Nature掲載論文「Remodelling of corticostriatal axonal boutons during motor learning」(2025年)をもとに記事を作製しました。
●はじめに:運動スキルを覚えるとき、脳では何が起こっている?
私たちが新しい運動、たとえば楽器の演奏やスポーツの動きを覚えるとき、脳内では神経細胞のつながりが変化します。この「変化する能力」のことを、神経可塑性(しんけいかそせい)と呼びます。これまでの研究では、神経細胞が「受け取る側(樹状突起のスパイン)」の変化は詳しく分かってきました。しかし、「送り出す側(軸索のボタン)」がどう変わるのかは、ほとんど分かっていませんでした。
今回紹介するのは、スタンフォード大学の研究チームが『Nature』誌に発表した最新の研究です。マウスを使って、運動を学ぶことで脳内の軸索の先端(ボタン)がどのように変わっていくのかを、リアルタイムで観察することに成功しました。
●どんな実験をしたのか?
研究では、マウスに「レバーを押すとご褒美がもらえる」という課題を教えました。マウスが動いている間、2光子顕微鏡という高性能なカメラで脳の中の神経活動をのぞき見るという、かなり精密な方法です。
特に注目したのは「一次運動野(M1)」という脳の運動をつかさどる部分から、「線条体(striatum)」という運動制御に関わる場所へ伸びている神経のボタン(軸索末端)です。このボタンの活動や形の変化を、何日にもわたって追いかけました。
●主な発見①:同じ神経でもボタンの動き方はバラバラだった
驚くべきことに、1本の神経の中でも、ボタンによって活動がまったく違うことが分かりました。まるで「同じ木の枝にある花が、それぞれ違うタイミングで咲く」ような状態です。
しかも、マウスが課題を練習して上達するにつれて、「ご褒美がある動き(報酬付き:RM)」に反応するボタンが増えていき、「ご褒美がもらえない動き(無報酬:UM)」に反応するボタンは減っていきました。つまり、ボタンたちは“報酬の有無”によって選び分けられているのです。
●主な発見②:ボタンの形も変わっていた!
運動を学ぶことで、神経ボタンの“数”や“配置”も変化していました。ご褒美のある動きに反応するボタンは新しくできて、そのまま残りやすく、一方で無報酬に反応するボタンは消えていく傾向がありました。
さらに、同じ神経内のボタンたちが「バラバラな動きをする」割合は、学習の初期は多く(約35%)、学習が進むと減っていきました。つまり、学習が進むと、同じ神経内のボタンたちが「チームとしてまとまって働く」ようになるわけです。
●主な発見③:視床からの入力にはこうした変化がなかった
脳の別の場所である「視床」から線条体へ向かう神経も調べたところ、こちらのボタンは、最初から最後までほとんど同じ動きをしており、構造もあまり変わりませんでした。つまり、「どこから来た神経なのか」によって、学習に伴う変化のしかたがまったく違うことが分かりました。
●まとめ:神経の“出力端子”は学習によって作り替えられる
この研究は、私たちの脳が「動き」や「報酬」に応じて、非常に細かなレベルで回路を再編成していることを示しました。これまでは“神経細胞は全ての情報を等しく出力する”と考えられていましたが、今回の結果はその常識を覆すものです。
ひとつの神経の中でも、軸索のボタンはそれぞれ違う働きをしていて、学習の中で「必要なものだけが残り、不必要なものは消える」ような整理が行われているのです。
神経科学を学ぶ学生や研究者にとって、本研究は“学習とシナプス構造の関係”を考える上で重要な新しい視点を提供してくれます。今後はこの仕組みを活用して、より効率的なリハビリや学習支援の方法が生まれるかもしれません。