1. SPP1の基本情報
SPP1(Secreted Phosphoprotein 1)は、一般にOsteopontin(OPN)として知られる分泌型リン酸化糖タンパク質である。もともとは骨基質タンパク質として同定されたが、現在では免疫調節、炎症、線維化、がん進展など、極めて多彩な生理・病理機能を担うことが明らかになっている。
- 遺伝子名:SPP1
- タンパク質名:Osteopontin(OPN)
- 分子量:約44–75 kDa(翻訳後修飾により変動)
- 主な局在:分泌型(細胞外)、一部は細胞内OPN(iOPN)として機能
2. 分子構造と特徴
SPP1の最大の特徴は、強い翻訳後修飾と多様な受容体結合能にある。
主な構造的特徴
- RGDモチーフ
→ Integrin(αvβ3、αvβ5、α5β1 など)結合に必須 - CD44結合ドメイン
→ 特にCD44v6などのスプライスバリアントと結合 - リン酸化・糖鎖修飾
→ 生理機能・受容体親和性を大きく左右
これによりSPP1は、ECM分子でありながらサイトカイン様に振る舞うという特異な性質を持つ。
3. SPP1の生理的役割
3.1 骨代謝
- 骨芽細胞・破骨細胞に発現
- 骨吸収・骨形成の制御
- 破骨細胞の接着・活性化を促進
3.2 免疫・炎症
SPP1は免疫系における重要な調節因子である。
- マクロファージ、T細胞、樹状細胞で発現
- Th1応答促進
- マクロファージの活性化・遊走誘導
- 炎症性サイトカイン(IL-6, TNF-α)産生を促進
特に近年、**SPP1陽性マクロファージ(SPP1⁺ TAM)**が慢性炎症やがん微小環境で重要視されている。
4. SPP1とがん
SPP1は多くのがん種で高発現し、悪性形質と強く相関する。
4.1 がん細胞における機能
- 増殖促進
- 遊走・浸潤促進
- 上皮間葉転換(EMT)誘導
- 抗アポトーシス
- 治療抵抗性の獲得
SPP1はintegrin/CD44を介して
FAK–SRC–ERK、PI3K–AKT、NF-κB などのシグナルを活性化する。
4.2 がん幹細胞性との関係
SPP1は以下の点でがん幹細胞(CSC)性と深く関わる。
- CD44高発現細胞との相関
- Wnt/β-catenin、YAP/TAZ活性化
- 可塑性(plasticity)の維持
- 低分化・未熟状態の保持
特にECMリモデリングと幹細胞性の橋渡し因子として注目されている。
5. SPP1と腫瘍微小環境(TME)
5.1 SPP1⁺ マクロファージ
scRNA-seq研究により、
SPP1を高発現するTAMサブセットが多くのがんで同定されている。
特徴:
- M2様表現型
- ECM産生・線維化促進
- 血管新生促進
- T細胞抑制(免疫抑制的TME)
SPP1⁺ TAMは予後不良因子として機能することが多い。
5.2 パラクリンシグナル
SPP1は
- がん細胞 → 免疫細胞
- 免疫細胞 → がん細胞
- がん細胞 → がん細胞
という双方向パラクリン因子として働き、
腫瘍内の細胞状態を安定化・固定化する。
6. SPP1とECM・力学シグナル
SPP1はECM分子として、
- コラーゲン
- フィブロネクチン
- ラミニン
などと協調し、細胞接着・張力・YAP/TAZ活性を制御する。
そのためSPP1は、
- ECM硬度依存的な細胞運命決定
- 幹細胞性と分化のスイッチ
に関与する可能性が高い。
7. 臨床的意義
7.1 バイオマーカー
- 血中SPP1濃度:がん進行・予後と相関
- 組織SPP1発現:悪性度・転移能の指標
7.2 治療標的としての可能性
- 抗SPP1抗体
- SPP1–CD44 / integrin阻害
- SPP1⁺ TAM標的治療
ただし、生理機能が広範であるため副作用リスクが課題。
8. まとめ
SPP1(Osteopontin)は、
- ECM分子
- サイトカイン
- 免疫調節因子
という複数の顔を持つハブ分子である。
特にがんにおいては、
「ECM・免疫・がん幹細胞性を統合する分子」
として、腫瘍の可塑性・進化・治療抵抗性を支える中核的役割を果たす。