はじめに
カルシニューリン阻害薬(シクロスポリン、タクロリムス)は、膠原病治療において「T細胞を選択的に抑える免疫抑制剤」として位置づけられている。ステロイドほど広範ではないが、特定の病態では決定的な効果を示す。
その理由は、これらの薬剤がT細胞活性化の中枢シグナルであるNFAT経路をピンポイントで遮断する点にある。本稿では、カルシニューリン阻害薬の分子標的とT細胞選択性の理由を解説する。
T細胞活性化とCa²⁺シグナル
T細胞受容体(TCR)が抗原を認識すると、
- PLCγ活性化
- IP3産生
- 小胞体からのCa²⁺放出 が連続的に起こる。
この細胞内Ca²⁺上昇こそが、T細胞活性化のスイッチである。
カルシニューリンとは何か
カルシニューリンは、Ca²⁺/カルモジュリン依存性のセリン/スレオニンホスファターゼである。
- Ca²⁺上昇により活性化
- 転写因子NFATを脱リン酸化
- NFATを核内へ移行させる
つまりカルシニューリンは、「Ca²⁺シグナルを転写応答に変換する酵素」である。
NFATとIL-2転写
NFAT(Nuclear Factor of Activated T cells)は、
- IL-2
- IL-4
- IFN-γ など、T細胞増殖と分化に必須なサイトカイン遺伝子の転写を制御する。
NFATが核に入れなければ、T細胞は増殖できない。
カルシニューリン阻害薬の分子機構
シクロスポリン
- 細胞内でシクロフィリンと結合
- 複合体がカルシニューリン活性部位を阻害
タクロリムス
- FKBPと結合
- 複合体がカルシニューリンを阻害
両者は結合蛋白は異なるが、最終的な標的は同一である。
なぜT細胞選択的なのか
- NFAT依存性が特に高いのがT細胞
- 自然免疫細胞や線維芽細胞への直接作用は限定的
このため、
- ステロイドより副作用が限定的
- サイトカイン阻害薬より上流 という独特のポジションを占める。
膠原病における臨床的位置づけ
カルシニューリン阻害薬は、
- ループス腎炎
- 皮膚筋炎/多発筋炎
- 難治性皮膚病変 など、T細胞依存性が強い病態で効果を発揮する。
副作用の分子背景
- 腎血管収縮 → 腎障害
- 神経細胞Ca²⁺制御への影響 → 振戦
これらは免疫抑制とは独立した、カルシニューリンの生理機能抑制に由来する。
ステロイドとの違いと併用意義
- ステロイド:広範・即効・炎症全体を抑制
- カルシニューリン阻害薬:T細胞選択的・持続抑制
そのため、 導入期はステロイド、維持・難治例にカルシニューリン阻害薬 という併用戦略が合理的となる。
まとめ
カルシニューリン阻害薬は、
- Ca²⁺–カルシニューリン–NFAT軸を遮断し
- T細胞増殖を根本から抑える
という、分子免疫学的に極めて明確な作用機序を持つ免疫抑制剤である。
次回は、**代謝拮抗薬(メトトレキサート)**について、低用量で抗炎症作用を示す分子基盤を解説する。