第6回:細胞近接解析(Cell–Cell Proximity Analysis)── 空間的相互作用を可視化し「組織構造の力学」を読む──

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デコンボリューションにより各スポットの細胞構成が推定されると、次に重要となるのが
「細胞同士がどの位置でどの程度近接しているか」 を解析するステップです。

細胞近接解析は、組織内の ニッチ構造、免疫制御、がん-ストローマクロストーク、再生ニッチ などを理解する上で不可欠であり、空間オミックス研究の中心的解析になっています。


1. 細胞近接解析の目的

細胞近接(proximity)解析では、以下の生物学的問いを解くための定量化を行います。

  • どの細胞型同士が空間的に隣接しているか
  • がん細胞はどの細胞と preferential に接触しているか
  • 免疫細胞はどこで集積し、どこに排除されているか
  • niche はどこにあり境界はどう形成されるのか
  • 空間構造が病態(腫瘍悪性度、炎症、線維化)とどう関連するか

これらを数理的に扱うことで、空間的な“細胞社会”をデータ化する ことが可能になります。


2. 代表的な細胞近接解析アプローチ


① 距離ベース(distance-based proximity)

各スポット位置を座標として扱い、
細胞型 A と B の距離分布を比較する方法。

分析例:

  • AとBの最近傍距離(nearest neighbor distance, NND)
  • 平均距離 / 中央距離
  • Ripley’s K関数またはL関数(空間統計的クラスタリング)

用途:
がん細胞—線維芽細胞の偏った局在、免疫細胞の排除領域の検出など。


② 隣接スポットベース(adjacent spot analysis)

Visiumのような格子状データでは
六角形格子での隣接スポット(neighbors)を利用 できます。

例:

  • 各スポットにおける「隣接スポットの細胞型構成」
  • 隣接細胞の出現頻度をカウントし、統計的に enrichment を評価

用途:
TMEの「細胞の近接パターン」を可視化するのに広く利用。


③ 細胞型ペアの相関(co-occurrence analysis)

スポットごとの細胞型割合の相関をとり、
「同じ空間で出現しやすい細胞ペア」を見つける。

例:

  • CAF ↔️ M2マクロファージが高頻度で共局在
  • B細胞 ↔️ T細胞がリンパ濾胞を構成

用途: ニッチの定量化。


④ グラフネットワーク(graph-based spatial network)

スポットをノード、隣接関係をエッジとしたネットワークを構築し、
細胞型間の“つながり”をネットワークとして解析。

手法例:

  • RCTD, Squidpy の spatial_neighbors
  • セントラリティ解析(betweenness, degree)

用途:

  • がん浸潤フロントの構造化
  • 免疫細胞の交通路の発見
  • ストローマのネットワーク同定

⑤ 空間 ligand–receptor × 近接解析(高度応用)

単独の近接ではなく、
近接 + 発現量 + ligand–receptor の統合 が最新の実践。

例:

  • CellPhoneDB または NicheNet を空間加重で実装
  • 近接している細胞ペアのみで L–R を評価
  • 空間的に解釈可能な細胞間コミュニケーションモデルを生成

用途:

  • T-cell exhaustion の誘導ニッチ
  • CAF → 腫瘍の増殖促進シグナル
  • 免疫抑制性ニッチの同定

3. 実際の解析ワークフロー


ステップ1:細胞型マップの取得(第5回)

  • デコンボリューション
  • または単一細胞解像度(Xenium、CosMx)のデータ

ステップ2:空間隣接グラフを作る

ツール例:

  • Squidpy(python):空間グラフ構築の標準
  • Seurat:SeuratWrapper + RCTD など
  • Nobias:距離行列から独自構築

ステップ3:細胞ペアの近接スコアを計算

手法:

  • 距離の最小値・平均値
  • グラフ近接(network connectivity)
  • キー細胞(例:腫瘍細胞)を中心とした距離ヒートマップ

ステップ4:統計モデルで有意性を検定

  • permutation test
    → 細胞型の空間配置をランダムにシャッフル
    → 実測の近接度が有意に高い/低いかを評価

ステップ5:可視化(interpretation)

例:

  • 近接頻度ヒートマップ
  • 細胞ペアのネットワークプロット
  • がん浸潤フロントに沿った近接変化(line plot)
  • ニッチの地図化(cluster + proximity)

4. 近接解析の注意点


① 解像度依存の誤解釈

Visiumではスポットが大きく、
近接というより“共局在”の可能性もある。
→ デコンボリューションの精度が決定的に重要。


② 空間バッチ効果

切片位置で組織構造が変わるため、
単純比較は危険。


③ 細胞数の希少性の問題

わずかな細胞数が近接パターンを左右するので注意。


④ 近接 = 相互作用とは限らない

近いだけで相互作用があるとは限らない。
第7回の「空間パスウェイ解析」と統合して解釈する必要がある。


5. がん研究での応用例


■ 免疫細胞の排除構造(immune exclusion)

腫瘍中心部にT細胞が入れない構造を定量化。


■ CAF と腫瘍細胞の近接ネットワーク

線維化ニッチ、薬剤耐性ニッチの定量化。


■ 腫瘍幹細胞ニッチの位置特定

特定ECM・線維芽細胞・免疫細胞との結合構造。


■ 転移の前適応ニッチ

肝臓や肺での「先行微小環境」の空間構造解析。


まとめ

細胞近接解析は、空間オミックス解析において
“どの細胞同士が空間的に関係を持っているか” を定量化する技術です。

  • 距離解析
  • 隣接スポット解析
  • ネットワーク解析
  • ligand–receptor × 空間統合
  • ニッチの境界検出

これらを組み合わせることで、
組織構造の力学 を理解し、がんや炎症、再生の本質的プロセスを読み解くことができます。

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