組織切片の染色の役割
顕微鏡で組織を観察する際、未処理の切片はほとんど透明で形態を識別できません。そのため「染色」を行い、細胞や組織を可視化します。染色法は目的に応じて選択され、形態観察から分子レベルの解析まで幅広く利用されます。
1. 一般染色(形態の全体像を把握するための染色)
- 代表例:ヘマトキシリン・エオシン(H&E染色)
- 仕組み:核酸に親和性を持つ塩基性色素(ヘマトキシリン)が「核」を青紫に、酸性のタンパク質に結合する酸性色素(エオシン)が「細胞質や基質」をピンクに染めます。
- 目的:細胞核と細胞質の対比を明確にし、組織構造の全体像を観察できる。
2. 特殊染色(特定の構造や物質を強調する染色)
- 代表例:PAS染色(多糖類)、Masson’s trichrome染色(膠原線維)、Elastica染色(弾性線維)など
- 仕組み:それぞれの染色液が特定の化学的性質を持つ分子(糖、繊維、脂質など)と結合し、異なる色に染め分ける。
- 目的:病理診断において、病変の背景にある組織変化(線維化、沈着物など)を把握する。
3. 免疫染色(分子レベルでの可視化)
- 代表例:免疫組織化学(IHC)、免疫蛍光染色(IF)
- 仕組み:特定のタンパク質に対する抗体を用いて標的を検出。抗体に結合した色素や酵素反応、蛍光で可視化する。
- 目的:特定の遺伝子産物(例:がんマーカー、分化マーカー)を組織レベルで確認できる。研究・診断の両面で必須。
4. 蛍光染色(複数の分子を同時に観察可能)
- 代表例:DAPI(核染色)、多重蛍光免疫染色
- 仕組み:蛍光色素が特定の分子や構造に結合し、特定の波長の光を当てると蛍光を発する。
- 目的:複数の標的を色分けして同時に可視化。細胞間相互作用やシグナル伝達を空間的に理解できる。
5. 分子レベルの可視化法との融合
- in situ hybridization(ISH):特定のmRNAやDNA配列を可視化。がんや感染症の遺伝子発現解析に利用。
- 最新技術:RNAscopeやmultiplex系の染色法により、1枚の切片で数十遺伝子を同時に解析可能。
染色の基本的な仕組みの大枠
- 組織の固定:ホルマリンなどで分解を防ぎ、構造を保持。
- 包埋と切片化:パラフィンや凍結を利用して薄切。
- 染色:色素・抗体・プローブなどを利用して標的を可視化。
- 観察:光学顕微鏡、蛍光顕微鏡、共焦点顕微鏡などを使用。
まとめ
組織染色の方法は「どのレベルで情報を得たいか」によって使い分けられます。
- H&E染色:全体像の把握
- 特殊染色:組織の構造や物質の検出
- 免疫染色:特定タンパク質の検出
- 蛍光・分子染色:多重解析や分子発現の可視化
このように段階的に精度を上げていくことで、病理診断や研究において必要な情報を得ることができます。