第3回:インフルエンザ感染成立の分子メカニズム(受容体結合・細胞侵入・宿主適応)

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1. 感染成立の根幹:受容体特異性(HAとシアル酸結合)

インフルエンザウイルスの感染は、HA(ヘマグルチニン)とシアル酸の結合から始まります。
この“結合の相性”が、どの動物に感染できるか、どれだけ広がるかを大きく左右します。


1-1. シアル酸の2種類:α2,3 と α2,6

ヒト型ウイルス(H1N1・H3N2)

  • α2,6結合シアル酸を認識
  • 上気道(鼻〜咽頭)に多く存在
  • ヒトへの伝播効率が高い(咳・くしゃみで飛びやすい)

鳥型ウイルス(H5N1など)

  • α2,3結合シアル酸を認識
  • 鳥の腸管に多い
  • ヒトには主に 肺の深部にしか存在しない
  • → 人感染は起こるが「伝播」はほとんどしない

この受容体特異性の違いが、季節性インフルエンザ鳥インフルエンザを分ける決定的なポイントです。


1-2. 受容体特異性を決めるHAのアミノ酸残基

  • H1:190番台・220番台のループ構造
  • H3:異なる領域で決定される

わずかなアミノ酸変化で 鳥型 → ヒト型 に切り替わることがあり、パンデミックのリスクを常に孕んでいます。


2. 細胞侵入(エンドサイトーシスと膜融合)の分子機構

受容体に結合した後、ウイルスは細胞内へ取り込まれ、エンドソームの酸性化により膜融合を起こします。


2-1. HAのpH依存的構造変化

エンドソームの酸性環境により、HAは劇的な構造変化を起こし、
ウイルス膜とエンドソーム膜を融合させます。

この反応が起きる理由

  • HAは「低pHで開くように設計されたバネ」のような構造を持つ
  • 開くことで、細胞膜へ伸びる「融合ペプチド」が露出する

この融合ステップは治療標的としても注目されています。


2-2. M2イオンチャネルによる脱殻調整

M2はH⁺をウイルス内部へ流し込み、内部のpHを変化させることで
M1(コート)とRNPの結合を弱め、RNPを解放する役割を果たします。

  • アマンタジンはこのM2を阻害する薬
  • しかし現在は耐性株が多く、臨床使用は限定的

2-3. RNPを核へ届ける輸送システム

解放されたRNPは、**核移行シグナル(NLS)**を使って核へ移動します。
これにより、核内での「キャップスナッチング」や複製が可能になります。


3. 宿主適応の分子メカニズム(なぜ鳥ウイルスは人に広がらないのか?)

インフルエンザウイルスが別の種に感染し、さらにその種で広がるには「宿主適応」が必要です。
その中核になるのがポリメラーゼ複合体の適応です。


3-1. PB2の627位が伝播性を左右する

PB2のアミノ酸 627番(E627K変異) は宿主適応で最も有名な例です。

  • 鳥型:E(グルタミン酸)
    ヒトの細胞では増殖しにくい
  • ヒト型:K(リジン)
    → ヒト上気道の温度(33°C付近)でよく複製できる

鳥インフルエンザのヒト感染例で、PB2-627Kが獲得されると、重症化や伝播の潜在能力が高まるとされます。


3-2. PB2の701位(Q701N)など他の適応変異

  • PB2-Q701N
  • PB1、NPの適応変異
  • RNP複合体が人の核内で機能しやすくする改変

これらが組み合わさることで、ウイルスは新しい宿主に馴染んでいきます。


3-3. HAのプロテアーゼ依存性

HAは宿主プロテアーゼで切断(活性化)されないと感染力を持ちません。

  • 鳥型HA:特定のプロテアーゼにしか切断されない
  • 一部高病原性株(H5)は多塩基性切断部位を獲得し、
    広範な組織で切断される → 全身感染を起こす

これも病原性の分子基盤です。


4. なぜ人にうつるウイルスとうつらないウイルスがあるのか?

種間の壁を決める重要因子は以下の通り:

  1. 受容体特異性(HA)
  2. ポリメラーゼの適応(PB2)
  3. HA切断プロテアーゼの利用性
  4. ウイルス粒子の安定性(気道環境への適応)

1つでも適していないと、

  • 人に感染しにくい
  • 感染しても増殖できない
  • 増殖しても伝播できない
    という制限が生じます。

まとめ

インフルエンザウイルスの感染は、

  • HAとシアル酸の相互作用
  • 低pH依存的な膜融合
  • RNPの核輸送
  • PB2を中心とした宿主適応

といった分子機構によって成立します。

次回は、感染後にどのように身体が反応するのか──
「宿主免疫応答と病態」 について解説します。

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