第1回 免疫抑制療法の全体像:自己免疫はどこで破綻するのか

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はじめに

膠原病(全身性エリテマトーデス、関節リウマチ、血管炎症候群、炎症性筋疾患、強皮症など)は、「免疫が弱すぎる病気」ではなく、免疫が過剰かつ誤った方向に作動する病気である。そのため治療の本質は、免疫を単純に止めることではなく、異常に活性化した免疫反応の分子ノードを選択的に抑制することにある。

本連載では、膠原病治療で日常的に使用される免疫抑制剤について、分子免疫学の視点から作用機序を解説していく。第1回では導入として、自己免疫がどの段階で破綻し、免疫抑制剤がどこに介入しているのかを全体像として整理する。


自己免疫疾患に共通する基本構造

自己免疫疾患は多様な臨床像を示すが、分子レベルでは共通した免疫破綻の構造を持つ。大きく分けると以下の4段階で異常が生じる。

1. 抗原提示の異常

本来、自己抗原は免疫寛容によって排除される。しかし膠原病では、

  • 樹状細胞の過剰活性化
  • HLAクラスII分子による自己抗原提示
  • 自然免疫(TLR、核酸センサー)の過剰刺激 が起こり、自己抗原が「危険な抗原」として提示されてしまう。

特にSLEでは、DNAやRNAを含む自己抗原がTLR7/9を刺激し、I型インターフェロン産生を誘導することが重要な初期イベントと考えられている。


2. T細胞活性化制御の破綻

抗原提示を受けたT細胞は、

  • TCRシグナル
  • 共刺激シグナル(CD28など)
  • 抑制性シグナル(CTLA-4、PD-1) のバランスによって運命が決まる。

膠原病では、

  • TCRシグナルの過剰
  • 制御性T細胞(Treg)の機能低下
  • NFAT、NF-κB、AP-1など転写因子の持続的活性化 が生じ、自己反応性T細胞が生き残り続ける。

この段階は、カルシニューリン阻害薬やステロイドが強く作用するポイントである。


3. B細胞活性化と自己抗体産生

多くの膠原病は自己抗体疾患でもある。

  • T細胞ヘルプを受けたB細胞が活性化
  • 胚中心反応の異常持続
  • 形質細胞への分化と自己抗体産生

SLEにおける抗dsDNA抗体、抗Sm抗体、RAにおけるRFや抗CCP抗体は、この段階の破綻を反映している。

アザチオプリン、ミコフェノール酸、B細胞標的薬は、このB細胞軸を主に抑制する。


4. 炎症増幅回路(サイトカインネットワーク)

活性化した免疫細胞は、TNF-α、IL-6、IFN、IL-17などのサイトカインを産生し、

  • 炎症の自己増幅
  • 組織障害
  • 線維化 を引き起こす。

この段階は「免疫の最終アウトプット」であり、抗サイトカイン抗体やJAK阻害薬が強く作用する。


免疫抑制剤はどこを抑えているのか

免疫抑制剤は無差別に免疫を止めているわけではない。以下のように、免疫応答の階層ごとに標的が異なる

  • 抗原提示・自然免疫段階:ステロイド
  • T細胞活性化段階:カルシニューリン阻害薬
  • リンパ球増殖段階:代謝拮抗薬(MTX、AZA、MMF)
  • 炎症増幅段階:生物学的製剤、JAK阻害薬

この理解は、「なぜこの疾患にこの薬が効くのか」「なぜ併用が必要なのか」を説明する基盤となる。


副作用は“作用点”の裏返しである

免疫抑制剤の副作用は偶発的なものではなく、

  • 細胞増殖抑制 → 骨髄抑制
  • サイトカイン抑制 → 感染症リスク
  • 転写制御 → 代謝異常・骨障害 といったように、分子作用点の必然的帰結である。

したがって、分子機序を理解することは、副作用管理や薬剤選択の合理化にも直結する。


まとめ:分子免疫学から見た膠原病治療

膠原病治療は、経験的に積み重ねられてきたように見えるが、その実態は 免疫応答ネットワークの要所を段階的に抑える分子介入の歴史である。

次回は、最も古く、最も強力で、そして最も広範な免疫抑制剤である 副腎皮質ステロイドについて、転写制御という視点から詳しく解説する。

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