はじめに
副腎皮質ステロイドは、膠原病治療において最も頻用され、最も強力で、同時に最も副作用が問題となる免疫抑制剤である。即効性が高く、疾患横断的に有効である一方、その作用機序は「非特異的」と誤解されがちである。
しかし分子レベルで見ると、ステロイドは転写制御を介して炎症遺伝子ネットワークの中枢を抑える薬剤であり、極めて合理的な分子介入である。本稿では、ステロイドの免疫抑制作用を「グルココルチコイド受容体(GR)」と「NF-κB」を軸に解説する。
グルココルチコイド受容体(GR)とは何か
核内受容体型転写因子
グルココルチコイド受容体(GR)は、細胞質に存在する核内受容体型転写因子である。
- 非活性状態ではHSP90などのシャペロンと結合
- ステロイド結合により構造変化
- 核内へ移行しDNAや他の転写因子と相互作用
この「核に入って転写を制御する」という点が、ステロイドの強力かつ広範な作用の本質である。
ステロイドの2つの基本作用様式
ステロイドの転写制御作用は、大きく2つに分けられる。
1. Transactivation(転写活性化)
GRがDNA上の**GRE(glucocorticoid response element)**に直接結合し、遺伝子発現を促進する。
代表例:
- Annexin A1(抗炎症)
- IL-10(免疫抑制性サイトカイン)
- IκBα(NF-κB阻害因子)
2. Transrepression(転写抑制)
GRがDNAに直接結合せず、
- NF-κB
- AP-1 などの炎症性転写因子とタンパク質間相互作用を起こし、転写活性を抑制する。
膠原病治療における免疫抑制効果の多くは、このtransrepressionによって説明される。
NF-κBはなぜ重要なのか
炎症遺伝子ネットワークのハブ
NF-κBは、炎症反応を統括するマスター転写因子であり、以下の遺伝子群を制御する。
- TNF-α、IL-1β、IL-6
- ICAM-1、VCAM-1(接着分子)
- COX-2、iNOS
膠原病では、自然免疫・獲得免疫の両方でNF-κBが持続的に活性化している。
ステロイドによるNF-κB抑制の分子機構
ステロイドはNF-κBを「1点で止める」のではなく、多層的に抑制する。
- IκBα転写誘導 → NF-κBの核移行阻害
- GR–NF-κB直接結合 → 転写活性阻害
- 共役因子(CBP/p300)の奪い合い → 炎症遺伝子転写低下
この多重ブレーキ構造が、ステロイドの即効性と強力さを生み出している。
免疫細胞ごとの作用
T細胞
- IL-2転写抑制
- アポトーシス誘導(特に未熟T細胞)
マクロファージ/樹状細胞
- サイトカイン産生抑制
- 抗原提示能低下
好中球
- 血中動員は増えるが、組織浸潤は抑制
これらが合わさり、「炎症は急速に引くが、感染には弱くなる」という臨床像が形成される。
なぜ即効性があるのか
ステロイドは
- 受容体が既に存在
- 転写制御が直接的
- シグナルカスケードを待たない
という理由から、数時間単位で効果が発現する。
これは、リンパ球増殖を止める代謝拮抗薬との決定的な違いである。
副作用は転写制御の“別の顔”
ステロイド副作用は、transactivationに強く依存する。
- 糖新生関連遺伝子誘導 → 糖尿病
- 骨芽細胞分化抑制 → 骨粗鬆症
- 筋タンパク分解促進 → 筋萎縮
近年の「ステロイド最小化戦略」は、transrepressionを残し、transactivationを減らすことを目指している。
臨床的示唆:なぜ導入・増悪期に使われるのか
- 急速な炎症制御が必要
- 原因分子が未特定でも効く
- ほぼ全ての免疫細胞に作用
これらの理由から、ステロイドは **“火事を消す薬”**として、今なお第一線にある。
まとめ
副腎皮質ステロイドは、
- NF-κBを中心とした炎症転写ネットワークを
- 核内で直接制御する
という、極めて本質的な免疫抑制剤である。
次回は、**カルシニューリン阻害薬(シクロスポリン/タクロリムス)**について、NFATとT細胞選択性という観点から解説する。