はじめに
第8回では、蛍光タンパクを用いて
分子の存在・局在・動態を生細胞で観察する方法を解説しました。
しかし研究を進めると、次の疑問が生じます。
- この2つの分子は本当に相互作用しているのか?
- 同じ場所に見えるが、実際にどれくらい近いのか?
- 刺激によって分子同士の距離は変化するのか?
こうした問いに答えるために用いられるのが、
FRET(Förster Resonance Energy Transfer)解析です。
FRETとは何か(直感的な理解)
FRETとは、2つの蛍光分子が非常に近接したときにのみ起こるエネルギー移動現象です。
重要なのは距離です。
- FRETが起こるのは
2つの蛍光分子間の距離が約1〜10 nm のときのみ - これはタンパク質同士が
直接相互作用している、あるいは同一複合体内にある距離に相当します
つまりFRETは、
「同じ場所にある」ではなく
「分子レベルで近づいている」ことを検出する技術です。
FRETの基本原理
FRETでは、2種類の蛍光分子を使います。
- ドナー(Donor):先に励起される蛍光分子
- アクセプター(Acceptor):エネルギーを受け取る蛍光分子
典型的な組み合わせは、
- CFP(ドナー)
- YFP(アクセプター)
です。
仕組みは以下の通りです。
- ドナー(CFP)を励起光で刺激
- 通常ならCFPが蛍光を出す
- しかし近くにYFPがあると
- エネルギーがYFPに移動
- CFPの蛍光が弱まり、YFPの蛍光が強くなる
このエネルギー移動の効率を測定することで、
分子間距離の変化を推定できます。
FRETで「何が分かるのか」
FRET解析で分かるのは、主に次の3点です。
- 分子間相互作用の有無
- 相互作用の強さ・変化
- 時間的変化(ON/OFF、可逆性)
特に重要なのは、
FRETは「結合した結果」ではなく
結合している“瞬間”を捉える
という点です。
免疫沈降(IP)やPLAでは見えない
一過性・弱い相互作用の検出が可能です。
ライブセルFRETの強み
FRETは固定標本でも可能ですが、
真価を発揮するのはライブセル解析です。
ライブセルFRETでは、
- リガンド刺激直後の相互作用形成
- 細胞内局在ごとの相互作用差
- 一過性の相互作用と解離
をリアルタイムで観察できます。
これは、
シグナル伝達解析や膜分子研究において極めて重要です。
代表的なFRET実験デザイン
FRET実験には大きく2つの設計があります。
① 分子間FRET
- タンパクA–CFP
- タンパクB–YFP
→ AとBが近づいたときにFRETが起こる
→ 相互作用解析に最もよく使われる形式
② 分子内FRET(センサー型)
- 1つのタンパクの中に
CFPとYFPを組み込む
→ コンフォメーション変化でFRET効率が変化
→ Ca²⁺センサーやキナーゼ活性センサーに多用
FRET解析で重要な実験上の注意点
FRETは強力ですが、誤解釈が起こりやすい技術でもあります。
特に注意すべき点は以下です。
1. 発現量依存性
- 過剰発現により
偽の近接(ランダム衝突)が起こる - ドナーとアクセプターの発現比が重要
2. スペクトルの重なり
- CFPとYFPは励起・蛍光波長が重なる
- bleed-through(漏れ込み)の補正が必須
3. FRET=直接結合ではない
- 10 nm以内にあることを示すだけ
- 同一複合体内の間接的近接も含まれる
FRET陽性=「直接結合」と即断するのは危険です。
定量FRETの代表的手法
FRETを「見た目」ではなく定量するために、以下の手法が用いられます。
- アクセプター消光法(Acceptor photobleaching)
- 比率法(FRET/Donor ratio)
- FLIM-FRET(寿命測定)
特にFLIM-FRETは、
- 発現量の影響を受けにくい
- 定量性が高い
という利点がありますが、装置要求が高くなります。
がん研究におけるFRETの意義
がん細胞では、
- シグナルが一過性・局所的に活性化
- 状態依存的に相互作用が切り替わる
という特徴があります。
FRETは、
- EMT前後での受容体複合体変化
- CD9を介した膜分子クラスター形成
- ITGA3を含む接着シグナルの動的制御
など、静的解析では見えない分子関係性を可視化できます。
まとめ
FRET解析は、
- 分子がどこにあるか、ではなく
- どれだけ近づいているか
を測るための技術です。
ライブセルFRETにより、
- 相互作用の形成
- 解離
- 可逆性
をリアルタイムで捉えることが可能になります。
一方で、
発現量・スペクトル補正・解釈には慎重さが求められます。