がんは「細胞の制御の破綻」から始まる
がんとは単なる「しこり」や「悪性の細胞」ではなく、本質的には細胞の制御システムが破綻することで起こる病気です。正常な細胞は、分裂・成長・死を厳密にコントロールしていますが、その制御が効かなくなったとき、細胞は無制限に分裂し、組織を破壊し、時に他の臓器へと転移します。
このような「がん化」は、DNAの蓄積的な変異によって引き起こされる、ということが現在のがん研究の基本的な理解です。
がんの特徴的な性質(Hallmarks of Cancer)
Albertsでは、がん細胞が持つ典型的な性質として以下が挙げられています(Hanahan and Weinberg にも準拠):
- 成長シグナルに対する自律性(勝手に増殖する)
- 増殖抑制シグナルへの抵抗性
- アポトーシス(細胞死)からの回避
- 無限の複製能
- 血管新生の誘導(腫瘍が自分のために血管を作らせる)
- 転移能力の獲得
これらはすべて、**がん細胞が「生き延びて増え続けるための戦略」**と見ることができます。
遺伝子の変異:がん遺伝子と腫瘍抑制遺伝子
がん化には2つの主要なタイプの遺伝子が関与します。
1. がん遺伝子(oncogenes)
- 正常時はプロトがん遺伝子と呼ばれ、成長を促進する役割を担います。
- 遺伝子増幅や点突然変異により「アクセルが壊れた状態」になると、細胞は過剰に分裂します。
- 例:Ras、Myc、HER2など。
2. 腫瘍抑制遺伝子(tumor suppressor genes)
- 細胞分裂を抑えたり、DNA損傷時にアポトーシスを誘導する「ブレーキのような遺伝子」です。
- 両方のアレル(遺伝子コピー)が不活化されると、がんが進行します。
- 例:p53、Rb、BRCA1/2など。
がんと細胞周期の異常
がん細胞では、**細胞周期のチェックポイント(G1/S, G2/M)**が機能不全になることが多く、DNAが損傷したままでも細胞分裂が進行してしまいます。
また、DNA修復酵素の異常(例:BRCA1/2)により、ゲノムの不安定性が増し、変異が加速されるという悪循環が起こります。
がんの多段階モデル:一夜では起こらない
がんは一つの変異で起こるのではなく、複数の遺伝子変異が段階的に蓄積することで発症します。たとえば大腸がんでは:
- APC遺伝子の異常(初期)
- Rasの活性化(増殖促進)
- p53の喪失(チェックポイントの破綻)
- 血管新生・転移能の獲得
といった**「進化的過程」**を経ることが知られています。
なぜ免疫ががんを防げないのか?
本来、免疫系は異常細胞を排除する役割を担っています。しかしがん細胞は:
- 免疫チェックポイント(PD-L1など)を使って免疫から逃れる
- 抗原提示を回避する
- 炎症環境を味方につける
などの戦略で、**免疫からの「見えにくさ」**を獲得します。これが、免疫療法(例:免疫チェックポイント阻害剤)が重要な治療法となる背景です。
まとめ:がんを理解することは「正常」を理解すること
がんは「異常な細胞の増殖」ですが、その異常がわかるということは、正常な細胞の仕組みを深く理解していることが前提です。Alberts第20章では、がんを通して細胞周期、DNA修復、アポトーシス、細胞間相互作用といった細胞生物学の集大成を学ぶことができます。
がん研究は今なお進化し続けており、分子標的薬、免疫療法、遺伝子治療などの開発が進んでいます。基礎を学ぶことが、未来の治療につながる鍵となるでしょう。
参考文献
本記事は『Molecular Biology of the Cell(6th edition, Alberts et al.)』を参考に、教育・啓発目的で要約・再構成しています。図表や文章の転載は避け、著作権に配慮した内容です。