ミトコンドリア代謝というと、電子伝達系やATP産生が注目されがちですが、その根幹を支えているのが**TCA回路(クエン酸回路)です。TCA回路は単なる「エネルギー産生のための回路」ではなく、細胞全体の代謝を束ねるハブ(中継点)**として機能しています。
本記事では、TCA回路を「燃焼装置」ではなく「情報統合システム」として捉え直します。
TCA回路の基本構造を再確認する
TCA回路はミトコンドリアマトリックスで進行し、
- アセチルCoAの完全酸化
- NADH / FADH2の産生
- CO2の放出
を担います。
アセチルCoAは
- 解糖系由来のピルビン酸
- 脂肪酸β酸化
- 一部アミノ酸分解
など、複数の経路から供給されます。つまりTCA回路は、糖・脂質・アミノ酸代謝の合流点なのです。
TCA回路は「回っていない」こともある
教科書的にはTCA回路は円環として描かれますが、実際の細胞では
- 一部が切り出され
- 中間体が外へ流出し
- 必要に応じて補充される
という**開放系(open system)**として機能しています。
この「出入り」を理解する鍵が、次に述べるアナプレロティック反応です。
アナプレロシスとカタプレロシス
TCA回路中間体は、さまざまな合成反応に利用されます。
- クエン酸 → 脂肪酸・コレステロール合成
- α-ケトグルタル酸 → グルタミン酸・他アミノ酸
- オキサロ酢酸 → アスパラギン酸・核酸合成
これらの流出(カタプレロシス)に対して、
- グルタミン分解(グルタミノリシス)
- ピルビン酸カルボキシラーゼ反応
などによって中間体が補充されます(アナプレロシス)。
がん細胞でグルタミン代謝が重要視される理由も、ここにあります。
代謝中間体は「シグナル分子」である
近年特に注目されているのが、TCA回路中間体が細胞内シグナルとして機能するという概念です。
代表例として
- α-ケトグルタル酸(αKG)
- コハク酸(succinate)
- フマル酸(fumarate)
が挙げられます。
これらは
- DNA / ヒストン脱メチル化酵素
- HIF-1αの安定性
を制御し、代謝状態がエピゲノムや転写制御に直結します。
ミトコンドリア代謝とエピゲノム制御
αKGはTETやJmjCファミリー脱メチル化酵素の補因子として働き、 一方でsuccinateやfumarateはこれらを阻害します。
その結果、
- 分化状態の維持・変化
- 幹細胞性の保持
- がんにおける脱分化
といった細胞運命決定に、ミトコンドリア代謝が深く関与します。
TCA回路はミトコンドリア外ともつながっている
TCA回路はミトコンドリア内に閉じた系ではありません。
- クエン酸の細胞質輸送
- NADH/NAD+バランスの調整
- アスパラギン供給
などを通じて、細胞質・核・ERと密接に連携しています。
つまりミトコンドリアは、細胞内代謝ネットワークの司令塔なのです。
次回は、ミトコンドリア由来ROSを中心に、「ROSは本当に悪者なのか?」という問いを掘り下げます。