はじめに
In vivo 実験由来の組織や腫瘍を用いたFACS解析では、非特異的抗体結合がデータ解釈を大きく歪める原因になります。その非特異結合の最大の原因の一つが Fc受容体(Fc receptor) です。これを抑えるために広く用いられているのが 抗CD16/32抗体(いわゆる Fc block) です。
本記事では、
- なぜ in vivo FACS で特に CD16/32 抗体が重要なのか
- CD16/32(FcγRIII / FcγRII)の生物学的背景
- 使わない場合に何が起こるのか
- 実験デザイン上の注意点
を、大学院生〜研究者向けにメカニズムベースで詳しく解説します。
Fc受容体(Fc receptor)とは何か
抗体は Fab 領域で抗原を認識する一方、Fc 領域は免疫細胞表面の Fc 受容体と結合します。この結合は本来、
- 抗体依存性細胞傷害(ADCC)
- 貪食(ADCP)
- 免疫複合体の認識
といった免疫応答に必須です。
しかし FACS解析では完全にノイズ になります。
CD16 / CD32 の正体
マウスの FACS で用いられる 抗CD16/32抗体 は、以下の Fcγ 受容体を同時にブロックします。
- CD16(FcγRIII)
- NK細胞
- マクロファージ
- 好中球
- CD32(FcγRII)
- B細胞
- マクロファージ
- 樹状細胞
👉 これらは in vivo 組織・腫瘍サンプルに大量に含まれる細胞群 です。
In vivo FACS で非特異結合が起こりやすい理由
① 免疫細胞が非常に多い
培養細胞と異なり、in vivo サンプルには:
- マクロファージ
- 単球
- 好中球
- 樹状細胞
が必ず混入します。これらは FcγR高発現細胞 です。
② 抗体濃度が高くなりがち
組織由来細胞は autofluorescence やバックグラウンドが高く、
- 抗体量を増やす
- 染色時間を延ばす
という条件になりやすく、Fc依存的結合が顕在化します。
③ 細胞が活性化状態にある
炎症・腫瘍環境では FcγR の発現自体が上昇しており、培養条件よりも遥かに強く Fc結合が起こる のが現実です。
CD16/32抗体を使わないと何が起こるか
1. 偽陽性シグナルの増加
本来抗原を発現していない細胞が、
- 抗体の Fc 領域を介して
- あたかも抗原陽性のように見える
という致命的なアーティファクトが生じます。
2. マーカー共発現の誤解釈
例えば:
- 腫瘍細胞マーカー + 免疫マーカー
が「共発現している」ように見えるケースの多くは、Fc結合による偽装共染色 です。
👉 特に scRNA-seq や CyTOF との対応付けでは致命傷になります。
3. ソーティング後の機能解析への影響
Fc受容体を介した抗体結合は、
- 細胞活性化
- シグナル誘導
- 貪食誘導
を引き起こすことがあり、ソート後の培養・移植実験の再現性を壊します。
なぜ CD16/32 抗体「だけ」でよいのか?
マウスでは FcγR のうち、
- 非特異結合の主因
- 広範な免疫細胞で発現
という点から、CD16(FcγRIII)と CD32(FcγRII)を抑えればほぼ十分 と経験的に確立されています。
(※ CD64/FcγRI は主に高親和性で特定条件下に限られる)
実践的プロトコール上のポイント
- 抗体染色前に 必ず Fc block
- 4℃、10–15分が一般的
- 洗浄せずにそのまま表面抗体染色に進むことが多い
👉 「とりあえず入れる」ではなく、「必須工程」 と考えるのが重要です。
よくある誤解
Q. In vitro 実験では不要なのでは?
→ in vitro でも免疫細胞が混ざるなら必要
Q. アイソタイプコントロールで代用できる?
→ できません。Fc受容体結合そのものは抑えられません。
まとめ
- In vivo FACS では Fc受容体による非特異結合が最大の敵
- CD16/32抗体はその根本原因を遮断する
- 使わないと「綺麗な嘘データ」が量産される
- 特に腫瘍・炎症・組織由来サンプルでは必須
CD16/32(Fc block)は 地味だがデータの信頼性を決定づける工程 です。