がん微小環境における細胞外マトリックス(ECM)とEMT

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はじめに

がんは腫瘍細胞だけで成立するわけではなく、免疫細胞、線維芽細胞、血管内皮細胞、そして**細胞外マトリックス(extracellular matrix: ECM)から構成される「がん微小環境(tumor microenvironment: TME)」の中で成長・進展します。その中でも、ECMは物理的な支持体であると同時に、シグナル伝達を介して腫瘍の浸潤・転移を促進する重要な因子です。特に上皮間葉転換(epithelial-mesenchymal transition: EMT)**は、腫瘍細胞がECMからの刺激を受けて移動能や幹細胞性を獲得する代表的な現象です。

がん微小環境におけるECMの特徴

正常組織のECMと比較すると、腫瘍組織では以下の特徴が見られます。

  • ECM成分の異常沈着:フィブロネクチンやコラーゲンIが過剰に蓄積。
  • ECMの硬化(stiffness):線維化により基質の硬さが増し、YAP/TAZ経路を活性化。
  • リモデリングの亢進:がん関連線維芽細胞(CAF)がMMPを分泌し、ECMを動的に改変。
  • シグナル伝達の強化:インテグリンやディスコイディン受容体(DDR)を介してEMT転写因子を誘導。

ECMとEMTのシグナル連関

がん微小環境でのECM変化は、以下の経路を通じて腫瘍細胞のEMTを促進します。

  1. インテグリン–FAK–Src経路
    • ECM成分(フィブロネクチンやコラーゲン)とインテグリンが結合すると、FAKやSrcが活性化し、細胞骨格の再編成とEMT関連転写因子(Snail, Slug, ZEB1など)の発現を誘導します。
  2. TGF-βとの相互作用
    • ECM分解産物やMMP活性によりTGF-βシグナルが増幅され、E-cadherinの抑制と間葉系マーカーの発現上昇を引き起こします。
  3. ECM硬さによるYAP/TAZの活性化
    • がんの線維化によって硬くなった基質は、細胞に張力を与え、Hippo経路を介してYAP/TAZを核内に移行させ、EMT関連遺伝子群を誘導します。
  4. 特定ECM分子の役割
    • フィブロネクチン:腫瘍細胞の足場として移動を助け、EMTマーカーとしても用いられる。
    • コラーゲンI:線維化腫瘍に多く存在し、腫瘍細胞の浸潤能を強化。
    • ラミニンの減少:上皮細胞の極性維持を失わせ、EMTを誘発。

EMTとがん進展の関わり

がん微小環境におけるECMとEMTの関係は、以下の病態に直結します。

  • 転移の初期段階:ECM由来のシグナルで腫瘍細胞が極性を失い、遊走性を獲得。
  • 血管侵入(intravasation):MMPによる基底膜分解とEMTにより血管内皮を突破。
  • 幹細胞性の獲得:EMTによってがん幹細胞様性質が誘導され、再発や薬剤耐性に寄与。

臨床応用の可能性

ECMとEMTの関係を理解することは、新たな治療戦略に直結します。

  • MMP阻害薬:ECM分解とTGF-β活性化を抑制。
  • インテグリン阻害薬:細胞–ECMシグナルを遮断。
  • YAP/TAZ阻害薬:硬い基質由来の機械的シグナルを遮断。
  • CAF標的療法:ECMリモデリングの主体であるがん関連線維芽細胞を制御。

これらのアプローチは、特に膵臓がんなど、強い線維化を伴う腫瘍で有効性が期待されています。

まとめ

がん微小環境におけるECMは、単なる足場ではなく**腫瘍進展を積極的に駆動する「情報ネットワーク」**です。ECMリモデリングや硬化が腫瘍細胞のEMTを促進し、浸潤・転移・再発へとつながります。この軸を標的とする治療法の開発は、難治性がんの克服において重要な鍵となるでしょう。

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