、輸送・受容・細胞間コミュニケーションの基盤になります。
● ② エネルギー源・エネルギー貯蔵
脂質は糖より多くのエネルギーを持ち、長期貯蔵に適します。
● ③ シグナル伝達の担い手
PI3K/AKT経路など、脂質はシグナル伝達の基盤分子として働きます。
特にリン脂質のリン酸化は、がん生物学で重要(PI3K、PTENなど)。
● ④ 遺伝子発現や代謝制御にも関与
- PPARなどの脂質受容体は転写因子として機能
- スフィンゴ脂質は生存/死のスイッチとして働く
まとめ
脂質は「油」という単純なイメージを大きく超え、
細胞の構造・エネルギー・情報伝達・代謝制御に関わる生命維持の中核分子です。