第8回:がんとミトコンドリア ― Warburg効果の再解釈 ―

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Warburg効果は「ミトコンドリア不全」ではない

がん細胞は酸素が十分にあるにもかかわらず、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化(OXPHOS)ではなく、解糖系を亢進させる。
この現象は Warburg効果 として100年以上前から知られています。

長らくこの現象は、

がん細胞はミトコンドリア機能が低下している
だから仕方なく解糖に依存している

と解釈されてきました。

しかし現在では、この理解は不正確であることが明らかになっています。


がん細胞はミトコンドリアを「捨てていない」

多くのがん細胞では、ミトコンドリアは構造的にも機能的にも保たれています。

  • TCA回路は作動している
  • 電子伝達系も維持されている
  • ATPの多くをOXPHOSで産生しているがんも存在する

つまり、Warburg効果とは
「ミトコンドリアが使えない」状態ではなく、「解糖系を戦略的に使っている」状態 なのです。

解糖系の亢進は、ATP産生というよりも、

  • 核酸
  • アミノ酸
  • 脂質

といった 生合成前駆体を供給するための代謝再編成 と捉えられています。


OXPHOS依存がんという逆説

近年、「OXPHOS依存がん」という概念が注目されています。

これは、

  • 解糖阻害に比較的耐性
  • ミトコンドリア機能が高い
  • 電子伝達系阻害に弱い

といった特徴を持つがんです。

代表例として、

  • 一部の白血病
  • メラノーマ
  • がん幹細胞集団

などが挙げられます。

特に重要なのは、がん幹細胞様細胞ほどOXPHOS依存性が高い という報告が多い点です。これは、「増殖」よりも「生存」や「ストレス耐性」を重視する細胞状態と一致します。


転移とミトコンドリア:エネルギーの質が問われる

転移は、がん細胞にとって極限状態の連続です。

  • 血流中での生存
  • 異なる臓器環境への適応
  • 低栄養・低酸素ストレス

こうした状況では、効率よくATPを得られるOXPHOS が有利に働く場面が多くなります。

実際、

  • 転移能の高い細胞ほどミトコンドリア量が多い
  • ミトコンドリアダイナミクス(融合・分裂)が活発
  • ミトコンドリア由来ROSをシグナルとして利用

といった特徴が報告されています。

転移とは、単なる細胞移動ではなく、ミトコンドリア適応能の競争 とも言えます。


治療耐性と代謝可塑性

抗がん剤や分子標的薬、さらには免疫療法に対しても、がん細胞は代謝を変化させて生き延びます。

よく見られるのが、

  • 治療前:解糖優位
  • 治療後:OXPHOS優位

という 代謝スイッチ です。

この代謝可塑性の中心にあるのがミトコンドリアです。

  • ミトコンドリア量の増加
  • 電子伝達系遺伝子の再活性化
  • 抗酸化システムの強化

これらはすべて、治療ストレスを乗り越えるための適応戦略です。


Warburg効果の再定義

現代的にWarburg効果を言い換えるなら、

がん細胞は状況に応じて
解糖とOXPHOSを使い分ける
「代謝的に可塑的な存在」である

という表現が最も近いでしょう。

ミトコンドリアは、抑圧される対象ではなく、がん細胞が最も巧妙に制御しているオルガネラ なのです。


まとめ:がん代謝を理解する鍵はミトコンドリアにある

  • がん細胞はミトコンドリアを捨てていない
  • OXPHOS依存がん・がん幹細胞が存在する
  • 転移・治療耐性でミトコンドリアが決定的役割を担う

がん代謝を理解することは、がんの弱点を見つけることに直結します。

次回は、ミトコンドリアが 老化とともになぜ機能低下するのか、そしてそれが幹細胞や組織機能にどう影響するのかを解説します。

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