膵管腺がん(PDAC)の高度な悪性度を支える本質的要因の一つが、**腫瘍内不均一性(intratumoral heterogeneity)**である。PDACは単一のがん細胞集団からなるのではなく、異なる分化状態・機能をもつ細胞集団が共存し、相互作用することで腫瘍進展と治療抵抗性を獲得している。
EPC(epithelial)とMPC(mesenchymal)の共存
近年のシングルセルRNAシーケンス解析により、PDAC腫瘍内には少なくとも二つの主要ながん細胞状態が共存することが明らかになっている。
- EPC(epithelial program cells)
上皮性マーカー(EPCAM、KRT群など)を発現し、比較的分化した性質を示す。 - MPC(mesenchymal program cells)
間葉系マーカー(VIM、ZEB1、FN1など)を発現し、高い浸潤性・可塑性をもつ。
重要なのは、これらが別々の腫瘍に存在するのではなく、同一腫瘍内に同時に存在する点である。PDACは固定されたサブタイプではなく、状態が共存・移行する動的な腫瘍として理解されるようになってきている。
サブタイプ間の相互依存が腫瘍進展を促進する
EPCとMPCは単に並存しているだけでなく、機能的に相互依存的な関係を形成している。
- EPCは増殖能が高く、腫瘍量の維持に寄与する
- MPCは浸潤・転移・治療抵抗性に寄与する
さらに、MPCが分泌するサイトカインやECM関連因子が、EPCの生存や再増殖を支える一方で、EPC由来のシグナルがMPC状態の維持を助ける可能性も示唆されている。
このように、PDACの進展は単一の「悪性サブタイプ」ではなく、異なる状態の協調によって駆動されるという概念が支持されつつある。
腫瘍内不均一性は治療抵抗性の主要因
PDACにおける腫瘍内不均一性は、治療失敗の根本的原因の一つである。
- 化学療法に感受性の高い細胞集団が除去されても
- 耐性をもつ別の細胞状態(特にMPC様細胞)が生き残る
結果として、腫瘍は再構築され、再発・進行に至る。
さらに、治療そのものが細胞状態のシフト(EPC→MPC)を誘導することも報告されており、治療介入が不均一性をむしろ増強する可能性すら示されている。
このため、PDAC治療においては、
- 特定のサブタイプのみを標的とする戦略
- 単一経路阻害に依存した治療
はいずれも限界を持つ。
不均一性を前提とした治療戦略へ
現在注目されているのは、腫瘍内不均一性を「排除すべき問題」としてではなく、前提条件として組み込んだ治療設計である。
具体的には、
- 細胞状態間の可塑性そのものを抑制する
- EPC–MPC間の相互作用を遮断する
- 微小環境を含めたシステム全体を標的とする
といったアプローチが模索されている。
PDACにおける腫瘍内不均一性の理解は、単なる分類学的知見ではなく、治療抵抗性を克服するための理論的基盤として極めて重要である。