空間トランスクリプトーム(キャプチャ型)で結果が「読み物」になるか「ノイズの地図」になるかは、実験設計の最初の3つの選択でほぼ決まります:**試料(凍結/FFPE)→前処理(透過・酵素・時間)→画像/座標整合(整列)**です。
まず、キャプチャ型の代表例であるVisium系は、組織切片上のバーコード領域(スポット)にRNAを捕捉し、シーケンスで読み出します。解析面では、画像(明視野/蛍光)とシーケンス由来の特徴量行列を結びつける“空間整合”が中核で、この処理の標準化が結果の再現性を大きく左右します(Space RangerはVisium向けの標準パイプラインとして、画像整列・特徴量行列生成・二次解析の枠組みを提供します)。 10x Genomics+210x Genomics+2
次に、QCの実質は「スポットの中身をどこまで“単一細胞”に近づけられるか」に尽きます。キャプチャ型では1スポットが複数細胞を含み得るため、解析の前提として
- 1スポット=混合(混合比が場所で変わる)
を最初から織り込むのが安全です。ここでの失敗例は、スポットを“単細胞”として扱ってしまい、局所での発現差を“細胞型の差”だと誤読するケースです(逆に、混合の中に“希少細胞の署名”が埋もれることもある)。
Slide-seq/Slide-seqV2系は、ビーズ上の空間バーコードで解像度を高め、より細かい“近傍”の構造を拾いやすくする方向の技術です。研究例として、疾患文脈での局所的な細胞近傍(cell neighborhood)や局所的な応答プログラムの検出が報告されています。 Science+2PMC+2
最後に、実験設計の実務的チェックリストをまとめると、次が“最低ライン”です。
- 試料:採取から凍結/固定までの時間(RINに相当する“劣化”の実感)
- 切片:厚み・乾燥条件(過乾燥や過湿が透過の再現性を崩す)
- 透過処理:過不足が検出遺伝子数に直撃(短すぎ→感度低、長すぎ→拡散・ブレ)
- 画像整列:組織輪郭とスポット配列のミスマッチが“空間誤差”として全解析に波及
- 解析の最初の可視化:遺伝子数/UMI分布、組織境界での急変、明らかなアーティファクト(裂け目・折れ・気泡)を先に潰す
この回の結論はシンプルで、空間解析は「生物学」より先に「幾何学(座標の正しさ)」が勝敗を分ける、ということです。