第9回:FRET・分子間相互作用解析 ―「近づいたかどうか」を蛍光で測る技術―

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はじめに

第8回では、蛍光タンパクを用いて
分子の存在・局在・動態を生細胞で観察する方法を解説しました。

しかし研究を進めると、次の疑問が生じます。

  • この2つの分子は本当に相互作用しているのか?
  • 同じ場所に見えるが、実際にどれくらい近いのか?
  • 刺激によって分子同士の距離は変化するのか?

こうした問いに答えるために用いられるのが、
FRET(Förster Resonance Energy Transfer)解析です。


FRETとは何か(直感的な理解)

FRETとは、2つの蛍光分子が非常に近接したときにのみ起こるエネルギー移動現象です。

重要なのは距離です。

  • FRETが起こるのは
    2つの蛍光分子間の距離が約1〜10 nm のときのみ
  • これはタンパク質同士が
    直接相互作用している、あるいは同一複合体内にある距離に相当します

つまりFRETは、
「同じ場所にある」ではなく
「分子レベルで近づいている」ことを検出する技術
です。


FRETの基本原理

FRETでは、2種類の蛍光分子を使います。

  • ドナー(Donor):先に励起される蛍光分子
  • アクセプター(Acceptor):エネルギーを受け取る蛍光分子

典型的な組み合わせは、

  • CFP(ドナー)
  • YFP(アクセプター)

です。

仕組みは以下の通りです。

  1. ドナー(CFP)を励起光で刺激
  2. 通常ならCFPが蛍光を出す
  3. しかし近くにYFPがあると
  4. エネルギーがYFPに移動
  5. CFPの蛍光が弱まり、YFPの蛍光が強くなる

このエネルギー移動の効率を測定することで、
分子間距離の変化を推定できます。


FRETで「何が分かるのか」

FRET解析で分かるのは、主に次の3点です。

  1. 分子間相互作用の有無
  2. 相互作用の強さ・変化
  3. 時間的変化(ON/OFF、可逆性)

特に重要なのは、

FRETは「結合した結果」ではなく
結合している“瞬間”を捉える

という点です。

免疫沈降(IP)やPLAでは見えない
一過性・弱い相互作用の検出が可能です。


ライブセルFRETの強み

FRETは固定標本でも可能ですが、
真価を発揮するのはライブセル解析です。

ライブセルFRETでは、

  • リガンド刺激直後の相互作用形成
  • 細胞内局在ごとの相互作用差
  • 一過性の相互作用と解離

をリアルタイムで観察できます。

これは、
シグナル伝達解析や膜分子研究において極めて重要です。


代表的なFRET実験デザイン

FRET実験には大きく2つの設計があります。

① 分子間FRET

  • タンパクA–CFP
  • タンパクB–YFP

→ AとBが近づいたときにFRETが起こる
相互作用解析に最もよく使われる形式

② 分子内FRET(センサー型)

  • 1つのタンパクの中に
    CFPとYFPを組み込む

→ コンフォメーション変化でFRET効率が変化
→ Ca²⁺センサーやキナーゼ活性センサーに多用


FRET解析で重要な実験上の注意点

FRETは強力ですが、誤解釈が起こりやすい技術でもあります。

特に注意すべき点は以下です。

1. 発現量依存性

  • 過剰発現により
    偽の近接(ランダム衝突)が起こる
  • ドナーとアクセプターの発現比が重要

2. スペクトルの重なり

  • CFPとYFPは励起・蛍光波長が重なる
  • bleed-through(漏れ込み)の補正が必須

3. FRET=直接結合ではない

  • 10 nm以内にあることを示すだけ
  • 同一複合体内の間接的近接も含まれる

FRET陽性=「直接結合」と即断するのは危険です。


定量FRETの代表的手法

FRETを「見た目」ではなく定量するために、以下の手法が用いられます。

  • アクセプター消光法(Acceptor photobleaching)
  • 比率法(FRET/Donor ratio)
  • FLIM-FRET(寿命測定)

特にFLIM-FRETは、

  • 発現量の影響を受けにくい
  • 定量性が高い

という利点がありますが、装置要求が高くなります。


がん研究におけるFRETの意義

がん細胞では、

  • シグナルが一過性・局所的に活性化
  • 状態依存的に相互作用が切り替わる

という特徴があります。

FRETは、

  • EMT前後での受容体複合体変化
  • CD9を介した膜分子クラスター形成
  • ITGA3を含む接着シグナルの動的制御

など、静的解析では見えない分子関係性を可視化できます。


まとめ

FRET解析は、

  • 分子がどこにあるか、ではなく
  • どれだけ近づいているか

を測るための技術です。

ライブセルFRETにより、

  • 相互作用の形成
  • 解離
  • 可逆性

をリアルタイムで捉えることが可能になります。

一方で、
発現量・スペクトル補正・解釈には慎重さが求められます。

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