● はじめに:遺伝情報発現とは
細胞は、DNAに保存された情報を必要に応じて読み取り、mRNAを作り、さらにタンパク質へ変換することで生命活動を維持しています。この「DNA → RNA → タンパク質」という流れはセントラルドグマと呼ばれ、生命科学の基礎原理です。
本記事では、その中心となる 転写(Transcription) と 翻訳(Translation) を詳しく解説します。
■ 転写(Transcription):DNAからRNAを作るプロセス
転写とは、DNAの特定領域の塩基配列をRNAへ写し取る反応です。主役となる酵素は RNAポリメラーゼ です。
● 1. 転写開始(Initiation)
● プロモーター領域
転写開始にはDNAの上流にある**プロモーター(promoter)**と呼ばれる配列が必要です。
- 真核生物:TATA box(−25付近)など
- 原核生物:−10, −35領域のコンセンサス配列
● 転写因子(Transcription factors)
真核生物では、RNAポリメラーゼは単独ではプロモーターを認識できません。
まず**基本転写因子(TFIID, TFIIB, TFIIHなど)**が集まり、転写開始複合体が形成されます。
● DNAの局所的な解離
TFIIHのヘリカーゼ活性によってDNA二重らせんがほどかれ、1本鎖が露出します。
ここからRNA合成がスタートします。
● 2. 転写伸長(Elongation)
RNAポリメラーゼはDNA鋳型鎖を読み取りながら、
- A→U
- T→A
- C→G
- G→C
という相補的塩基対を利用してRNAを合成します。
RNAは 5’→3’方向 に伸長され、ポリメラーゼはDNA上を滑るように進行します。
● 3. 転写終結(Termination)
終結シグナルに到達するとRNA鎖が解離して転写が終了します。
- 原核生物:Rho依存性/非依存性終結
- 真核生物:ポリAシグナル(AAUAAA)による切断とポリA付加
● 4. 真核生物に固有の mRNA成熟(mRNA processing)
真核生物では転写直後の**前駆体mRNA(pre-mRNA)**はそのままでは機能せず、以下の修飾を受けます:
- 5’キャップ付加
→ 翻訳開始とRNA安定化に必須 - スプライシング(intronsの除去、exonsの連結)
- 3’末端のポリA付加(polyadenylation)
→ 核外輸送、安定性の向上
これにより成熟mRNAができ、核外へ輸送されて翻訳の場(細胞質)へ向かいます。
■ 翻訳(Translation):mRNAからタンパク質を作るプロセス
翻訳は リボソーム(ribosome) が中心となる反応で、mRNAの塩基配列がアミノ酸配列へ変換されます。
● 1. 翻訳開始(Initiation)
● 翻訳開始因子(eIFs)とリボソーム
真核生物のリボソームは
- 40S小サブユニット
- 60S大サブユニット
から構成されます。
- 40Sサブユニットが開始因子とともにmRNAの 5’キャップ を認識
- Kozak配列(AUG近傍のコンセンサス)を探索
- 開始コドンAUGに到達すると60Sが結合し、リボソームが完成
● 2. 翻訳伸長(Elongation)
● tRNAの役割
tRNAは以下を同時に持つ重要な分子です:
- アンチコドン:mRNAのコドンに結合
- アミノ酸付加部位:特定のアミノ酸を保持
こうして「コドンとアミノ酸の対応関係」を実現しています。
● ペプチド結合形成
リボソームは3つの槽(A, P, Eサイト)を持ち、A→P→EとtRNAが移動します。
アミノ酸同士は ペプチジルトランスフェラーゼ 活性によって連結され、ポリペプチド鎖が伸びていきます。
● 3. 翻訳終結(Termination)
終止コドン(UAA, UAG, UGA)に到達すると リリース因子(RF) が結合し、ポリペプチド鎖が解離します。
タンパク質はその後、折り畳み(フォールディング)や翻訳後修飾を受けて機能を獲得します。
■ 遺伝子発現調節のポイント
転写と翻訳は単に情報を写し取るだけでなく、次のような段階で厳密に調節されています:
- 転写因子によるプロモーター活性調節
- エピジェネティック制御(DNAメチル化、ヒストン修飾)
- 代替スプライシング
- miRNAによるmRNA分解/翻訳抑制
- タンパク質の分解(ユビキチン・プロテアソーム系)
これらの多層的な制御により、細胞は状況に応じて適切なタンパク質量を確保します。
● まとめ
- 転写:DNAからmRNAが作られる
- mRNAの成熟(真核生物):キャップ付加・スプライシング・ポリA付加
- 翻訳:リボソームがmRNAを読み取り、tRNAを介してタンパク質を合成
- 遺伝子発現は多段階かつ精緻に調節されている
転写と翻訳は、細胞が生命活動を営むうえで欠かせない中心プロセスです。