はじめに
メトトレキサート(methotrexate, MTX)は、関節リウマチをはじめとする膠原病治療の“アンカードラッグ”として位置づけられている。一方で、その起源は抗がん剤であり、「なぜ抗がん剤が自己免疫疾患に効くのか」という疑問を持つ読者も多い。
本稿では、低用量MTXが示す抗炎症・免疫調整作用を、葉酸代謝阻害という古典的理解を超えて、分子レベルで整理する。
高用量と低用量MTXは別の薬である
まず重要なのは、
- 高用量MTX(抗腫瘍)
- 低用量MTX(抗炎症・免疫調整)
は、作用機序が本質的に異なるという点である。
抗腫瘍領域でのMTXは「細胞増殖阻害薬」だが、膠原病で使われる低用量MTXは、必ずしも細胞を殺さない。
葉酸代謝阻害:古典的機序
MTXは
- ジヒドロ葉酸還元酵素(DHFR) を阻害し、
- チミジル酸
- プリン 合成を抑制する。
これにより、増殖中のリンパ球の増殖はある程度抑制されるが、低用量MTXの臨床効果はこれだけでは説明できない。
現代的理解:アデノシン経路による抗炎症作用
AICARトランスフォルミラーゼ阻害
低用量MTXは、
- AICARトランスフォルミラーゼ を阻害し、細胞内にAICARを蓄積させる。
この結果、
- AMP
- アデノシン が細胞外に放出される。
アデノシンは強力な抗炎症メディエーター
放出されたアデノシンは、
- A2A受容体
- A3受容体 を介して、
- マクロファージのTNF-α産生抑制
- 好中球の接着・遊走抑制
- T細胞活性化抑制
を引き起こす。
つまりMTXは、炎症局所に内因性の抗炎症シグナルを増幅する薬剤として機能する。
NF-κBとの関係
アデノシン–A2A受容体シグナルは、
- cAMP上昇
- PKA活性化 を介して、NF-κB活性を間接的に抑制する。
ここで、
- 第2回(ステロイド:直接NF-κB抑制)
- 第4回(MTX:間接NF-κB抑制)
という分子階層の違いが明確になる。
なぜ関節リウマチに特に有効なのか
RA滑膜では、
- マクロファージ
- 線維芽細胞様滑膜細胞
- 好中球 が密集し、慢性炎症が維持されている。
MTXは、
- 滑膜局所でのアデノシン濃度を上昇させ
- 炎症細胞間のクロストークを弱める
ことで、炎症ネットワーク全体を静める。
副作用の分子背景
骨髄抑制・口内炎
- 葉酸代謝阻害による正常細胞への影響
肝障害
- 長期的な代謝ストレス
これらが、葉酸補充療法が必須とされる理由である。
他薬剤との位置づけ
- ステロイド:即効性・広範
- カルシニューリン阻害薬:T細胞選択的
- MTX:慢性炎症の基盤を調整
MTXは「炎症を消す薬」というより、 炎症が持続できない環境を作る薬と理解すると、その真価が見えてくる。
まとめ
低用量メトトレキサートは、
- 葉酸代謝阻害に加えて
- アデノシン経路を介した抗炎症作用
を発揮する、免疫調整型の代謝拮抗薬である。
次回は、**代謝拮抗薬②(アザチオプリン/ミコフェノール酸)**について、リンパ球選択性という観点から解説する。