第3回:空間オミックスの分類学 —何が“全転写”を測り、何が“局在”を語れるのか—

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空間オミックスは技術名が多く、一見すると“道具のカタログ”のように見えます。
しかし本質はシンプルで、**「何を測り、どの粒度で空間に固定するか」**という3つの次元で整理すると一気に理解しやすくなります。

本記事では、空間オミックスをキャプチャ型/イメージング型/ハイブリッド型の3系統に分類し、それぞれの

  • 測定原理
  • 得られる情報の解像度
  • 強み・弱み
  • 向いている研究目的
    を“研究設計の視点”から解説します。

1. キャプチャ型(Sequencing-based, Capture-based)

例:10x Visium、Visium HD、Slide-seq / Slide-seqV2 など


1-1. 原理:バーコード化された基板がmRNAを捕捉し、RNA-seqで読む方式

  • 組織切片をバーコード付き基板(スポット or ビーズ)に密着
  • mRNAがバーコード上で逆転写され、位置情報が付いたcDNAとして回収
  • 読み出しはRNA-seq(=網羅的・全転写)

1-2. 得られる情報

  • “スポット単位の全転写プロファイル”
  • スポットサイズは手法により異なり、一般には1スポット=複数細胞の混合
  • Visium HDやSlide-seqV2ではスポットが小型化し、より高解像度に近づく

1-3. 強み

  • 網羅性:ほぼ全遺伝子を対象にできる
  • スループットが高い:大面積を比較的容易にカバー
  • scRNA-seqとの統合(デコンボリューション)が標準パイプライン化

1-4. 弱み

  • スポット混合:単一細胞の分解能は理論的に得られない
  • 局在の議論は“スポット中心”に制限される
  • 空間解像度はイメージング型より粗い

1-5. 向いている研究

  • 腫瘍微小環境の大まかな構造把握(免疫浸潤パターンなど)
  • 組織内の“細胞集団の領域化”(epithelial/basal/immuneなど)
  • scRNA-seqから得られた細胞型を空間に投影したい場合
  • 大面積・複数検体を比較する解析(臨床検体向け)


2. イメージング型(Imaging-based, In situ hybridization)

例:MERFISH、seqFISH、CosMx SMI、Xenium、MERSCOPE など


2-1. 原理:mRNAをその場(in situ)で直接“見て数える”

  • 標的RNAに対するプローブを反復ハイブリダイゼーション
  • 色やフローの組み合わせ=バーコード
  • 組織内のmRNA分子を**点(ドット)**として検出

2-2. 得られる情報

  • 細胞レベル、場合により亜細胞レベルの位置情報
  • RNA分子の“個数・座標”が1分子単位で得られる
  • カバー遺伝子数は数十〜数千(機種により幅あり)

2-3. 強み

  • 空間解像度が最も高い(細胞境界・細胞間接触を精密に議論できる)
  • 細胞の局在・配置・近接などの空間パターン検出が得意
  • 混合がない:細胞単位で遺伝子を観察できる

2-4. 弱み

  • 網羅性が限定(ターゲット遺伝子パネル方式)
  • 試料調整と画像解析が重い(取得画像量が膨大)
  • 装置コスト・運用コストが高い

2-5. 向いている研究

  • 腫瘍内の“ニッチ(微小環境)”の精密解析
  • シグナル局在(膜/核/細胞極性)などの観察
  • 細胞間相互作用の直接的推定(細胞境界情報が正確)
  • 特定パスウェイや免疫チェックポイントの高精度空間解析


3. ハイブリッド型(Spatial proteogenomics など)

例:NanoString CosMx(RNA+タンパクの並列)、Slide-tags、In situ sequencing 系 など


3-1. 原理:RNAとタンパク質を“空間で同時測定”または“核情報を空間タグ化”

  • RNAプローブと抗体ベースのプローブを並列
  • または、核に空間バーコードを付与 → 単一核RNA-seqで読み出す
  • 計測原理はイメージング型+シーケンス型が融合したもの

3-2. 得られる情報

  • RNAとタンパク質を同じ細胞・同じ座標で測定
  • タンパク質の局在(膜・細胞質)を含むマルチモーダル空間情報
  • 核から抽出される“空間付きsnRNA-seq”など、新規手法も登場

3-3. 強み

  • 多層情報の統合(RNA+タンパク+空間)の一貫性
  • 細胞型推定の確度が高い
  • 機能的パスウェイを空間で直接検証しやすい

3-4. 弱み

  • 依然としてパネル方式が多い
  • キャプチャ型ほど網羅的ではない
  • 装置コストとデータ解析負荷が高い

3-5. 向いている研究

  • 腫瘍免疫微小環境(TIMEs)の精密解析
  • タンパク局在を含む“機能的空間マッピング”
  • バルク/単一細胞/空間を一体化したプロジェクト


4. 研究者がまず決めるべき“3つの判断軸”

空間オミックス選択の最短ルートは、この3点です。


① 解像度:細胞単位で見たいのか、領域単位で十分か?

  • 単一細胞の配置/相互作用 → イメージング型
  • 組織全体の領域構造 → キャプチャ型

② 網羅性:全遺伝子を見たいか?特定のパスウェイか?

  • 全転写 → キャプチャ型
  • ターゲットパスウェイ(免疫、がん幹細胞など) → イメージング型 or ハイブリッド型

③ 試料条件:FFPEを使うのか?面積はどれくらいか?

  • FFPE多い → Visium FFPE, CosMx, Xenium
  • 大面積 → キャプチャ型が効率的
  • 細胞境界が重要 → イメージング型


5. 典型的な誤解とその回避法


誤解1:空間解析=“細胞1つ1つのRNAを地図にする”

→ キャプチャ型はスポット混合。
単細胞解像度はイメージング型でのみ達成可能。


誤解2:パネル方式は“情報が少ないから劣っている”

→ イメージング型は“局在”が主役。
特定パスウェイを空間で見たい研究では最強。


誤解3:細胞型推定はscRNA-seqで十分

→ 空間は“配置”が本質。
同じ細胞種でも隣接する相手によって状態が変わる(腫瘍免疫では常識)。
空間なしのscRNA-seqでは見えない層。



6. まとめ:空間オミックスは“問いによって道具が決まる”

  • 何を測る?(RNA/タンパク質/両方)
  • どんな解像度が必要?(領域/細胞/亜細胞)
  • 網羅性か局在精度か?
  • 試料制約(FFPE/凍結)

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