【ウイルス学シリーズ 第7回】ウイルスとがん ― 発がんウイルスの分子機構

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■ 発がんウイルスとは

発がんウイルスは、感染することによって宿主細胞の遺伝子発現やシグナル伝達を変化させ、腫瘍化(がん化)を誘導するウイルスです。
ヒトでは全てのがんの数%に関与するとされていますが、ウイルス性発がんの分子機構の研究はがん生物学の理解を大きく進展させた領域でもあります。


■ ヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV-1)

  • 分類: レトロウイルス科
  • 代表疾患: 成人T細胞白血病(ATL)
  • 感染細胞: CD4⁺T細胞

分子機構:

  1. プロウイルスとして染色体に組み込まれる
  2. Taxタンパク質の作用:
    • NF-κBやCREB経路を活性化
    • 細胞周期進行と増殖促進
  3. HBZタンパク質の作用:
    • 免疫逃避と細胞生存維持
  4. 長期の潜伏期間を経て、CD4⁺T細胞が腫瘍化

■ ヒトパピローマウイルス(HPV)

  • 分類: パピローマウイルス科
  • 代表疾患: 子宮頸がん、咽頭がん、皮膚がん
  • 高リスク型: HPV16、HPV18

分子機構:

  1. E6タンパク質: p53腫瘍抑制タンパク質を分解
  2. E7タンパク質: Rbタンパク質を阻害
  3. 細胞周期制御の破綻: 無制限な細胞増殖とゲノム不安定性
  4. 慢性感染による累積変異で発がん

■ ヘパドナウイルス(HBV, HCV)

  • 分類: HBV(DNAウイルス)、HCV(+鎖RNAウイルス)
  • 代表疾患: 慢性肝炎、肝硬変、肝細胞がん

分子機構:

  • 慢性炎症: 持続感染により肝細胞に炎症性サイトカインが蓄積
  • HBV Xタンパク質: p53抑制、転写調節
  • HCV: 免疫回避、酸化ストレス、細胞周期異常を誘導
  • 結果: DNA損傷の蓄積と肝細胞腫瘍化

■ EBウイルス(EBV: Epstein-Barr Virus)

  • 分類: ヘルペスウイルス科
  • 代表疾患: バーキットリンパ腫、ホジキンリンパ腫、上咽頭がん
  • 感染細胞: Bリンパ球、上咽頭上皮

分子機構:

  • EBNA1, LMP1: 細胞増殖シグナルの活性化
  • 免疫逃避: 潜伏感染による宿主免疫からの隠蔽
  • 結果: B細胞や上皮細胞の腫瘍化

■ 発がんウイルスの共通メカニズム

  1. 宿主ゲノムへの組み込みや持続感染
  2. 腫瘍抑制因子(p53, Rb)の阻害
  3. 細胞増殖シグナルの活性化(NF-κB, MAPK)
  4. 慢性炎症や免疫回避

これらの共通点により、発がんウイルスは長期にわたる感染を通じて細胞のがん化を誘導します。


■ まとめ

発がんウイルスは、単なる感染症の原因にとどまらず、腫瘍生物学の理解とがん予防戦略において重要なモデルです。
ワクチン(例:HPVワクチン、HBVワクチン)や抗ウイルス療法は、ウイルス由来のがんを予防する強力な手段となります。

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