はじめに
腫瘍免疫応答において T細胞の代謝状態 は決定的な役割を果たします。T細胞は活性化や分化の過程で代謝を動的にリプログラミングし、それが クロマチン構造や遺伝子発現 に反映されます。特に注目されているのが、アセチルCoAを介したヒストンアセチル化制御です。
腫瘍微小環境(TME)における栄養制限や代謝競合は、T細胞のアセチル化プロファイルを大きく変化させ、抗腫瘍免疫能を低下させます。本記事では、T細胞代謝とクロマチンリモデリングのクロストークを、アセチル化を中心に整理します。
1. T細胞代謝とアセチルCoA供給
活性化T細胞の代謝リプログラミング
- ナイーブT細胞:酸化的リン酸化(OXPHOS)依存
- エフェクターT細胞:解糖系亢進 → クエン酸 → ACLY経路で核内アセチルCoA産生
- メモリーT細胞:脂肪酸酸化とOXPHOSを優先
アセチルCoAの核内供給経路
- ACLY(ATPクエン酸リアーゼ):クエン酸をアセチルCoAへ変換
- ACSS2(アセチルCoA合成酵素2):酢酸からアセチルCoAを合成し、栄養制限下でもヒストンアセチル化を維持
- PDH(ピルビン酸デヒドロゲナーゼ):一部は核内局在し、直接アセチルCoAを生成
これらの経路は、T細胞の栄養環境に応じたエピゲノム可塑性を保証します。
2. ヒストンアセチル化とクロマチンリモデリング
分子機構
- 酵素:HAT(p300/CBP, GCN5 など)がアセチル基を付加
- アセチル化 → ヒストン正電荷を中和し、クロマチンをオープン化
- 転写因子アクセス性が増大 → 免疫応答遺伝子の発現誘導
T細胞における標的遺伝子
- IFNG(インターフェロンγ):抗腫瘍活性の中心
- GZMB(グランザイムB):細胞傷害性機能
- PDCD1(PD-1)やTOX:疲弊(exhaustion)関連遺伝子
興味深いのは、アセチル化が「抗腫瘍遺伝子」と「疲弊関連遺伝子」の両方を制御している点です。
3. 腫瘍微小環境におけるアセチル化制御
栄養競合
- 腫瘍細胞はグルコースを大量消費 → T細胞のアセチルCoA不足 → ヒストンアセチル化低下
- 酢酸利用(ACSS2経路)がT細胞の「代謝サバイバル戦略」となる
乳酸蓄積
- 腫瘍由来乳酸がT細胞機能を抑制
- 乳酸はヒストンラクトイル化を介して転写制御にも関与し得るが、T細胞での詳細は研究途上
免疫チェックポイントとエピゲノム
- 慢性的抗原刺激下でT細胞が「疲弊」すると、アセチル化プロファイルが再構築される
- HATやHDACのバランス変化が疲弊遺伝子の持続的発現に寄与
4. 治療的インプリケーション
1. HDAC阻害薬と免疫療法の併用
- HDAC阻害薬はクロマチンをオープン化し、抗腫瘍遺伝子発現を回復
- 免疫チェックポイント阻害(ICI)との併用でT細胞疲弊を解除する可能性
2. 栄養補給とアセチルCoA補充
- 酢酸供給やACSS2活性化により、T細胞のヒストンアセチル化を維持
- 腫瘍環境下でのT細胞機能強化戦略
3. 代謝酵素の標的化
- ACLY阻害はがん細胞増殖を抑制するが、T細胞にも影響 → 精密なバランスが必要
- セルタイプ特異的にACLY/ACSS2を制御する戦略が求められる
まとめ
T細胞における アセチル化制御 は、代謝とクロマチンリモデリングのクロストークを象徴する現象です。アセチルCoA供給経路は、T細胞の分化・機能・疲弊状態を規定し、腫瘍免疫応答の成否を決定します。