第6回:核酸技術の進歩 ― PCRから次世代シーケンスまで

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
Pocket

● はじめに:核酸技術は生命科学の“エンジン”

生命科学・医学研究は、DNAやRNAを正確に増幅し、解析する技術の進歩とともに発展してきました。
特に、

  • PCR(Polymerase Chain Reaction)
  • DNAシーケンス技術

は分子生物学の革命と呼ばれています。

本記事では、これら核酸技術の基本原理と、次世代シーケンスのような最新プラットフォームまでを体系的に紹介します。


■ PCR(Polymerase Chain Reaction):DNAを指数関数的に増やす技術

PCRは 微量なDNAを短時間で大量に増幅する手法 で、1983年にKary Mullisによって発明されました。


● PCRの基本原理

PCRは主に以下の3ステップを繰り返すことでDNAを増やします:

  1. 変性(Denaturation)
    94–98℃でDNA二本鎖を一本鎖に分離
  2. アニーリング(Annealing)
    50–65℃でプライマーが鋳型DNAに結合
  3. 伸長(Extension)
    72℃でTaqポリメラーゼが新しいDNA鎖を合成

このサイクルが繰り返されることで、DNA量は指数関数的に増大します。


● PCRを支える key 分子:耐熱性DNAポリメラーゼ

最も有名なのは Taqポリメラーゼ(Thermus aquaticus由来) ですが、現在では正確性の高い**校正活性(3’→5’エキソヌクレアーゼ活性)**を持つ高忠実度酵素(Phusion, Q5など)も広く使われています。


■ リアルタイムPCR(qPCR):増幅を“見ながら”測る

リアルタイムPCR(qPCR)は、DNA増幅量をサイクルごとに蛍光でモニタリングする技術です。

● 2つの主要方式

  • SYBR Green法:二本鎖DNAに結合する蛍光色素
  • TaqManプローブ法:シーケンス特異的プローブにより高い特異性

● 定量の考え方

  • Ct値(Cycle threshold):蛍光が閾値を超えたサイクル
  • Ctが低いほど 初期DNA量が多い

遺伝子発現定量、ウイルス量測定など幅広く利用されます。


■ サンガー法(Sanger sequencing):古典的だが今でも現役

1977年に開発されたジデオキシ法によるDNAシーケンス。
原理は実にシンプルで、鎖終結ヌクレオチド(ddNTP) を利用します。


● サンガー法の特徴

  • 高精度
  • リード長が比較的長い(700–900 bp)
  • 小規模解析に最適
  • ただしスループットが低いため大規模ゲノム解析には不向き

現在では、個別遺伝子の検証、遺伝子組み換え確認などに主に使用されています。


■ 次世代シーケンス(NGS):ゲノム解析の革命

2000年代中頃、NGS技術の誕生によってゲノム解析の速度が劇的に向上しました。
NGSは、数百万〜数十億のDNA断片を並列に同時シーケンスできる点が最大の特徴です。


■ NGSの主なプラットフォーム


① Illumina(短鎖リード:Short-read sequencing)

世界で最も使用されているNGS方式。
蛍光標識されたヌクレオチドの “塩基ごとに1 stepずつの合成” をリアルタイムで読み取ります。

特徴:

  • 高精度(誤り率が極めて低い)
  • 高スループット
  • リード長は短い(100–300 bp)
  • ゲノム解析・RNA-seq・ChIP-seqなど多用途

② PacBio(長鎖リード:Long-read sequencing)

SMRT(Single Molecule Real-Time) 技術を利用。
DNAポリメラーゼを1分子レベルで観察しながらシーケンスします。

長所:

  • 非常に長いリード(10–20 kb以上)
  • アイソフォーム解析や構造多型の検出に強い

③ Oxford Nanopore(超長鎖リード)

DNAがナノポアを通過する際の電流変化を読み取る方式。

特徴:

  • 携帯型機器(MinION)でも解析可能
  • リード長が無制限(100 kb–1 Mb超も可能)
  • エピジェネティック修飾(メチル化)を同時検出可能

■ NGSが可能にした解析の幅

NGSにより、研究は大きく変わりました。

● ゲノム解析(Whole-genome sequencing)

個体差、突然変異、がんの遺伝子変異解析が容易に。

● RNAシーケンス(RNA-seq)

遺伝子発現の網羅的解析が可能に。

● シングルセルRNA-seq

個々の細胞の遺伝子発現を解析することで、細胞多様性の理解が深化。

● メタゲノム解析

環境中微生物を培養せずに解析。


■ 近年の核酸技術の進歩

● デジタルPCR(dPCR)

DNAを多数の小区画に分割し、絶対定量を可能にした技術。

● 空間トランスクリプトミクス(Spatial transcriptomics)

組織切片上で遺伝子発現を空間的に解析。

● 超高速・超並列のシーケンスアルゴリズム

深層学習によるベースコーリング精度の向上も進んでいます。


● まとめ

  • PCR はDNAを指数関数的に増やす画期的技術
  • qPCR により定量解析が可能に
  • サンガー法 は高精度で今も重要
  • NGS は生命科学研究の変革をもたらした
  • 長鎖リード(PacBio、Nanopore)は構造多型解析の決定版
  • 空間解析やシングルセル解析など、新しい核酸技術が続々登場

核酸技術の進歩は、“生命を読み解く速度”を飛躍的に加速しています。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*