はじめに:「食べない=老化」ではありません
高齢者が「最近あまり食べない」と言い始めたとき、それを**「加齢の一部」**と考えて放置するのは非常に危険です。食欲不振は、全身状態の悪化・悪性疾患・精神疾患・内臓疾患のサインである可能性があり、早期対応が予後を左右することもあります。
1. 高齢者における「食欲不振」の定義と重要性
- 食事摂取量が1日あたり通常の7割以下に落ち込む状態が数日以上続く場合、臨床的に「食欲不振」と捉えるべきです。
- 食欲低下 → 栄養不足 → サルコペニア → 転倒・寝たきりという悪循環に陥りやすくなります。
2. 鑑別のフレームワーク:DETERMINE
米国の栄養スクリーニングでは「DETERMINEチェックリスト」がよく使われます。これを応用すると、高齢者の食欲不振の原因は以下のように分類できます。
項目 | 内容 | 代表的原因 |
---|---|---|
D(Disease) | 疾患 | 悪性腫瘍、感染症、心不全、腎不全、肝疾患 |
E(Eating Poorly) | 食事内容の変化 | 噛めない、飲み込めない、味がわからない |
T(Tooth loss) | 歯の喪失・義歯不適合 | 義歯が合わない、咀嚼困難 |
E(Economic hardship) | 経済的問題 | 食費を切り詰めている |
R(Reduced social contact) | 社会的孤立 | 独居、高齢者施設で孤立 |
M(Multiple medicines) | 多剤併用 | 食欲を減らす薬の影響(例:SSRI、ジゴキシン) |
I(Involuntary weight loss) | 意図しない体重減少 | 1年で5%以上の減少 |
N(Needs help with self-care) | ADL低下 | 調理・買い物・摂食の困難 |
E(Elder years) | 加齢 | 味覚・嗅覚の低下、ホルモン変化 |
3. 診察・問診のポイント
<問診で必ず聞くべきこと>
- 食欲低下の開始時期・きっかけ
- 1日の食事内容・量・回数
- 食事にかかる時間・疲労感・集中力の有無
- 味覚・嗅覚の変化(味がしない、何を食べても美味しくない)
- 便通異常、腹部症状、嘔気、嚥下困難
- 気分(うつ症状や意欲低下)
- 食事の介助者や環境の変化
<身体診察>
- 舌や口腔内(乾燥、口内炎、義歯の適合)
- 咽頭反射や嚥下テスト(簡易反復唾液嚥下テスト)
- 筋肉量や握力(サルコペニア兆候)
- 腹部の触診・聴診
- 体重・BMIの推移
4. 初期検査の選び方
- 血液検査:CBC(炎症・貧血)、CRP、電解質、腎肝機能、TSH、ビタミンB12、アルブミン
- 尿検査:感染症のチェック、脱水の間接評価
- 胸部レントゲン/腹部エコー:がんや慢性疾患のスクリーニング
- うつ病スクリーニング(GDSなど)
- 栄養スクリーニング:MNA(Mini Nutritional Assessment)、CONUTなど
5. 「食欲がないとき」に考慮すべき対応策
① 原因疾患の治療
- 甲状腺異常、感染症、うつ、がん、便秘などがあれば適切に治療
② 環境・介助の工夫
- 1人での食事→誰かと一緒に食べる
- 食器や姿勢の工夫(片麻痺などがある場合)
- 味や温度の調整(冷たすぎない・熱すぎない・塩味の調整)
③ 栄養補助
- **高カロリー補助飲料(ONS)**や間食の提案
- 少量頻回食(3食→5〜6回に分ける)
- 必要に応じて管理栄養士の介入
④ 多職種連携
- ケアマネジャー・訪問看護・薬剤師・栄養士との情報共有
- 薬の見直し:食欲低下を起こす薬剤の再評価
6. 見逃されやすい「うつ病」と「認知症」
高齢者のうつ病は、**「眠れない・元気がない・おいしくない」**という形で表現されることが多く、食欲不振として現れることがあります。
認知症では、食べること自体を忘れる、あるいは食事に集中できないケースもあり、早期評価が重要です。
おわりに:まずは「食べる喜び」の再発見から
高齢者の食欲不振は、身体・精神・社会的側面が複雑に絡み合った問題です。「なぜ食べられないのか?」を丁寧に探り、医療・介護・家族が連携してアプローチすることが重要です。
「食べること」は生きる力を支える柱。たとえ少しずつでも、食事を楽しめる環境を整えることが、回復の第一歩となります。
<法的配慮に関する一文>
本記事は、医療・介護従事者や家族の参考情報として提供しています。症状に個別対応が必要な場合は、必ず主治医・専門職への相談を行ってください。医学的判断を代替するものではありません。