遺伝子発現の制御:分子細胞生物学の基本原理を理解する【第8章】

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はじめに:なぜ「制御」が重要なのか?

すべての細胞は同じDNAを持っていますが、発現する遺伝子の組み合わせが異なることで、神経細胞・肝細胞・筋肉細胞など多様な機能を発揮します。
この多様性の鍵を握るのが遺伝子発現の制御です。


遺伝子発現調節の基本ステップ

遺伝子発現は、以下の段階のいずれかで制御が可能です:

  1. 転写制御(Transcriptional Control)
  2. RNAプロセシング制御
  3. mRNAの輸送と局在化制御
  4. mRNA分解制御
  5. 翻訳制御
  6. タンパク質の分解制御

このうち、最もエネルギー効率が良くて強力なのが、転写制御です。


転写制御の主要な登場人物

転写因子(Transcription Factors)

  • DNAの**調節配列(regulatory sequences)**に結合し、転写活性を調節する。
  • 活性化因子(activator):転写を促進。
  • 抑制因子(repressor):転写を抑制。

エンハンサーとサイレンサー

  • エンハンサー(enhancer):転写を強力に促進。
  • サイレンサー(silencer):抑制効果を持つDNA領域。

どちらもプロモーターから遠く離れていても機能します。DNAループ形成によって、遠距離から転写複合体に影響を与えます。


真核生物と原核生物の違い

  • 原核生物(例:大腸菌)では、主にオペロン制御(一つのプロモーターで複数遺伝子を制御)。
  • 真核生物では、1つのプロモーターが1つの遺伝子を制御。
    また、ヒストン修飾やクロマチン構造の変化が転写調節に関与します。

エピジェネティックな制御:DNAメチル化とヒストン修飾

  • DNAメチル化(CpG配列で):遺伝子サイレンシングに関与。
  • ヒストンアセチル化/脱アセチル化:クロマチン構造を開いたり閉じたりして転写活性に影響。
    • HAT(ヒストンアセチルトランスフェラーゼ):転写活性化
    • HDAC(脱アセチル化酵素):転写抑制

このようなエピジェネティック制御は細胞分化や記憶、がんにも関与します。


RNA干渉とマイクロRNA(miRNA)

  • miRNAsiRNAは、mRNAの分解や翻訳抑制を通じて発現後制御を行う。
  • RNA誘導サイレンシング複合体(RISC)に取り込まれ、標的mRNAに結合して機能。

フィードバック制御と遺伝子ネットワーク

  • 遺伝子発現制御は単独の因子で完結しない。複数の転写因子がネットワークを形成し、
    • ポジティブ・フィードバック:一度活性化されると自己維持(細胞分化に重要)。
    • ネガティブ・フィードバック:一定レベル以上の発現を防ぐ。

発現制御と細胞運命決定の関連

  • 細胞分化の方向性は、限られた数の「マスターレギュレーター」と呼ばれる転写因子によって決まる。
  • 一部の遺伝子は、**一度オンになるとその状態を維持(記憶)**できる。

おわりに:生命の多様性は制御に宿る

細胞は、どの遺伝子を、いつ、どのくらい、どこで発現させるかを緻密に制御しています。
その調節機構は単純なスイッチではなく、ネットワークとクロストークの集合体であることが明らかになりつつあります。

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