第2回:ATP産生の分子機構―電子伝達系と酸化的リン酸化―

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ミトコンドリア研究の中心テーマの一つが、**酸化的リン酸化(oxidative phosphorylation, OXPHOS)**によるATP産生です。しかしこの過程は、単なる「エネルギー変換反応」ではありません。電子の流れ、プロトン勾配、膜電位はすべて細胞状態のセンサーとして機能し、代謝・細胞死・免疫応答と密接につながっています。

本記事では、電子伝達系の全体像から、なぜ膜電位がこれほど重要なのかまでを整理します。

電子伝達系とは何か

電子伝達系(electron transport chain, ETC)は、ミトコンドリア内膜上に並ぶ

  • Complex I(NADH脱水素酵素)
  • Complex II(コハク酸脱水素酵素)
  • Complex III(シトクロムbc1複合体)
  • Complex IV(シトクロムc酸化酵素)

の4つの巨大タンパク質複合体から構成されます。

TCA回路などで産生されたNADHやFADH2がもつ高エネルギー電子は、これらの複合体を順に通過し、最終的に酸素へと受け渡されて水が生成されます。

プロトンポンプとしての電子伝達系

重要なのは、電子の移動に伴って

  • Complex I
  • Complex III
  • Complex IV

プロトン(H⁺)をマトリックス側から膜間腔側へ汲み出す点です。これにより内膜を隔てた

  • 電気化学的勾配(プロトン駆動力)

が形成されます。

このプロトン駆動力は、

  • 膜電位(ΔΨm)
  • pH勾配(ΔpH)

の2成分から成り、特にミトコンドリアでは膜電位成分が支配的です。

ATP合成酵素:分子モーターとしてのComplex V

ATP合成酵素(Complex V)は、

  • プロトンの流入
  • 回転運動
  • ATP合成

を直接結びつける分子モーターです。

膜間腔に蓄積したプロトンがF0部分を通ってマトリックスへ戻る際、回転トルクが生じ、そのエネルギーでF1部分がADPと無機リン酸からATPを合成します。

この仕組みは、ピーター・ミッチェルが提唱した**化学浸透説(chemiosmotic theory)**によって説明され、現在では確立した概念となっています。

なぜ膜電位がこれほど重要なのか

ミトコンドリア膜電位(ΔΨm)は、ATP合成のためだけに存在するわけではありません。

膜電位は

  • タンパク質輸送(TOM/TIM)
  • ミトコンドリア分裂・融合
  • ミトファジー誘導
  • アポトーシス感受性

など、数多くの現象の制御因子として機能します。

実際、膜電位が低下したミトコンドリアは「機能不全」とみなされ、PINK1–Parkin経路を介して選択的に除去されます。

ROS産生とのトレードオフ

電子伝達系は高効率な一方で、電子漏れによる活性酸素種(ROS)産生というリスクを伴います。特にComplex IとIIIはROSの主要な発生源です。

重要なのは、ROSが単なる副産物ではなく、

  • HIF-1αの安定化
  • 炎症応答の活性化

などを制御するシグナル分子としても機能する点です。

つまりOXPHOSは、

  • ATP産生
  • 膜電位維持
  • ROSシグナル

という三位一体のシステムとして理解する必要があります。

酸化的リン酸化は「調節可能」なシステムである

かつてOXPHOSは常に最大効率で動くと考えられていましたが、現在では

  • 超複合体(respirasome)の形成
  • 代謝状態に応じた電子フロー制御

によって動的に制御される柔軟なシステムであることが分かっています。


次回は、TCA回路を中心に、ミトコンドリアがどのように細胞全体の代謝ネットワークを統合しているのかを解説します。

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