呼吸器ウイルス感染が乳がんの転移を再活性化させる──休眠がん細胞とIL-6の意外な関係

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【研究の背景と問題提起】

乳がんは世界で最も多く診断されるがんの1つであり、その死亡の多くは「転移」によってもたらされます。しかし、治療後に一度がんが消失しても、肺や骨髄などに潜んだ「休眠状態のがん細胞(DCC: disseminated cancer cells)」が、数年後に突然再活性化して転移を引き起こすことがあります。

この研究では、「呼吸器ウイルス感染(特にインフルエンザやSARS-CoV-2)がDCCの休眠を破り、がんの再発を促進しているのではないか?」という仮説を検証しています。


【研究の要点】

1. ウイルス感染が肺のDCCを目覚めさせる

インフルエンザウイルスに感染したマウスでは、肺に存在していたHER2陽性の休眠がん細胞が数日以内に増殖を始め、2週間以内に大きな転移巣へと拡大しました。SARS-CoV-2でも同様の現象が確認されました。

2. IL-6が鍵となる分子

この覚醒プロセスには炎症性サイトカイン「IL-6」が深く関与していました。IL-6遺伝子を欠損させたマウスでは、ウイルス感染後もDCCの増殖はほとんど見られませんでした。

3. CD4+ T細胞がDCCの維持を助ける

感染からしばらく時間が経つと、CD4+ T細胞が肺に集積し、覚醒したDCCの生存を助けていることも判明。CD4+ T細胞を除去すると、CD8+ T細胞の抗腫瘍効果が復活し、がん細胞の排除が促進されました。

4. 疫学データで裏付け

UK BiobankやFlatiron Healthのデータベースを用いた解析では、COVID-19に罹患したがんサバイバーは、非感染者と比べて有意に高い死亡率と肺転移リスクを示していました。


【臨床的・社会的意義】

この研究は、「がん治療後の再発予防」という文脈で、呼吸器ウイルス感染が潜在的なリスクファクターであることを強く示唆しています。特に、COVID-19のような世界的パンデミックは、がん患者やがんサバイバーの転移リスクを高めていた可能性があります。

また、IL-6経路を標的とした既存薬(例:トシリズマブなど)を感染初期に使用することで、がん転移の再活性化を防げる可能性もあり、今後の臨床研究が期待されます。


【まとめと今後の展望】

  • 呼吸器ウイルス感染(インフルエンザ・SARS-CoV-2)は、休眠状態の乳がん転移細胞を再活性化させる。
  • IL-6がこのプロセスに必須であり、CD4+ T細胞がその維持を助けている。
  • 疫学データでもCOVID-19後のがん死・肺転移のリスク増加が確認された。
  • IL-6阻害薬などの既存薬で、感染に伴う転移再活性化を防げる可能性。

著作権に関する注意

本記事は、2025年Nature誌に掲載されたオープンアクセス論文(https://doi.org/10.1038/s41586-025-09332-0)の内容を、教育・解説目的で要約・再構成したものです。元論文の著作権は著者および出版社に帰属します。記事の内容は教育目的の二次創作であり、原著論文の内容の正確性や意図を損なわないよう細心の注意を払っています。

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