第5回:転写と翻訳 ― 遺伝情報の発現

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
Pocket

● はじめに:遺伝情報発現とは

細胞は、DNAに保存された情報を必要に応じて読み取り、mRNAを作り、さらにタンパク質へ変換することで生命活動を維持しています。この「DNA → RNA → タンパク質」という流れはセントラルドグマと呼ばれ、生命科学の基礎原理です。

本記事では、その中心となる 転写(Transcription)翻訳(Translation) を詳しく解説します。


■ 転写(Transcription):DNAからRNAを作るプロセス

転写とは、DNAの特定領域の塩基配列をRNAへ写し取る反応です。主役となる酵素は RNAポリメラーゼ です。


● 1. 転写開始(Initiation)

● プロモーター領域

転写開始にはDNAの上流にある**プロモーター(promoter)**と呼ばれる配列が必要です。

  • 真核生物:TATA box(−25付近)など
  • 原核生物:−10, −35領域のコンセンサス配列

● 転写因子(Transcription factors)

真核生物では、RNAポリメラーゼは単独ではプロモーターを認識できません。
まず**基本転写因子(TFIID, TFIIB, TFIIHなど)**が集まり、転写開始複合体が形成されます。

● DNAの局所的な解離

TFIIHのヘリカーゼ活性によってDNA二重らせんがほどかれ、1本鎖が露出します。
ここからRNA合成がスタートします。


● 2. 転写伸長(Elongation)

RNAポリメラーゼはDNA鋳型鎖を読み取りながら、

  • A→U
  • T→A
  • C→G
  • G→C

という相補的塩基対を利用してRNAを合成します。

RNAは 5’→3’方向 に伸長され、ポリメラーゼはDNA上を滑るように進行します。


● 3. 転写終結(Termination)

終結シグナルに到達するとRNA鎖が解離して転写が終了します。

  • 原核生物:Rho依存性/非依存性終結
  • 真核生物:ポリAシグナル(AAUAAA)による切断とポリA付加

● 4. 真核生物に固有の mRNA成熟(mRNA processing)

真核生物では転写直後の**前駆体mRNA(pre-mRNA)**はそのままでは機能せず、以下の修飾を受けます:

  1. 5’キャップ付加
    → 翻訳開始とRNA安定化に必須
  2. スプライシング(intronsの除去、exonsの連結)
  3. 3’末端のポリA付加(polyadenylation)
    → 核外輸送、安定性の向上

これにより成熟mRNAができ、核外へ輸送されて翻訳の場(細胞質)へ向かいます。


■ 翻訳(Translation):mRNAからタンパク質を作るプロセス

翻訳は リボソーム(ribosome) が中心となる反応で、mRNAの塩基配列がアミノ酸配列へ変換されます。


● 1. 翻訳開始(Initiation)

● 翻訳開始因子(eIFs)とリボソーム

真核生物のリボソームは

  • 40S小サブユニット
  • 60S大サブユニット
    から構成されます。
  1. 40Sサブユニットが開始因子とともにmRNAの 5’キャップ を認識
  2. Kozak配列(AUG近傍のコンセンサス)を探索
  3. 開始コドンAUGに到達すると60Sが結合し、リボソームが完成

● 2. 翻訳伸長(Elongation)

● tRNAの役割

tRNAは以下を同時に持つ重要な分子です:

  • アンチコドン:mRNAのコドンに結合
  • アミノ酸付加部位:特定のアミノ酸を保持

こうして「コドンとアミノ酸の対応関係」を実現しています。

● ペプチド結合形成

リボソームは3つの槽(A, P, Eサイト)を持ち、A→P→EとtRNAが移動します。
アミノ酸同士は ペプチジルトランスフェラーゼ 活性によって連結され、ポリペプチド鎖が伸びていきます。


● 3. 翻訳終結(Termination)

終止コドン(UAA, UAG, UGA)に到達すると リリース因子(RF) が結合し、ポリペプチド鎖が解離します。

タンパク質はその後、折り畳み(フォールディング)や翻訳後修飾を受けて機能を獲得します。


■ 遺伝子発現調節のポイント

転写と翻訳は単に情報を写し取るだけでなく、次のような段階で厳密に調節されています:

  • 転写因子によるプロモーター活性調節
  • エピジェネティック制御(DNAメチル化、ヒストン修飾)
  • 代替スプライシング
  • miRNAによるmRNA分解/翻訳抑制
  • タンパク質の分解(ユビキチン・プロテアソーム系)

これらの多層的な制御により、細胞は状況に応じて適切なタンパク質量を確保します。


● まとめ

  • 転写:DNAからmRNAが作られる
  • mRNAの成熟(真核生物):キャップ付加・スプライシング・ポリA付加
  • 翻訳:リボソームがmRNAを読み取り、tRNAを介してタンパク質を合成
  • 遺伝子発現は多段階かつ精緻に調節されている

転写と翻訳は、細胞が生命活動を営むうえで欠かせない中心プロセスです。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*