RNAウイルスとは
RNAウイルスは、その遺伝情報を**リボ核酸(RNA)**として持つウイルス群です。RNAはDNAに比べて化学的に不安定であり、複製の際のエラー訂正機構も弱いため、変異が起こりやすいことが大きな特徴です。
この高い変異性こそが、ワクチン効果の低下や新興感染症の出現につながっています。
RNAウイルスの特徴
| 特徴 | 内容 |
|---|---|
| 遺伝情報 | RNA(一本鎖または二本鎖) |
| 複製部位 | 多くは細胞質内 |
| 変異率 | 高い(DNAウイルスの約10〜100倍) |
| 感染形態 | 急性感染が多い |
| 代表例 | インフルエンザウイルス、コロナウイルス、ピコルナウイルス、黄熱ウイルスなど |
RNAウイルスは、**ゲノムの極性(+鎖RNA/−鎖RNA)**によっても分類されます。+鎖RNAはそのまま翻訳に使えますが、−鎖RNAは転写を経てから翻訳されます。
代表的なRNAウイルス
1. インフルエンザウイルス(Influenza virus)
分類: オルソミクソウイルス科(−鎖一本鎖RNA)
構造: エンベロープを持ち、8分節のRNAを持つ
疾患: 季節性インフルエンザ、パンデミックインフルエンザ
特徴:
- 高頻度の変異(抗原変異)と**遺伝子再集合(抗原転換)**によって新型ウイルスが出現
- 鳥・豚・ヒト間での宿主跳躍が発生源になる
- ワクチンは毎年改良が必要
2. コロナウイルス(Coronaviridae)
分類: +鎖一本鎖RNAウイルス
構造: エンベロープを持ち、スパイクタンパク質(S)で細胞に結合
代表ウイルスと疾患:
- SARS-CoV(重症急性呼吸器症候群)
- MERS-CoV(中東呼吸器症候群)
- SARS-CoV-2(新型コロナウイルス感染症・COVID-19)
特徴:
比較的長いRNAゲノムを持ち、一部のRNAウイルスには珍しく校正機能を持つが、それでも高い変異率を示す。
感染後は呼吸器症状を中心に、全身性炎症や長期後遺症を起こすこともある。
3. ピコルナウイルス(Picornaviridae)
分類: +鎖一本鎖RNA、非エンベロープ
代表ウイルスと疾患:
- エンテロウイルス(ポリオウイルス、コクサッキーウイルス、エコーウイルス)
- ライノウイルス(感冒の原因)
- ヘパトウイルス(A型肝炎ウイルス)
特徴:
環境中での安定性が高く、糞口感染や飛沫感染によって広がる。ポリオウイルスはワクチンにより制圧が進んでいる。
4. フラビウイルス(Flaviviridae)
分類: +鎖一本鎖RNAウイルス、エンベロープあり
代表ウイルスと疾患:
- 黄熱ウイルス(黄熱)
- デングウイルス(デング熱)
- ジカウイルス(胎児小頭症)
- 日本脳炎ウイルス(日本脳炎)
特徴:
主に蚊を介して感染する**アルボウイルス(節足動物媒介ウイルス)**の代表。地球温暖化による感染域の拡大が懸念されている。
5. ラブドウイルス(Rhabdoviridae)
代表ウイルス: 狂犬病ウイルス(Rabies virus)
特徴: 弾丸状の形態が特徴的。動物の唾液(咬傷)を介して感染し、神経系へと広がる。発症後は致死率がほぼ100%で、ワクチン接種が唯一の予防手段。
RNAウイルスの変異と感染拡大
RNAウイルスは複製時にエラー訂正機構がないため、感染のたびにわずかな変異が蓄積します。
これが薬剤耐性の獲得や新型株の出現につながります。
インフルエンザの季節流行やCOVID-19の変異株拡大は、RNAウイルスの変異性の典型的な例です。
RNAウイルスの診断と治療
診断には主にPCR検査や抗原検査が用いられます。
治療薬としては、RNA依存性RNAポリメラーゼ阻害薬(例:レムデシビル、ファビピラビル)やプロテアーゼ阻害薬などが開発されています。
一方で、ワクチン開発は変異対応が課題となります。
まとめ
RNAウイルスは高い変異率と感染力を特徴とし、人類が最も警戒すべき病原体群のひとつです。
変異を続けるウイルスに対抗するためには、分子レベルでの理解と国際的な監視体制が欠かせません。
次回予告
次回は「逆転写ウイルス ― レトロウイルスとがんウイルス学の発展」をテーマに、HIVやHTLVなど、RNAからDNAへ逆転写するウイルス群を解説します。