● はじめに:核酸医薬とは何か
核酸医薬(nucleic acid therapeutics)とは、
DNA・RNAそのもの、またはその誘導体を“薬”として利用する治療法です。
小分子薬(低分子化合物)や抗体医薬と異なり、
遺伝子発現そのものを精密に制御する 点が最大の特徴です。
現在、以下のような核酸医薬が実用化・臨床応用されています:
- アンチセンス核酸(ASO)
- siRNA医薬
- mRNAワクチン
- アプタマー
- CRISPRを用いたゲノム編集療法
- RNA編集(ADAR)を用いた精密治療
本記事では、この中でも主要な領域をわかりやすく解説します。
■ 1. アンチセンス核酸(ASO):mRNAを狙い撃ちする薬
アンチセンス核酸とは、標的mRNAと相補的に結合する短い一本鎖核酸です。
結合後の作用メカニズムは複数あります。
● アンチセンス核酸の作用メカニズム
- RNase Hを介したmRNA分解
→ ASOがmRNAに結合するとRNase Hが標的mRNAを切断 - 翻訳阻害
→ リボソームが進めなくなる - スプライシング制御
→ exon skippingやexon inclusionを誘導(DMD治療など)
● 代表例
- ヌシネルセン(Spinraza)
→ 脊髄性筋萎縮症(SMA)治療
→ SMN2スプライシング調整を行うASO - Eteplirsen
→ Duchenne型筋ジストロフィー(DMD)でexon skippingを誘導
■ 2. siRNA医薬:RNA干渉(RNAi)を利用した遺伝子抑制
siRNA(small interfering RNA)は、細胞内で RISC複合体 に取り込まれ、標的mRNAを特異的に切断する薬です。
● siRNA医薬の特徴
- 高い特異性
- ごく少量でも強力な効果
- 肝臓に自然集積しやすいため肝疾患に適用しやすい
● 代表的な薬剤
- パチシラン(Onpattro)
→ トランスサイレチン型家族性アミロイドーシス - Givosiran
→ 急性肝性ポルフィリン症 - Lumasiran
→ 原発性高シュウ酸尿症
■ 3. mRNAワクチン:COVID-19で一躍メジャーに
mRNAワクチンは、抗原タンパク質のmRNAを投与し、体内で翻訳させるワクチンです。
COVID-19を契機に、核酸医薬の代表格になりました。
● mRNAワクチンのメリット
- 製造が迅速(感染症流行期に強み)
- 抗原設計が容易
- 強い免疫原性
- ゲノムに組み込まれない
● なぜLNP(リポソーム)を使うのか?
mRNAはそのままでは分解されやすく、細胞膜を通れません。
→ LNP(脂質ナノ粒子)に封入し、安定化・送達を達成します。
■ 4. アプタマー(Aptamer):核酸版の“抗体”
アプタマーとは、
特定のタンパク質に立体構造で結合する一本鎖DNA/RNA で、“化学的に合成できる抗体”とも呼ばれます。
● 長所
- 化学合成できるため品質が安定
- 低免疫原性
- 抗体よりも小さく組織浸透性が高い
● 臨床例
- Macugen(pegaptanib)
→ 加齢黄斑変性の治療薬
■ 5. CRISPRによるゲノム編集治療
CRISPR-Cas9は細胞のDNAを精密に切断・書き換える技術です。
核酸医薬の一種として体内でゲノム編集を行う新しい治療法も実用化が進みつつあります。
● 代表例
- CRISPR-Cas9を用いた鎌状赤血球症治療(Casgevy)
→ 2023年に承認
→ 造血幹細胞を改変し、胎児ヘモグロビンを誘導
● 課題
- オフターゲット
- 送達(delivery)問題
- 免疫反応
■ 6. RNA編集(RNA editing):DNAを書き換えずに修復する技術
RNA編集(特にADARによる A→I 編集)は、
遺伝子を書き換えずに、mRNAレベルの修復のみ行う 点で注目されています。
● 長所
- DNAを切らないため安全性が高い
- 可逆的
- 高い編集精度が期待できる
治験レベルでの応用も始まっています。
■ 7. 核酸医薬の課題と今後の展望
● 課題
- 送達(Delivery):標的臓器へ効率よく届ける技術
- 安定性:ヌクレアーゼ分解への対策
- 免疫反応:特にRNA医薬は免疫刺激が課題
- オフターゲット:遺伝子編集系の安全性確保
● 未来の方向性
- 組織特異的LNP(肝臓以外へ届ける技術)
- 自己増殖型mRNA(self-amplifying mRNA)
- 長鎖非コードRNA(lncRNA)を標的とした治療
- AIによる最適化配列設計
- in vivo CRISPR治療の本格化
核酸医薬は、従来の薬では治療できなかった疾患に対し、新しい選択肢を提供しつつあります。
● まとめ
- 核酸医薬はDNA/RNAを医薬品として利用する次世代治療
- ASO・siRNA・mRNAワクチンは既に臨床応用
- アプタマーやRNA編集、CRISPR治療も大きく進展
- 課題は主に送達・安全性・安定性
- 今後はより精密で個別化された巨大市場へ発展