第3回 カルシニューリン阻害薬の分子基盤:NFATとT細胞選択性

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はじめに

カルシニューリン阻害薬(シクロスポリン、タクロリムス)は、膠原病治療において「T細胞を選択的に抑える免疫抑制剤」として位置づけられている。ステロイドほど広範ではないが、特定の病態では決定的な効果を示す。

その理由は、これらの薬剤がT細胞活性化の中枢シグナルであるNFAT経路をピンポイントで遮断する点にある。本稿では、カルシニューリン阻害薬の分子標的とT細胞選択性の理由を解説する。


T細胞活性化とCa²⁺シグナル

T細胞受容体(TCR)が抗原を認識すると、

  • PLCγ活性化
  • IP3産生
  • 小胞体からのCa²⁺放出 が連続的に起こる。

この細胞内Ca²⁺上昇こそが、T細胞活性化のスイッチである。


カルシニューリンとは何か

カルシニューリンは、Ca²⁺/カルモジュリン依存性のセリン/スレオニンホスファターゼである。

  • Ca²⁺上昇により活性化
  • 転写因子NFATを脱リン酸化
  • NFATを核内へ移行させる

つまりカルシニューリンは、「Ca²⁺シグナルを転写応答に変換する酵素」である。


NFATとIL-2転写

NFAT(Nuclear Factor of Activated T cells)は、

  • IL-2
  • IL-4
  • IFN-γ など、T細胞増殖と分化に必須なサイトカイン遺伝子の転写を制御する。

NFATが核に入れなければ、T細胞は増殖できない


カルシニューリン阻害薬の分子機構

シクロスポリン

  • 細胞内でシクロフィリンと結合
  • 複合体がカルシニューリン活性部位を阻害

タクロリムス

  • FKBPと結合
  • 複合体がカルシニューリンを阻害

両者は結合蛋白は異なるが、最終的な標的は同一である。


なぜT細胞選択的なのか

  • NFAT依存性が特に高いのがT細胞
  • 自然免疫細胞や線維芽細胞への直接作用は限定的

このため、

  • ステロイドより副作用が限定的
  • サイトカイン阻害薬より上流 という独特のポジションを占める。

膠原病における臨床的位置づけ

カルシニューリン阻害薬は、

  • ループス腎炎
  • 皮膚筋炎/多発筋炎
  • 難治性皮膚病変 など、T細胞依存性が強い病態で効果を発揮する。

副作用の分子背景

  • 腎血管収縮 → 腎障害
  • 神経細胞Ca²⁺制御への影響 → 振戦

これらは免疫抑制とは独立した、カルシニューリンの生理機能抑制に由来する。


ステロイドとの違いと併用意義

  • ステロイド:広範・即効・炎症全体を抑制
  • カルシニューリン阻害薬:T細胞選択的・持続抑制

そのため、 導入期はステロイド、維持・難治例にカルシニューリン阻害薬 という併用戦略が合理的となる。


まとめ

カルシニューリン阻害薬は、

  • Ca²⁺–カルシニューリン–NFAT軸を遮断し
  • T細胞増殖を根本から抑える

という、分子免疫学的に極めて明確な作用機序を持つ免疫抑制剤である。

次回は、**代謝拮抗薬(メトトレキサート)**について、低用量で抗炎症作用を示す分子基盤を解説する。


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