● はじめに:核酸技術は生命科学の“エンジン”
生命科学・医学研究は、DNAやRNAを正確に増幅し、解析する技術の進歩とともに発展してきました。
特に、
- PCR(Polymerase Chain Reaction)
- DNAシーケンス技術
は分子生物学の革命と呼ばれています。
本記事では、これら核酸技術の基本原理と、次世代シーケンスのような最新プラットフォームまでを体系的に紹介します。
■ PCR(Polymerase Chain Reaction):DNAを指数関数的に増やす技術
PCRは 微量なDNAを短時間で大量に増幅する手法 で、1983年にKary Mullisによって発明されました。
● PCRの基本原理
PCRは主に以下の3ステップを繰り返すことでDNAを増やします:
- 変性(Denaturation)
94–98℃でDNA二本鎖を一本鎖に分離 - アニーリング(Annealing)
50–65℃でプライマーが鋳型DNAに結合 - 伸長(Extension)
72℃でTaqポリメラーゼが新しいDNA鎖を合成
このサイクルが繰り返されることで、DNA量は指数関数的に増大します。
● PCRを支える key 分子:耐熱性DNAポリメラーゼ
最も有名なのは Taqポリメラーゼ(Thermus aquaticus由来) ですが、現在では正確性の高い**校正活性(3’→5’エキソヌクレアーゼ活性)**を持つ高忠実度酵素(Phusion, Q5など)も広く使われています。
■ リアルタイムPCR(qPCR):増幅を“見ながら”測る
リアルタイムPCR(qPCR)は、DNA増幅量をサイクルごとに蛍光でモニタリングする技術です。
● 2つの主要方式
- SYBR Green法:二本鎖DNAに結合する蛍光色素
- TaqManプローブ法:シーケンス特異的プローブにより高い特異性
● 定量の考え方
- Ct値(Cycle threshold):蛍光が閾値を超えたサイクル
- Ctが低いほど 初期DNA量が多い
遺伝子発現定量、ウイルス量測定など幅広く利用されます。
■ サンガー法(Sanger sequencing):古典的だが今でも現役
1977年に開発されたジデオキシ法によるDNAシーケンス。
原理は実にシンプルで、鎖終結ヌクレオチド(ddNTP) を利用します。
● サンガー法の特徴
- 高精度
- リード長が比較的長い(700–900 bp)
- 小規模解析に最適
- ただしスループットが低いため大規模ゲノム解析には不向き
現在では、個別遺伝子の検証、遺伝子組み換え確認などに主に使用されています。
■ 次世代シーケンス(NGS):ゲノム解析の革命
2000年代中頃、NGS技術の誕生によってゲノム解析の速度が劇的に向上しました。
NGSは、数百万〜数十億のDNA断片を並列に同時シーケンスできる点が最大の特徴です。
■ NGSの主なプラットフォーム
① Illumina(短鎖リード:Short-read sequencing)
世界で最も使用されているNGS方式。
蛍光標識されたヌクレオチドの “塩基ごとに1 stepずつの合成” をリアルタイムで読み取ります。
特徴:
- 高精度(誤り率が極めて低い)
- 高スループット
- リード長は短い(100–300 bp)
- ゲノム解析・RNA-seq・ChIP-seqなど多用途
② PacBio(長鎖リード:Long-read sequencing)
SMRT(Single Molecule Real-Time) 技術を利用。
DNAポリメラーゼを1分子レベルで観察しながらシーケンスします。
長所:
- 非常に長いリード(10–20 kb以上)
- アイソフォーム解析や構造多型の検出に強い
③ Oxford Nanopore(超長鎖リード)
DNAがナノポアを通過する際の電流変化を読み取る方式。
特徴:
- 携帯型機器(MinION)でも解析可能
- リード長が無制限(100 kb–1 Mb超も可能)
- エピジェネティック修飾(メチル化)を同時検出可能
■ NGSが可能にした解析の幅
NGSにより、研究は大きく変わりました。
● ゲノム解析(Whole-genome sequencing)
個体差、突然変異、がんの遺伝子変異解析が容易に。
● RNAシーケンス(RNA-seq)
遺伝子発現の網羅的解析が可能に。
● シングルセルRNA-seq
個々の細胞の遺伝子発現を解析することで、細胞多様性の理解が深化。
● メタゲノム解析
環境中微生物を培養せずに解析。
■ 近年の核酸技術の進歩
● デジタルPCR(dPCR)
DNAを多数の小区画に分割し、絶対定量を可能にした技術。
● 空間トランスクリプトミクス(Spatial transcriptomics)
組織切片上で遺伝子発現を空間的に解析。
● 超高速・超並列のシーケンスアルゴリズム
深層学習によるベースコーリング精度の向上も進んでいます。
● まとめ
- PCR はDNAを指数関数的に増やす画期的技術
- qPCR により定量解析が可能に
- サンガー法 は高精度で今も重要
- NGS は生命科学研究の変革をもたらした
- 長鎖リード(PacBio、Nanopore)は構造多型解析の決定版
- 空間解析やシングルセル解析など、新しい核酸技術が続々登場
核酸技術の進歩は、“生命を読み解く速度”を飛躍的に加速しています。