膵管腺がん(PDAC)の悪性度を規定する中核的概念の一つが、がん細胞の可塑性(plasticity)である。可塑性とは、がん細胞が固定された性質を持つのではなく、環境やストレスに応じて細胞状態を可逆的に変化させる能力を指す。PDACでは、この性質が進展、転移、治療抵抗性を強力に支えている。
EPC ↔ MPC は可逆的に相互変換する
シングルセル解析や系譜追跡研究から、PDACにおけるEPC(epithelial program cells)とMPC(mesenchymal program cells)は、不可逆な別系統ではなく、相互に移行可能な細胞状態であることが示されている。
- EPC → MPC:浸潤・転移・ストレス耐性の獲得
- MPC → EPC:転移先での増殖・腫瘍再構築
この双方向性は、EMTとMET(mesenchymal–epithelial transition)が連続的かつ可逆的に起こることに対応している。
その結果、PDAC腫瘍は常に状態の混在した動的平衡を保つ。
MPCは高い浸潤性・薬剤抵抗性を示す
MPC状態のがん細胞は、PDACの進行において特に重要な役割を担う。
既存の研究から、MPCは、
- ECM分解や細胞運動に関与する遺伝子を高発現
- 抗がん剤に対する感受性が低い
- ストレス環境(低栄養、低酸素)に適応しやすい
といった特徴を持つことが知られている。
一方で、MPCは必ずしも高い増殖能を持たないため、治療後に生き残り、環境が整うと再びEPC様状態へ戻ることで腫瘍再発に寄与する。この性質は、PDACが「縮小しても治らない」理由の一つである。
可塑性そのものが悪性度を高める
重要なのは、特定の細胞状態(EPCまたはMPC)そのものではなく、それらを行き来できる可塑性の高さ自体が悪性度を規定するという点である。
可塑性の高い腫瘍では、
- 治療圧に応じて状態を切り替える
- 異なる微小環境に迅速に適応する
- 転移先臓器ごとに最適化された状態を取る
ことが可能となる。
その結果、PDACは単一の治療戦略では制御困難な進化的に柔軟ながんとして振る舞う。
可塑性をどう捉えるか
PDAC治療においては、可塑性を
- 単に「EMTを抑える」
- 「MPCを除去する」
といった単純な標的として扱うだけでは不十分である。
むしろ、
- EPC–MPC変換を駆動するシグナル
- 可塑性を維持する微小環境因子
- 状態遷移そのものを制御する転写・エピジェネティック機構
を理解し、可塑性を前提とした治療設計が必要となる。
PDACにおける可塑性は、進展速度、転移、腫瘍内不均一性、治療抵抗性を結びつける中心軸であり、悪性度上昇の根源的要因である。