第2回 副腎皮質ステロイドの分子基盤:転写制御とNF-κB抑制

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はじめに

副腎皮質ステロイドは、膠原病治療において最も頻用され、最も強力で、同時に最も副作用が問題となる免疫抑制剤である。即効性が高く、疾患横断的に有効である一方、その作用機序は「非特異的」と誤解されがちである。

しかし分子レベルで見ると、ステロイドは転写制御を介して炎症遺伝子ネットワークの中枢を抑える薬剤であり、極めて合理的な分子介入である。本稿では、ステロイドの免疫抑制作用を「グルココルチコイド受容体(GR)」と「NF-κB」を軸に解説する。


グルココルチコイド受容体(GR)とは何か

核内受容体型転写因子

グルココルチコイド受容体(GR)は、細胞質に存在する核内受容体型転写因子である。

  • 非活性状態ではHSP90などのシャペロンと結合
  • ステロイド結合により構造変化
  • 核内へ移行しDNAや他の転写因子と相互作用

この「核に入って転写を制御する」という点が、ステロイドの強力かつ広範な作用の本質である。


ステロイドの2つの基本作用様式

ステロイドの転写制御作用は、大きく2つに分けられる。

1. Transactivation(転写活性化)

GRがDNA上の**GRE(glucocorticoid response element)**に直接結合し、遺伝子発現を促進する。

代表例:

  • Annexin A1(抗炎症)
  • IL-10(免疫抑制性サイトカイン)
  • IκBα(NF-κB阻害因子)

2. Transrepression(転写抑制)

GRがDNAに直接結合せず、

  • NF-κB
  • AP-1 などの炎症性転写因子とタンパク質間相互作用を起こし、転写活性を抑制する。

膠原病治療における免疫抑制効果の多くは、このtransrepressionによって説明される。


NF-κBはなぜ重要なのか

炎症遺伝子ネットワークのハブ

NF-κBは、炎症反応を統括するマスター転写因子であり、以下の遺伝子群を制御する。

  • TNF-α、IL-1β、IL-6
  • ICAM-1、VCAM-1(接着分子)
  • COX-2、iNOS

膠原病では、自然免疫・獲得免疫の両方でNF-κBが持続的に活性化している。


ステロイドによるNF-κB抑制の分子機構

ステロイドはNF-κBを「1点で止める」のではなく、多層的に抑制する。

  1. IκBα転写誘導 → NF-κBの核移行阻害
  2. GR–NF-κB直接結合 → 転写活性阻害
  3. 共役因子(CBP/p300)の奪い合い → 炎症遺伝子転写低下

この多重ブレーキ構造が、ステロイドの即効性と強力さを生み出している。


免疫細胞ごとの作用

T細胞

  • IL-2転写抑制
  • アポトーシス誘導(特に未熟T細胞)

マクロファージ/樹状細胞

  • サイトカイン産生抑制
  • 抗原提示能低下

好中球

  • 血中動員は増えるが、組織浸潤は抑制

これらが合わさり、「炎症は急速に引くが、感染には弱くなる」という臨床像が形成される。


なぜ即効性があるのか

ステロイドは

  • 受容体が既に存在
  • 転写制御が直接的
  • シグナルカスケードを待たない

という理由から、数時間単位で効果が発現する。

これは、リンパ球増殖を止める代謝拮抗薬との決定的な違いである。


副作用は転写制御の“別の顔”

ステロイド副作用は、transactivationに強く依存する。

  • 糖新生関連遺伝子誘導 → 糖尿病
  • 骨芽細胞分化抑制 → 骨粗鬆症
  • 筋タンパク分解促進 → 筋萎縮

近年の「ステロイド最小化戦略」は、transrepressionを残し、transactivationを減らすことを目指している。


臨床的示唆:なぜ導入・増悪期に使われるのか

  • 急速な炎症制御が必要
  • 原因分子が未特定でも効く
  • ほぼ全ての免疫細胞に作用

これらの理由から、ステロイドは **“火事を消す薬”**として、今なお第一線にある。


まとめ

副腎皮質ステロイドは、

  • NF-κBを中心とした炎症転写ネットワークを
  • 核内で直接制御する

という、極めて本質的な免疫抑制剤である。

次回は、**カルシニューリン阻害薬(シクロスポリン/タクロリムス)**について、NFATとT細胞選択性という観点から解説する。

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