基礎医学

解糖系(Glycolysis)とは:エネルギー代謝の基盤をなす経路の詳細解説

解糖系とは

解糖系(glycolysis)は、細胞質で行われる代謝経路で、1分子のグルコースを2分子のピルビン酸に分解し、その過程でATPとNADHを産生します。酸素の有無にかかわらず進行可能で、原核生物から真核生物まで広く保存された普遍的な経路です。

解糖系は10段階の酵素反応からなり、大きく以下の3つの段階に分けられます。

  1. エネルギー投資期(ATPを消費してグルコースを活性化する段階)
  2. 分裂期(6炭糖が2つの3炭糖に分かれる段階)
  3. エネルギー回収期(ATPとNADHを得る段階)

解糖系の各ステップ

① グルコースの活性化(エネルギー投資期)

  • グルコース → グルコース-6-リン酸
    酵素:ヘキソキナーゼ(または肝臓のグルコキナーゼ)
    → ATPを1分子消費し、グルコースをリン酸化。細胞外へ拡散できなくなり代謝経路へ固定される。
  • フルクトース-6-リン酸 → フルクトース-1,6-ビスリン酸
    酵素:ホスホフルクトキナーゼ-1(PFK-1)
    → 解糖系の律速段階。ATPを消費し、強力に不可逆反応が進む。

② 3炭糖への分裂

  • フルクトース-1,6-ビスリン酸 → ジヒドロキシアセトンリン酸(DHAP)+ グリセルアルデヒド-3-リン酸(G3P)
    酵素:アルドラーゼ
    → 6炭糖が2つの3炭糖に分裂。DHAPは速やかにG3Pに変換されるため、最終的に2分子のG3Pが生成される。

③ エネルギー回収期

  • G3P → 1,3-ビスホスホグリセリン酸
    酵素:G3Pデヒドロゲナーゼ
    → NAD⁺がNADHに還元される。ここで細胞は還元力を獲得。
  • 1,3-ビスホスホグリセリン酸 → 3-ホスホグリセリン酸
    酵素:ホスホグリセリン酸キナーゼ
    → 基質レベルのリン酸化によりATP産生(2分子)。
  • ホスホエノールピルビン酸(PEP) → ピルビン酸
    酵素:ピルビン酸キナーゼ
    → 強力に不可逆的な反応。基質レベルのリン酸化でさらにATP産生(2分子)。

解糖系のエネルギー収支

  • 消費:ATP 2分子
  • 産生:ATP 4分子 + NADH 2分子
  • 純利益:ATP 2分子 + NADH 2分子

(酸素がある場合はNADHがミトコンドリア電子伝達系に入り、さらにATPを産生)


酸素有無による分岐

  • 好気条件:ピルビン酸はミトコンドリアに入り、TCA回路と電子伝達系で完全酸化されATPを大量に産生。
  • 嫌気条件:ピルビン酸は乳酸発酵(乳酸デヒドロゲナーゼにより乳酸に変換)、あるいはアルコール発酵へ。

解糖系の調節

解糖系は細胞のエネルギー需要に応じて制御される。主要な制御点は:

  • ヘキソキナーゼ/グルコキナーゼ(グルコース取り込みの制御)
  • ホスホフルクトキナーゼ-1(PFK-1):ATP/AMP比やクエン酸によるアロステリック制御
  • ピルビン酸キナーゼ:ホルモン制御(インスリン/グルカゴン)

臨床・病態との関連

  • がん細胞とワールブルグ効果
    がん細胞は酸素存在下でも解糖系を強く利用し、大量の乳酸を産生する(ワールブルグ効果)。これにより迅速なエネルギー供給と生合成中間代謝産物を獲得。抗がん剤開発の標的となっている。
  • 筋肉運動と乳酸
    激しい運動時には嫌気的解糖系が活性化し、乳酸が蓄積して疲労や筋肉痛の一因となる。
  • 遺伝性代謝疾患
    ピルビン酸キナーゼ欠損症などは赤血球のATP産生障害を引き起こし、溶血性貧血につながる。

まとめ

解糖系は生命活動の最も基本的な代謝経路であり、細胞にとって迅速かつ普遍的なエネルギー源を供給します。さらに、がん代謝や運動生理、臨床疾患との関連からも研究が盛んに進められています。

正常組織の幹細胞:各臓器における機能と特性を徹底解説

はじめに

幹細胞(stem cell)は自己複製能多分化能を兼ね備えた特殊な細胞で、損傷や日常的な細胞更新において重要な役割を担います。がん研究や再生医療の文脈でよく語られますが、正常組織に存在する幹細胞は、臓器ごとの構造や機能に応じた特徴を持っています。
本記事では、代表的な組織の幹細胞について、**機能・特性・制御機構(ニッチ環境)**を包括的に解説します。


1. 皮膚幹細胞(Epidermal Stem Cells)

  • 位置:主に毛包バルジ領域、表皮基底層
  • 機能:表皮細胞や毛包、皮脂腺の維持と再生
  • 特性
    • 分裂速度は比較的遅い「休眠型」と、活発な「増殖型」が存在
    • Wnt/β-catenin、Notch経路などで制御
  • ニッチ:毛包周囲の基底膜と真皮乳頭細胞が支持
  • 特徴的なマーカー:CD34、K15、Lgr5 など

2. 腸管幹細胞(Intestinal Stem Cells)

  • 位置:小腸・大腸の陰窩(crypt)底部
  • 機能:上皮細胞を3〜5日周期で完全に更新
  • 特性
    • Lgr5陽性細胞が活発に分裂
    • Bmi1陽性細胞はより長期的維持に関与
    • 高い放射線耐性と損傷後の再生能力
  • ニッチ:パネート細胞、間質細胞が分泌するWnt、EGF、Notchシグナルが必須

3. 造血幹細胞(Hematopoietic Stem Cells, HSCs)

  • 位置:骨髄の造血ニッチ(内皮下や骨内膜周囲)
  • 機能:全ての血球系細胞(赤血球、白血球、血小板)の供給
  • 特性
    • 静止期(quiescent)と活性期を行き来
    • 細胞老化やストレスで機能低下
  • ニッチ:骨髄内の内皮細胞、骨芽細胞、間質細胞が支持
  • マーカー:CD34、CD38⁻、Sca-1(マウス)など

4. 神経幹細胞(Neural Stem Cells, NSCs)

  • 位置:成体では側脳室下帯(SVZ)、海馬歯状回(SGZ)
  • 機能:ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトを供給
  • 特性
    • 分裂は緩やかで、多くは休眠状態
    • 脳損傷後に活性化し神経再生を促す可能性
  • ニッチ:血管ニッチ、周囲のグリア細胞が分泌する成長因子
  • 制御経路:Notch、Sonic hedgehog、FGF2など

5. 肝幹細胞(Liver Stem/Progenitor Cells)

  • 位置:胆管周囲のCanals of Hering
  • 機能:肝細胞と胆管上皮細胞の両方に分化
  • 特性
    • 肝障害時にのみ活性化
    • Kupffer細胞や星細胞が再生を調整
  • マーカー:EpCAM、CK19、Sox9

6. 骨格筋衛星細胞(Satellite Cells)

  • 位置:筋線維の基底膜と細胞膜の間
  • 機能:筋損傷時の修復と肥大促進
  • 特性
    • Pax7陽性
    • 若年では高い再生能を持つが、加齢で減少
  • ニッチ:血管内皮細胞、筋線維そのものが支持

7. 幹細胞の共通的特徴と制御

  • 共通機能:自己複製、分化、多様なストレス応答
  • 制御因子:Wnt、Notch、TGF-β、Hedgehogなどのシグナル経路
  • ニッチの役割:幹細胞を適切な状態に保ち、過剰増殖や枯渇を防ぐ

まとめ

正常組織の幹細胞は、単なる「細胞供給源」ではなく、組織恒常性を守る司令塔です。各臓器ごとに分布やシグナル依存性が異なり、その特性を理解することは、がん研究や再生医療の基盤となります。


免責事項
本記事は教育・情報提供を目的としたものであり、医学的診断や治療の指針を提供するものではありません。研究や臨床応用には、必ず一次文献や専門家の監修を参照してください。