脂肪酸とは何か ― 炭素鎖がつくる多様な生理機能
脂肪酸は「炭素鎖 + カルボン酸」で構成される基本的脂質で、
エネルギー源・膜脂質の材料・シグナル分子の前駆体として機能します。
● 分類
- 飽和脂肪酸:パルミチン酸(C16:0)、ステアリン酸(C18:0)
- 一価不飽和脂肪酸(MUFA):オレイン酸(C18:1)
- 多価不飽和脂肪酸(PUFA):アラキドン酸(C20:4)、DHA(C22:6)
- 必須脂肪酸:体内で作れない(リノール酸、α-リノレン酸)
構造の違いが、膜流動性・シグナル伝達・代謝に大きな影響を与えます。
1. 脂肪酸の分解:β酸化(ミトコンドリアとペルオキシソーム)
脂肪酸の分解経路「β酸化」は、
1分子の脂肪酸から大量のATPを産生できるという特徴があります。
① ミトコンドリアでのβ酸化の流れ
- 輸送:CPT1によるカルニチンシャトル
- 長鎖脂肪酸はミトコンドリア膜を通れない
- CPT1(Carnitine Palmitoyltransferase 1)が律速段階
- マロニルCoAがCPT1を強く抑制し、合成との同時進行を防ぐ
- β酸化サイクル(1サイクルで2C分ずつ短縮)
- 脱水素(FAD → FADH₂)
- 水和
- 再脱水素(NAD⁺ → NADH)
- チオリシス(アセチルCoA生成)
- TCA回路と電子伝達系へ
- アセチルCoA → TCA回路
- FADH₂/NADH → 電子伝達系でATPを産生
例:パルミチン酸(C16)→ 約106 ATP
糖よりも圧倒的に高エネルギーな理由です。
② ペルオキシソームでのβ酸化
超長鎖脂肪酸(VLCFA)などはペルオキシソームで分解が開始される。
ここではATP生成にはつながらず、短鎖化されたのちミトコンドリアへ送られる。
2. 脂肪酸の合成:細胞質で行われる逆方向のプロセス
● 主な合成場所
- 肝臓
- 脂肪組織
- がん細胞(脂質合成能が亢進する例が多い)
① 脂肪酸合成の基本フロー
- アセチルCoA輸送(クエン酸シャトル)
- ミトコンドリアのアセチルCoAは直接出られない
- クエン酸として細胞質へ → ACLYがアセチルCoAに戻す
- アセチルCoA → マロニルCoA(ACC)
- 脂肪酸合成の律速酵素:ACC(アセチルCoAカルボキシラーゼ)
- 脂肪酸合成酵素(FASN)が伸長
- マロニルCoAを使い2Cずつ伸ばしていく
- 最終的に**パルミチン酸(C16:0)**ができる
3. 脂肪酸代謝の調節機構
脂肪酸の「分解(β酸化)」と「合成」は同時に起きるとロスが生じるため、
厳密に制御されています。
① マロニルCoAが中心的なスイッチ
- 合成促進 → マロニルCoA↑ → CPT1抑制 → β酸化停止
- β酸化促進 → マロニルCoA↓(AMPK活性化) → CPT1活性↑
● AMPKの役割
- 低エネルギー状態で活性化
- ACCをリン酸化して合成停止
- CPT1を活性化してβ酸化促進
② ホルモン調節
- インスリン:脂肪酸合成↑(ACC/FASN活性↑)
- グルカゴン/アドレナリン:β酸化↑(ホルモン感受性リパーゼ活性↑)
③ 転写調節
- SREBP-1c:脂肪酸合成遺伝子を誘導
- PPARα:β酸化遺伝子を誘導(肝臓で特に重要)
- PPARδ/γ:脂質代謝全般のコントロール
がん細胞はこれらの系を改変し、脂質合成を強化する例が多いです。
4. 脂肪酸の機能:エネルギー以外にも多彩な役割
- 膜脂質の構成要素
- リン脂質の“脂肪酸尾部”として膜流動性を調整
- シグナル分子の前駆体
- アラキドン酸 → プロスタグランジン/ロイコトリエン
- エネルギー貯蔵
- トリグリセリドとして脂肪滴に蓄積
- 細胞分化やがん代謝の制御
- PPAR活性
- 脂質合成の亢進はがん幹細胞性と関連することも多い
まとめ
- β酸化はミトコンドリアで脂肪酸を大量のATPに変換する
- 脂肪酸合成はACC/FASNが中心
- マロニルCoAが“合成 vs 分解”のスイッチ
- 脂肪酸はエネルギーだけでなく膜・シグナル・代謝に必須