分子生物学の歴史 第9回

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エピジェネティクス革命

― DNA配列だけでは生命は決まらない ―

はじめに:ゲノムだけでは説明できない

2003年、
Human Genome Project
が完了しました。

人類のDNA配列はほぼすべて解読されました。

しかし、すぐに重要な疑問が浮かびます。

同じDNAを持つ細胞が、なぜ異なる働きをするのか?

例えば、

  • 神経細胞
  • 肝細胞
  • 筋肉細胞

これらはすべて同じゲノムを持っています。

それでも全く異なる機能を持っています。

この現象を説明する概念が
エピジェネティクスです。


1. エピジェネティクスとは何か

エピジェネティクスとは、

DNA配列の変化を伴わない遺伝子発現の制御

を指します。

この概念はもともと

Conrad Waddington

によって提唱されました。

彼は発生過程を

「エピジェネティックランドスケープ」

という概念で説明しました。

この考えは後に分子レベルの研究によって具体化されていきます。


2. DNAメチル化

最もよく研究されているエピジェネティック機構の一つが

DNAメチル化

です。

DNAのシトシン塩基に

メチル基(CH₃)

が付加されることで、

遺伝子の発現が抑制されることがあります。

DNAメチル化は次のような現象に関わっています。

  • 発生過程
  • 細胞分化
  • ゲノムインプリンティング
  • X染色体不活化

3. ヒストン修飾

DNAは細胞内で

ヒストンタンパク質

に巻きついています。

この構造は

クロマチン

と呼ばれます。

ヒストンにはさまざまな化学修飾が起こります。

代表的なものは次の通りです。

  • ヒストンアセチル化
  • ヒストンメチル化
  • ヒストンリン酸化

これらの修飾は、

クロマチン構造を変化させることで遺伝子発現を調節

します。


4. クロマチン構造と遺伝子制御

エピジェネティクス研究によって、
DNAは単なる配列ではなく

三次元構造を持つ情報システム

であることが明らかになりました。

クロマチンは次のような状態をとります。

ユークロマチン

転写活性が高い領域

ヘテロクロマチン

転写が抑制されている領域

この構造変化が細胞の機能を大きく左右します。


5. エピジェネティクスと疾患

エピジェネティック異常は多くの疾患と関係しています。

特に重要なのが

がん

です。

がん細胞では

  • 異常なDNAメチル化
  • クロマチン構造の変化

などが観察されます。

このため現在では

エピジェネティック治療

も研究されています。


まとめ:遺伝情報は多層的である

ヒトゲノム計画によって、
DNA配列は解読されました。

しかしエピジェネティクス研究により、

生命情報は

DNA配列だけで決まるわけではない

ことが明らかになりました。

現在では遺伝情報は次の3層で理解されています。

  1. DNA配列
  2. エピジェネティック制御
  3. 遺伝子発現ネットワーク

生命はこの多層的な情報システムによって制御されています。


次回予告

第10回:CRISPR革命
― ゲノム編集が生命科学を変える ―

2010年代、生命科学にもう一つの革命が起こりました。

CRISPR-Cas9

というゲノム編集技術の登場です。

この技術により、

DNAを正確に書き換える

ことが可能になりました。

次回はCRISPRの発見と、それが生命科学・医学に与えた影響を解説します。

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