研究用マウスとは
マウス(Mus musculus)は、遺伝子操作の容易さ、繁殖力の高さ、ヒトとの遺伝的相同性(約95%)などから、生命科学研究の主要なモデル動物です。基礎研究から創薬、がん、免疫、神経、再生医療まで幅広く活用されています。
ここでは、研究目的別に主要なマウス系統を解説します。
1. 近交系マウス(Inbred strains)
特徴:
20世代以上の兄妹交配を繰り返して得られた「遺伝的に均一な個体群」。実験の再現性が高いのが利点です。
代表的な系統と用途:
| 系統名 | 特徴・用途 |
|---|---|
| C57BL/6(B6) | 最も広く使われる標準系統。遺伝子改変マウスの背景にも多い。免疫・神経・代謝研究に使用。 |
| BALB/c | 抗体産生に優れ、免疫学・感染症研究に多用。 |
| 129系統 | 遺伝子ターゲティングに適した胚幹細胞をもつ。ノックアウトマウス作製に利用。 |
| DBA/2 | 聴覚や心血管研究など特定表現型に有用。 |
2. 遺伝子改変マウス(Genetically Modified Mice)
現代の生命科学では、遺伝子改変マウスが機能解析の中心となっています。
● トランスジェニックマウス(Tgマウス)
外来遺伝子を導入して特定タンパク質を過剰発現させるモデル。
用途: 発現制御解析、シグナル伝達研究、疾患モデル(例:APPトランスジェニックアルツハイマーモデル)。
● ノックアウトマウス(KOマウス)
標的遺伝子を欠損させたモデル。
用途: 遺伝子機能の解明、病態解析、創薬ターゲット検証。
例: Cd9^-/-, Itga3^-/-, p53^-/- など。
● 条件的ノックアウトマウス(Cre-loxP系)
特定の組織や時期にだけ遺伝子を削除可能。
代表例: Alb-Cre, Nestin-Cre, Lyz2-Cre など。
用途: 臓器特異的機能解析、致死遺伝子の解析。
● ノックインマウス(KIマウス)
目的遺伝子座にタグ、リポーター、または変異遺伝子を導入。
用途: 発現追跡(例:tdTomato-KI)、機能変異解析(例:DTRやT2Aカセット導入)。
3. 免疫不全マウス(Immunodeficient Mice)
ヒト細胞や腫瘍の移植研究に不可欠なモデルです。
| 系統 | 特徴・用途 |
|---|---|
| Nude(nu/nu)マウス | T細胞欠損。がん細胞の皮下移植に使用。 |
| SCIDマウス | T細胞・B細胞ともに欠損。 |
| NOD/SCID | SCIDに糖尿病素因を組み合わせた系統。ヒト腫瘍の生着性が高い。 |
| NSG(NOD/SCID/IL2rγnull) | 最も強い免疫不全。ヒト造血系・がん幹細胞・免疫系再構築研究に用いられる。 |
4. 疾患モデルマウス
ヒト疾患を再現したマウスも多数開発されています。
- がんモデル:KRAS変異マウス、p53欠損マウス、腸管腫瘍モデル(Apc^Min/+)など
- 神経変性モデル:APP/PS1(アルツハイマー病)、SOD1(ALS)
- 代謝疾患モデル:ob/ob(レプチン欠損肥満マウス)、db/db(レプチン受容体欠損)
- 免疫疾患モデル:MRL/lpr(自己免疫疾患)、NOD(糖尿病)
5. 実験目的別のマウス選択のポイント
| 目的 | 推奨系統・モデル例 |
|---|---|
| 遺伝子機能解析 | KO/KIマウス(C57BL/6背景) |
| がん研究 | Nude, NSG, p53/KRASモデル |
| 再生医療 | NSG, Rag2^-/-マウス |
| 免疫研究 | C57BL/6, BALB/c |
| 神経科学 | C57BL/6, 特定プロモーターCre系統 |
| 代謝研究 | ob/ob, db/db, C57BL/6 |
6. マウス選択と倫理
マウス実験は「3R原則(Replacement, Reduction, Refinement)」に基づき、
- 他の方法で代替できないか(Replacement)
- 使用数を最小限にできるか(Reduction)
- 苦痛を軽減できるか(Refinement)
を常に考慮する必要があります。
動物実験計画書の承認を得て、倫理的配慮のもとで実施されることが原則です。
まとめ
研究に使われるマウスは、遺伝的背景・免疫状態・導入遺伝子などにより多彩な種類があります。
実験目的に応じて適切なマウスを選択することが、信頼性の高いデータと再現性の確保につながります。
正しい系統選択と倫理的配慮のもとで、マウスモデルは今後も生物学・医学研究の中核として活躍し続けるでしょう。