基礎医学

第7回:核酸医薬とRNA治療の最前線

● はじめに:核酸医薬とは何か

核酸医薬(nucleic acid therapeutics)とは、
DNA・RNAそのもの、またはその誘導体を“薬”として利用する治療法です。

小分子薬(低分子化合物)や抗体医薬と異なり、
遺伝子発現そのものを精密に制御する 点が最大の特徴です。

現在、以下のような核酸医薬が実用化・臨床応用されています:

  • アンチセンス核酸(ASO)
  • siRNA医薬
  • mRNAワクチン
  • アプタマー
  • CRISPRを用いたゲノム編集療法
  • RNA編集(ADAR)を用いた精密治療

本記事では、この中でも主要な領域をわかりやすく解説します。


■ 1. アンチセンス核酸(ASO):mRNAを狙い撃ちする薬

アンチセンス核酸とは、標的mRNAと相補的に結合する短い一本鎖核酸です。
結合後の作用メカニズムは複数あります。


● アンチセンス核酸の作用メカニズム

  1. RNase Hを介したmRNA分解
    → ASOがmRNAに結合するとRNase Hが標的mRNAを切断
  2. 翻訳阻害
    → リボソームが進めなくなる
  3. スプライシング制御
    → exon skippingやexon inclusionを誘導(DMD治療など)

● 代表例

  • ヌシネルセン(Spinraza)
    → 脊髄性筋萎縮症(SMA)治療
    → SMN2スプライシング調整を行うASO
  • Eteplirsen
    → Duchenne型筋ジストロフィー(DMD)でexon skippingを誘導

■ 2. siRNA医薬:RNA干渉(RNAi)を利用した遺伝子抑制

siRNA(small interfering RNA)は、細胞内で RISC複合体 に取り込まれ、標的mRNAを特異的に切断する薬です。


● siRNA医薬の特徴

  • 高い特異性
  • ごく少量でも強力な効果
  • 肝臓に自然集積しやすいため肝疾患に適用しやすい

● 代表的な薬剤

  • パチシラン(Onpattro)
    → トランスサイレチン型家族性アミロイドーシス
  • Givosiran
    → 急性肝性ポルフィリン症
  • Lumasiran
    → 原発性高シュウ酸尿症

■ 3. mRNAワクチン:COVID-19で一躍メジャーに

mRNAワクチンは、抗原タンパク質のmRNAを投与し、体内で翻訳させるワクチンです。

COVID-19を契機に、核酸医薬の代表格になりました。


● mRNAワクチンのメリット

  • 製造が迅速(感染症流行期に強み)
  • 抗原設計が容易
  • 強い免疫原性
  • ゲノムに組み込まれない

● なぜLNP(リポソーム)を使うのか?

mRNAはそのままでは分解されやすく、細胞膜を通れません。
LNP(脂質ナノ粒子)に封入し、安定化・送達を達成します。


■ 4. アプタマー(Aptamer):核酸版の“抗体”

アプタマーとは、
特定のタンパク質に立体構造で結合する一本鎖DNA/RNA で、“化学的に合成できる抗体”とも呼ばれます。

● 長所

  • 化学合成できるため品質が安定
  • 低免疫原性
  • 抗体よりも小さく組織浸透性が高い

● 臨床例

  • Macugen(pegaptanib)
    → 加齢黄斑変性の治療薬

■ 5. CRISPRによるゲノム編集治療

CRISPR-Cas9は細胞のDNAを精密に切断・書き換える技術です。

核酸医薬の一種として体内でゲノム編集を行う新しい治療法も実用化が進みつつあります。


● 代表例

  • CRISPR-Cas9を用いた鎌状赤血球症治療(Casgevy)
    → 2023年に承認
    → 造血幹細胞を改変し、胎児ヘモグロビンを誘導

● 課題

  • オフターゲット
  • 送達(delivery)問題
  • 免疫反応

■ 6. RNA編集(RNA editing):DNAを書き換えずに修復する技術

RNA編集(特にADARによる A→I 編集)は、
遺伝子を書き換えずに、mRNAレベルの修復のみ行う 点で注目されています。

● 長所

  • DNAを切らないため安全性が高い
  • 可逆的
  • 高い編集精度が期待できる

治験レベルでの応用も始まっています。


■ 7. 核酸医薬の課題と今後の展望

● 課題

  • 送達(Delivery):標的臓器へ効率よく届ける技術
  • 安定性:ヌクレアーゼ分解への対策
  • 免疫反応:特にRNA医薬は免疫刺激が課題
  • オフターゲット:遺伝子編集系の安全性確保

● 未来の方向性

  • 組織特異的LNP(肝臓以外へ届ける技術)
  • 自己増殖型mRNA(self-amplifying mRNA)
  • 長鎖非コードRNA(lncRNA)を標的とした治療
  • AIによる最適化配列設計
  • in vivo CRISPR治療の本格化

核酸医薬は、従来の薬では治療できなかった疾患に対し、新しい選択肢を提供しつつあります。


● まとめ

  • 核酸医薬はDNA/RNAを医薬品として利用する次世代治療
  • ASO・siRNA・mRNAワクチンは既に臨床応用
  • アプタマーやRNA編集、CRISPR治療も大きく進展
  • 課題は主に送達・安全性・安定性
  • 今後はより精密で個別化された巨大市場へ発展

第6回:核酸技術の進歩 ― PCRから次世代シーケンスまで

● はじめに:核酸技術は生命科学の“エンジン”

生命科学・医学研究は、DNAやRNAを正確に増幅し、解析する技術の進歩とともに発展してきました。
特に、

  • PCR(Polymerase Chain Reaction)
  • DNAシーケンス技術

は分子生物学の革命と呼ばれています。

本記事では、これら核酸技術の基本原理と、次世代シーケンスのような最新プラットフォームまでを体系的に紹介します。


■ PCR(Polymerase Chain Reaction):DNAを指数関数的に増やす技術

PCRは 微量なDNAを短時間で大量に増幅する手法 で、1983年にKary Mullisによって発明されました。


● PCRの基本原理

PCRは主に以下の3ステップを繰り返すことでDNAを増やします:

  1. 変性(Denaturation)
    94–98℃でDNA二本鎖を一本鎖に分離
  2. アニーリング(Annealing)
    50–65℃でプライマーが鋳型DNAに結合
  3. 伸長(Extension)
    72℃でTaqポリメラーゼが新しいDNA鎖を合成

このサイクルが繰り返されることで、DNA量は指数関数的に増大します。


● PCRを支える key 分子:耐熱性DNAポリメラーゼ

最も有名なのは Taqポリメラーゼ(Thermus aquaticus由来) ですが、現在では正確性の高い**校正活性(3’→5’エキソヌクレアーゼ活性)**を持つ高忠実度酵素(Phusion, Q5など)も広く使われています。


■ リアルタイムPCR(qPCR):増幅を“見ながら”測る

リアルタイムPCR(qPCR)は、DNA増幅量をサイクルごとに蛍光でモニタリングする技術です。

● 2つの主要方式

  • SYBR Green法:二本鎖DNAに結合する蛍光色素
  • TaqManプローブ法:シーケンス特異的プローブにより高い特異性

● 定量の考え方

  • Ct値(Cycle threshold):蛍光が閾値を超えたサイクル
  • Ctが低いほど 初期DNA量が多い

遺伝子発現定量、ウイルス量測定など幅広く利用されます。


■ サンガー法(Sanger sequencing):古典的だが今でも現役

1977年に開発されたジデオキシ法によるDNAシーケンス。
原理は実にシンプルで、鎖終結ヌクレオチド(ddNTP) を利用します。


● サンガー法の特徴

  • 高精度
  • リード長が比較的長い(700–900 bp)
  • 小規模解析に最適
  • ただしスループットが低いため大規模ゲノム解析には不向き

現在では、個別遺伝子の検証、遺伝子組み換え確認などに主に使用されています。


■ 次世代シーケンス(NGS):ゲノム解析の革命

2000年代中頃、NGS技術の誕生によってゲノム解析の速度が劇的に向上しました。
NGSは、数百万〜数十億のDNA断片を並列に同時シーケンスできる点が最大の特徴です。


■ NGSの主なプラットフォーム


① Illumina(短鎖リード:Short-read sequencing)

世界で最も使用されているNGS方式。
蛍光標識されたヌクレオチドの “塩基ごとに1 stepずつの合成” をリアルタイムで読み取ります。

特徴:

  • 高精度(誤り率が極めて低い)
  • 高スループット
  • リード長は短い(100–300 bp)
  • ゲノム解析・RNA-seq・ChIP-seqなど多用途

② PacBio(長鎖リード:Long-read sequencing)

SMRT(Single Molecule Real-Time) 技術を利用。
DNAポリメラーゼを1分子レベルで観察しながらシーケンスします。

長所:

  • 非常に長いリード(10–20 kb以上)
  • アイソフォーム解析や構造多型の検出に強い

③ Oxford Nanopore(超長鎖リード)

DNAがナノポアを通過する際の電流変化を読み取る方式。

特徴:

  • 携帯型機器(MinION)でも解析可能
  • リード長が無制限(100 kb–1 Mb超も可能)
  • エピジェネティック修飾(メチル化)を同時検出可能

■ NGSが可能にした解析の幅

NGSにより、研究は大きく変わりました。

● ゲノム解析(Whole-genome sequencing)

個体差、突然変異、がんの遺伝子変異解析が容易に。

● RNAシーケンス(RNA-seq)

遺伝子発現の網羅的解析が可能に。

● シングルセルRNA-seq

個々の細胞の遺伝子発現を解析することで、細胞多様性の理解が深化。

● メタゲノム解析

環境中微生物を培養せずに解析。


■ 近年の核酸技術の進歩

● デジタルPCR(dPCR)

DNAを多数の小区画に分割し、絶対定量を可能にした技術。

● 空間トランスクリプトミクス(Spatial transcriptomics)

組織切片上で遺伝子発現を空間的に解析。

● 超高速・超並列のシーケンスアルゴリズム

深層学習によるベースコーリング精度の向上も進んでいます。


● まとめ

  • PCR はDNAを指数関数的に増やす画期的技術
  • qPCR により定量解析が可能に
  • サンガー法 は高精度で今も重要
  • NGS は生命科学研究の変革をもたらした
  • 長鎖リード(PacBio、Nanopore)は構造多型解析の決定版
  • 空間解析やシングルセル解析など、新しい核酸技術が続々登場

核酸技術の進歩は、“生命を読み解く速度”を飛躍的に加速しています。

第5回:転写と翻訳 ― 遺伝情報の発現

● はじめに:遺伝情報発現とは

細胞は、DNAに保存された情報を必要に応じて読み取り、mRNAを作り、さらにタンパク質へ変換することで生命活動を維持しています。この「DNA → RNA → タンパク質」という流れはセントラルドグマと呼ばれ、生命科学の基礎原理です。

本記事では、その中心となる 転写(Transcription)翻訳(Translation) を詳しく解説します。


■ 転写(Transcription):DNAからRNAを作るプロセス

転写とは、DNAの特定領域の塩基配列をRNAへ写し取る反応です。主役となる酵素は RNAポリメラーゼ です。


● 1. 転写開始(Initiation)

● プロモーター領域

転写開始にはDNAの上流にある**プロモーター(promoter)**と呼ばれる配列が必要です。

  • 真核生物:TATA box(−25付近)など
  • 原核生物:−10, −35領域のコンセンサス配列

● 転写因子(Transcription factors)

真核生物では、RNAポリメラーゼは単独ではプロモーターを認識できません。
まず**基本転写因子(TFIID, TFIIB, TFIIHなど)**が集まり、転写開始複合体が形成されます。

● DNAの局所的な解離

TFIIHのヘリカーゼ活性によってDNA二重らせんがほどかれ、1本鎖が露出します。
ここからRNA合成がスタートします。


● 2. 転写伸長(Elongation)

RNAポリメラーゼはDNA鋳型鎖を読み取りながら、

  • A→U
  • T→A
  • C→G
  • G→C

という相補的塩基対を利用してRNAを合成します。

RNAは 5’→3’方向 に伸長され、ポリメラーゼはDNA上を滑るように進行します。


● 3. 転写終結(Termination)

終結シグナルに到達するとRNA鎖が解離して転写が終了します。

  • 原核生物:Rho依存性/非依存性終結
  • 真核生物:ポリAシグナル(AAUAAA)による切断とポリA付加

● 4. 真核生物に固有の mRNA成熟(mRNA processing)

真核生物では転写直後の**前駆体mRNA(pre-mRNA)**はそのままでは機能せず、以下の修飾を受けます:

  1. 5’キャップ付加
    → 翻訳開始とRNA安定化に必須
  2. スプライシング(intronsの除去、exonsの連結)
  3. 3’末端のポリA付加(polyadenylation)
    → 核外輸送、安定性の向上

これにより成熟mRNAができ、核外へ輸送されて翻訳の場(細胞質)へ向かいます。


■ 翻訳(Translation):mRNAからタンパク質を作るプロセス

翻訳は リボソーム(ribosome) が中心となる反応で、mRNAの塩基配列がアミノ酸配列へ変換されます。


● 1. 翻訳開始(Initiation)

● 翻訳開始因子(eIFs)とリボソーム

真核生物のリボソームは

  • 40S小サブユニット
  • 60S大サブユニット
    から構成されます。
  1. 40Sサブユニットが開始因子とともにmRNAの 5’キャップ を認識
  2. Kozak配列(AUG近傍のコンセンサス)を探索
  3. 開始コドンAUGに到達すると60Sが結合し、リボソームが完成

● 2. 翻訳伸長(Elongation)

● tRNAの役割

tRNAは以下を同時に持つ重要な分子です:

  • アンチコドン:mRNAのコドンに結合
  • アミノ酸付加部位:特定のアミノ酸を保持

こうして「コドンとアミノ酸の対応関係」を実現しています。

● ペプチド結合形成

リボソームは3つの槽(A, P, Eサイト)を持ち、A→P→EとtRNAが移動します。
アミノ酸同士は ペプチジルトランスフェラーゼ 活性によって連結され、ポリペプチド鎖が伸びていきます。


● 3. 翻訳終結(Termination)

終止コドン(UAA, UAG, UGA)に到達すると リリース因子(RF) が結合し、ポリペプチド鎖が解離します。

タンパク質はその後、折り畳み(フォールディング)や翻訳後修飾を受けて機能を獲得します。


■ 遺伝子発現調節のポイント

転写と翻訳は単に情報を写し取るだけでなく、次のような段階で厳密に調節されています:

  • 転写因子によるプロモーター活性調節
  • エピジェネティック制御(DNAメチル化、ヒストン修飾)
  • 代替スプライシング
  • miRNAによるmRNA分解/翻訳抑制
  • タンパク質の分解(ユビキチン・プロテアソーム系)

これらの多層的な制御により、細胞は状況に応じて適切なタンパク質量を確保します。


● まとめ

  • 転写:DNAからmRNAが作られる
  • mRNAの成熟(真核生物):キャップ付加・スプライシング・ポリA付加
  • 翻訳:リボソームがmRNAを読み取り、tRNAを介してタンパク質を合成
  • 遺伝子発現は多段階かつ精緻に調節されている

転写と翻訳は、細胞が生命活動を営むうえで欠かせない中心プロセスです。

核酸シリーズ 第4回:DNAの複製機構 ― 遺伝情報の正確な継承

DNA複製とは何か

DNA複製(DNA replication)は、細胞分裂に先立ってDNAを正確にコピーするプロセスです。
「セミコンザーバティブ(半保存的)複製」と呼ばれ、
元の2本鎖のうち1本が新しい鎖のテンプレートとして残るという特徴があります。

複製の過程は大きく分けて

  1. 複製開始(Initiation)
  2. 伸長(Elongation)
  3. 終結(Termination)
    の3段階です。

複製の開始:複製起点(Origin)

複製は、ゲノム上の特定配列である**複製起点(origin of replication; ori)**から始まります。

  • 原核生物(大腸菌など):通常ひとつのoriC
  • 真核生物:複数の複製起点が存在し、一斉に複製が進む

複製開始の主な流れは以下の通りです。

  1. 起点認識タンパク質がoriに結合
  2. ヘリカーゼが呼び込まれ、二本鎖DNAをほどく
  3. 一本鎖DNA結合タンパク質(SSB/RPA)が結合し、再会合を防ぐ
  4. プライマー合成酵素(プライマーゼ)がRNAプライマーを合成

これにより、複製フォークが形成され、DNA合成が開始可能になります。


複製フォークの形成とDNAポリメラーゼ

DNA合成の中心となる酵素が**DNAポリメラーゼ(DNA polymerase)**です。
ただし、ポリメラーゼには重要な制約があります。

  • 新しいヌクレオチドは 3′末端 OH にしか付加できない
  • 完全なゼロからは合成できず、プライマーを必要とする

このため、プライマーゼが合成したRNAプライマーがスタート地点となります。

複製フォークでは以下の酵素が協調して働きます。

酵素役割
ヘリカーゼDNAを解きほぐす
SSB/RPA一本鎖DNAの安定化
DNAポリメラーゼ(δ/ε または Pol III)伸長反応
スライディングクランプ(PCNA/βクランプ)ポリメラーゼのプロセシビティを維持
トポイソメラーゼDNAのねじれ応力を解消
リガーゼ断片を結合

リーディング鎖とラギング鎖

DNAは5′→3′方向にしか合成できないため、複製フォークの進行方向と同じ鎖と逆方向の鎖で挙動が異なります。

■ リーディング鎖(Leading strand)

  • 5′→3′方向がフォークの進行方向と一致
  • 連続的に合成される

■ ラギング鎖(Lagging strand)

  • 逆方向のため、不連続に合成
  • **オカザキフラグメント(約100–200 nt in 真核細胞)**として断片的に作られる
  • その後、
    • RNAプライマーの除去
    • 欠損部分のDNA合成
    • DNAリガーゼによる結合
      が行われて一本の鎖となる

この非対称性こそが、DNA複製を理解する際の最も重要なポイントです。


DNAポリメラーゼの校正機構(Proofreading)

DNA複製の誤りは非常に少なく、10⁷塩基あたり1回程度と言われます。
この高精度を支えるのがDNAポリメラーゼの**校正機構(3′→5′エキソヌクレアーゼ活性)**です。

  • 誤った塩基が取り込まれる
  • ポリメラーゼが停止
  • エキソヌクレアーゼ活性で誤りを切り取る
  • 再び合成に戻る

これにより、塩基選択のミスが迅速に修正されます。


複製後修復(Mismatch Repair)

校正をすり抜けた誤りをさらに修正するシステムが**ミスマッチ修復(MMR)**です。
MMRは、

  • 新しく合成された鎖を識別
  • 誤った塩基(ミスマッチ)を切除
  • 正しい配列に修復

することで、最終的な誤り率を10⁹〜10¹⁰塩基あたり1回レベルまで低下させます。

MMRの欠損は、大腸がんでみられる**マイクロサテライト不安定性(MSI)**の原因にもなります。


真核生物固有の特徴

真核細胞では、複製はS期に限定され、複製起点の再使用を防ぐための厳密な制御が存在します。

  • ORC(origin recognition complex)
  • MCMヘリカーゼ
  • CDKによる複製起点のライセンス制御

これらにより、DNAは1細胞周期あたり1回だけ複製されるよう管理されています。


複製の終結

複製フォークが隣接するフォークと出会う、あるいは染色体末端(テロメア)に到達すると複製は終結します。

特にテロメアでは、末端短縮を補うため
テロメラーゼ(telomerase)
が働き、テロメアDNAを延長します。

これは老化やがん化とも深く関わります。


まとめ

  • DNA複製は「半保存的」であり、1本がテンプレートとして残る
  • 複製起点からフォークが形成され、多数の酵素が協働して進行
  • リーディング鎖は連続、ラギング鎖は不連続(オカザキフラグメント)
  • DNAポリメラーゼの校正とミスマッチ修復が高精度を保証
  • 真核細胞では複製起点の管理とテロメア維持が重要

核酸シリーズ 第3回:RNAの多様な構造と機能

RNAとは何か

RNA(リボ核酸, ribonucleic acid)は、DNAと同じくヌクレオチドの重合体ですが、構造と性質にいくつかの違いがあります。
主な特徴は以下の通りです。

特徴RNADNA
リボースデオキシリボース
塩基A, U, G, CA, T, G, C
一本鎖が基本二本鎖
安定性化学的に不安定非常に安定
主な役割情報伝達・調節・触媒情報保存

RNAは単なる「DNAのコピー」ではなく、構造・機能の多様性をもつ分子として進化してきました。


RNAの一次・二次・三次構造

RNAは一般的に一本鎖ですが、内部で部分的に塩基対を形成し、**二次構造(ヘアピン構造など)**をとります。
さらに複雑な折りたたみを経て、三次構造を形成します。

この立体構造こそが、RNAが単なる情報伝達分子にとどまらず、酵素的活性(リボザイム)や分子認識機能を発揮できる理由です。


主要なRNAの種類と機能

RNAには多くの種類がありますが、代表的なものを以下に整理します。

1. メッセンジャーRNA(mRNA)

DNAの情報を転写してタンパク質合成の鋳型となるRNAです。
転写後、スプライシング・キャッピング・ポリA付加などの修飾を受けて成熟mRNAとなり、リボソームで翻訳されます。

2. トランスファーRNA(tRNA)

翻訳の際に、アミノ酸をリボソームへ運ぶ分子です。
tRNAは「クローバー葉構造」をとり、3つの塩基からなるアンチコドンでmRNA上のコドンを認識します。

3. リボソームRNA(rRNA)

リボソームの構成要素であり、タンパク質合成の場を形成します。
rRNA自体が触媒的にペプチド結合形成を担っており、「リボザイム(ribozyme)」として機能します。


調節性RNA ― 遺伝子発現の微調整

21世紀に入り、RNAの「調節因子」としての役割が注目されています。

1. miRNA(マイクロRNA)

20〜25塩基程度の短いRNAで、mRNAに結合して翻訳抑制や分解を誘導します。
遺伝子発現の微調整に関与し、発生・分化・がん・代謝などに重要な役割を果たします。

2. siRNA(スモールインターフェアリングRNA)

二本鎖RNA由来で、mRNAを特異的に分解する**RNA干渉(RNAi)**を介して遺伝子発現を抑制します。
研究や医薬品開発で広く利用されています。

3. lncRNA(ロングノンコーディングRNA)

200塩基以上の長い非コードRNAで、転写制御・クロマチン修飾・スプライシング調節など多様な機能をもちます。
代表例として、X染色体の不活性化に関与する Xist RNA があります。


触媒RNA(リボザイム)

RNAの中には、酵素のように化学反応を触媒するRNAが存在します。
これを リボザイム(ribozyme) と呼びます。

代表的な例として、

  • リボソーム内のrRNAによるペプチド結合形成
  • スプライシングを行うスプライソソームRNA
    などがあります。

リボザイムの発見は、RNAが「情報を運ぶだけでなく、生命反応を触媒できる」ことを示し、生命の起源研究にも大きな影響を与えました。


RNAワールド仮説

生命の起源を説明する仮説のひとつに、**RNAワールド仮説(RNA world hypothesis)があります。
これは、初期の生命ではRNAが
遺伝情報の保存(DNAの役割)化学反応の触媒(タンパク質の役割)**の両方を担っていたという考え方です。

リボザイムの存在や、RNAの自己複製能の発見は、この仮説を支持する重要な証拠となっています。


RNAの安定性と分解

RNAは2′-OH基をもつため、アルカリ条件やリボヌクレアーゼ(RNase)によって分解されやすいという特徴があります。
この不安定さは、逆に細胞が一時的な情報伝達や制御を柔軟に行う上で有利に働きます。


まとめ

  • RNAは一本鎖で、多様な二次・三次構造を形成できる
  • mRNA、tRNA、rRNAがタンパク質合成を担う中心的分子
  • miRNAやsiRNAなどの非コードRNAが遺伝子発現を調節
  • 一部のRNAは触媒機能をもち、生命の起源にも関与
  • 不安定だが、動的な情報制御に最適化された分子

核酸シリーズ 第2回:DNAの二重らせん構造とその安定性

二重らせん構造の発見

DNAが二重らせん構造をとることを明らかにしたのは、1953年のジェームズ・ワトソンフランシス・クリックです。
彼らはロザリンド・フランクリンによるX線回折像を参考に、DNAが「2本のヌクレオチド鎖からなるらせん構造」であると提唱しました。
この構造モデルは「ワトソン・クリックモデル」と呼ばれ、分子生物学の基盤となりました。


DNAの基本構造

DNAは、2本のヌクレオチド鎖が互いに巻きついた「二重らせん(double helix)」構造を形成しています。

それぞれの鎖は、

  • 糖とリン酸が交互に連なるリン酸-糖骨格(phosphodiester backbone)
  • 内側に突き出した塩基(A, T, G, C)

から構成されています。

2本の鎖は塩基同士の水素結合で結ばれ、特定の組み合わせで対を形成します。


塩基対の法則 ― 相補性

DNAの塩基は、次のように相補的に対を作ることができます。

  • アデニン(A)=チミン(T) … 2本の水素結合
  • グアニン(G)=シトシン(C) … 3本の水素結合

この組み合わせの原則を「ワトソン・クリックの塩基対(base pairing)」と呼びます。
この**相補性(complementarity)**によって、DNAは正確に複製され、遺伝情報が子孫に受け継がれます。


二重らせんの方向性

DNAの2本鎖は**逆平行(antiparallel)**に並んでいます。
すなわち、片方の鎖が 5′ → 3′ 方向、もう一方が 3′ → 5′ 方向に走っています。

これは、ヌクレオチド間のリン酸結合が常に「5′のリン酸」と「3′の水酸基」をつなぐためです。
この方向性が、DNA複製や転写の際の酵素の進行方向を決定しています。


二重らせんの安定性

DNAの二重らせんは、以下の複数の要因によって高い安定性を保っています。

  1. 水素結合
     塩基間の水素結合が、2本鎖を特異的に結びつけます。
  2. 塩基間のスタッキング相互作用(base stacking)
     塩基の平面構造同士が重なり合い、疎水性相互作用とファンデルワールス力により安定化します。
  3. リン酸骨格の静電的反発の中和
     DNAの外側にある負に帯電したリン酸基は、Mg²⁺やNa⁺などの陽イオンによって中和され、安定化します。

これらの要素が組み合わさることで、DNAは細胞内で非常に頑丈な構造を保つことができます。


DNAの構造型 ― A型・B型・Z型

DNAにはいくつかの立体構造型が知られています。

特徴生理的条件での存在
B型DNA右巻きらせん。最も一般的で安定。通常の細胞条件下
A型DNAB型よりも短く太い右巻き構造。乾燥条件下で観察されやすい。
Z型DNA左巻きらせん。G-Cに富む配列で形成されやすい。一部の遺伝子調節領域など

特にB型DNAが生理的な主要構造であり、遺伝情報の安定な保存に寄与しています。


DNA構造の生物学的意義

二重らせん構造には、生命維持のうえで重要な特徴がいくつもあります。

  • 複製の容易さ:2本鎖の相補性を利用して、片方を鋳型に新しい鎖を合成できる。
  • 情報の保護:塩基部分が内部に収納され、外的損傷を受けにくい。
  • 高密度の情報記録:単純な4文字(A, T, G, C)の組み合わせで、膨大な情報を保存可能。

このようにDNAは、安定性と柔軟性を兼ね備えた、まさに「生命の記録媒体」といえます。


まとめ

  • DNAは2本のヌクレオチド鎖からなる二重らせん構造を持つ
  • 塩基対(A=T, G≡C)の相補性により、正確な情報伝達が可能
  • 水素結合とスタッキング相互作用がDNAの安定性を支える
  • 構造型としてB型が主流、Z型DNAは遺伝子発現調節にも関与

次回(第3回)は、**「RNAの多様な構造と機能」**について解説します。
RNAはDNAよりも多彩な形態と働きを持つ分子であり、生命現象における“動的な情報伝達”の主役です。

核酸シリーズ 第1回:核酸とは何か ― 生命の情報を担う分子

核酸とは何か

核酸(nucleic acid)は、すべての生物がもつ遺伝情報を担う分子です。
私たちの体をつくる設計図、つまり「どのタンパク質をどのように作るか」という情報は、すべて核酸に記録されています。

核酸には大きく分けて2種類があります:

  • DNA(デオキシリボ核酸):遺伝情報を長期的に保存する分子
  • RNA(リボ核酸):DNAの情報を一時的に写し取り、タンパク質合成に利用する分子

ヌクレオチド ― 核酸の基本単位

核酸は「ヌクレオチド(nucleotide)」と呼ばれる単位が多数連なってできています。
ヌクレオチドは次の3つの要素から構成されます。

  1. リン酸(phosphate group)
  2. 糖(sugar):DNAではデオキシリボース、RNAではリボース
  3. 塩基(base):アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)、ウラシル(U)

塩基は情報の“文字”に相当します。
DNAでは A, T, G, C の4種類、RNAでは A, U, G, C の4種類の塩基が使われています。


DNAとRNAの違い

特徴DNARNA
糖の種類デオキシリボースリボース
塩基A, T, G, CA, U, G, C
鎖の数二本鎖一本鎖
安定性高い低い
主な役割遺伝情報の保存情報伝達、触媒、調節

DNAは二本鎖で安定しており、細胞核の中に長期的に保管されています。
一方、RNAは一時的に合成される分子で、メッセンジャーRNA(mRNA)リボソームRNA(rRNA) など、さまざまな種類が存在します。


塩基配列と遺伝情報

DNA上の塩基配列(A, T, G, Cの並び)は、遺伝子を形成します。
遺伝子は、タンパク質を合成するための情報をコードしています。
つまり、塩基の並び方が異なれば、合成されるタンパク質のアミノ酸配列も変わり、生物の性質の違いにつながります。

このように、核酸は「情報を保存・伝達する化学分子」であり、生命の本質的な記録媒体といえます。


核酸研究の始まり

核酸が初めて発見されたのは1869年、スイスの化学者ミーシェルによってでした。
彼は白血球から「ヌクレイン」と呼ばれる物質を分離し、後にこれがDNAであることが明らかになります。
その後、ワトソンとクリックによる**DNA二重らせん構造(1953年)**の発見が、分子生物学の時代を切り開くことになりました。


まとめ

  • 核酸はDNAとRNAの2種類に分かれる
  • 基本単位はヌクレオチド(リン酸+糖+塩基)
  • 塩基配列が遺伝情報をコードしている
  • DNAは情報の保存、RNAは情報の利用を担う

次回(第2回)は、**「DNAの二重らせん構造とその安定性」**について解説します。
DNAがどのようにして情報を安定的に保持できるのか、その分子構造の巧妙さを詳しく見ていきます。

CRISPRaとCRISPRiとは?遺伝子発現を操作するCRISPR技術をわかりやすく解説

CRISPRa(CRISPR activation)とCRISPRi(CRISPR interference)は、CRISPR-Cas9技術を応用した「遺伝子発現の調節システム」です。通常のCRISPR-Cas9はDNAを切断して遺伝子を改変しますが、CRISPRa/iはDNAを切らずに遺伝子のスイッチを「オンまたはオフ」にすることができます。つまり、ゲノムの配列を変えずに、遺伝子の発現量だけを調整できる画期的な技術です。


CRISPRa / CRISPRiの基本構造

両者に共通して使われるのは、**dCas9(dead Cas9 / catalytically inactive Cas9)**と呼ばれる「DNAを切らないCas9」です。

  • dCas9:DNAに結合はできるが切断能力を失ったCas9変異体
  • sgRNA(ガイドRNA):標的とする遺伝子のプロモーター領域や転写開始点に誘導

このdCas9に転写活性化因子や抑制因子を融合させることで、目的遺伝子の発現を上げたり下げたりします。


CRISPRi(遺伝子抑制:CRISPR interference)

CRISPRiでは、dCas9が標的遺伝子のプロモーターや転写開始点に結合し、RNAポリメラーゼの進行を妨害します。さらに、抑制因子(KRABタンパク質など)を融合することで、より強力に転写を阻害します。

  • DNAは切断されない
  • 遺伝子の配列は変わらず、安全性が高い
  • 可逆的で、一時的な遺伝子抑制が可能

CRISPRa(遺伝子活性化:CRISPR activation)

CRISPRaでは、dCas9に転写活性化ドメイン(VP64, p65, Rtaなど)を融合して、標的遺伝子の転写を促進します。プロモーターやエンハンサー付近に結合することでRNAポリメラーゼを呼び込み、遺伝子発現を強力に増加させます。

  • DNAを切らず、配列を変えない
  • 発現を数倍〜数百倍に上げることも可能
  • 定常状態でほとんど発現していない遺伝子も活性化できる

CRISPRa/iと従来のCRISPR-Cas9との違い

特徴CRISPR-Cas9CRISPRiCRISPRa
DNA切断ありなしなし
遺伝子配列の変更ありなしなし
主な目的ノックアウト / ノックイン遺伝子抑制遺伝子活性化
可逆性低い高い高い
応用遺伝子改変機能解析・疾患モデル発現制御・再生医療

応用例

研究分野

  • 遺伝子機能の解析(ノックダウンより精密)
  • スクリーニングによる疾患関連遺伝子の探索
  • エピジェネティクス調節の研究

医療・治療応用

  • ショウジョウバエやマウスで神経疾患モデルに応用
  • 遺伝性疾患で不足する遺伝子産物を補うためのCRISPRa治療
  • iPS細胞や再生医療で特定遺伝子を一時的に活性化

メリットと課題

メリット

  • DNAを切らないため、安全性が高い
  • 可逆的で一時的な制御が可能
  • 多遺伝子同時制御も容易

課題

  • 発現効率が細胞・遺伝子によって異なる
  • sgRNAの標的位置によって効果が大きく変動
  • オフターゲットによる予期せぬ発現変動のリスク

まとめ

CRISPRaとCRISPRiは、DNA配列を変えることなく遺伝子発現を自在に操作できる革新的な技術です。dCas9とsgRNAを活用し、遺伝子のスイッチをオン・オフできるため、研究・医療・細胞工学において欠かせないツールとなりつつあります。今後、再生医療や遺伝子治療への応用がさらに加速すると期待されています。

DNAを切らずに遺伝子を書き換える技術:Base Editor(塩基置換編集)をわかりやすく解説

Base Editor(ベースエディター、塩基置換編集)は、CRISPR-Cas9技術を改良して生まれた次世代のゲノム編集技術です。従来のCRISPR-Cas9はDNAを二本鎖切断して修復過程で変異を導入しますが、Base EditorはDNAを切断せずに、特定の塩基を別の塩基に直接変換します。そのため、より正確で細胞へのダメージが少ない点が特徴です。


Base Editorとは何か

DNAはA(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)の4種類の塩基で構成されています。Base Editorは、この塩基の一つを別の塩基へ狙って変換する技術で、特に「点変異(1塩基の変化)」が原因となる遺伝病の修復に適しています。

主なタイプは以下の2種類です。

  • CBE(Cytosine Base Editor):C→T(またはG→A)へ変換
  • ABE(Adenine Base Editor):A→G(またはT→C)へ変換

技術の仕組み

Base Editorは以下の要素で構成されています。

  • 変異型Cas9(nickase Cas9、nCas9):DNAを二本鎖切断せず、片方の鎖だけを切るよう改変されたCas9。
  • デアミナーゼ酵素:CBEではAPOBEC1、ABEではTadAなど。標的塩基を化学的に変換します。
  • sgRNA(ガイドRNA):目的のDNA配列にCas9を誘導するRNA。

例えばCBEの場合、nCas9が標的DNAに結合し、APOBEC1がCをU(ウラシル)に変換します。細胞の修復機構がUをTとして認識し、結果としてC→T(G→A)への書き換えが起こります。


CRISPR-Cas9との違い

特徴CRISPR-Cas9Base Editor
DNA切断二本鎖切断切断しない(片鎖のみ)
主な修復機構NHEJ / HDR化学変換と修復
主な用途ノックアウト・ノックイン点変異の修正
精度インデルが発生しやすいインデルが少なく精度が高い

応用分野

医療

  • 鎌状赤血球症、βサラセミア、家族性高コレステロール血症などの点変異疾患の修正
  • 網膜疾患や肝疾患など体内での遺伝子治療(in vivo編集)

研究

  • 病因遺伝子の解析
  • 変異導入モデル細胞・モデル動物の作製
  • 遺伝子スクリーニングによる薬剤の標的探索

メリット

  • DNAを切らないため、染色体の大規模な欠損や再構成のリスクが低い
  • HDRに依存しないため、分裂しない細胞でも編集可能
  • 1塩基の精密な変換が可能

課題と問題点

  • オフターゲット編集:似た配列やRNAにも誤変異が起こる場合がある
  • 編集可能範囲の制限:PAM配列や編集ウィンドウの制約がある
  • 脱アミノ化の副作用:デアミナーゼが意図しない場所を編集するリスク

Prime Editingとの比較

Base Editorは1塩基変換に特化しています。一方、Prime Editingは「挿入・欠失・塩基置換」すべてに対応できる柔軟な技術です。ただし構造が複雑で、現在はBase Editorの方が臨床応用に近いとされています。


まとめ

Base EditorはDNAを切断せずに一塩基を変換できる次世代の遺伝子編集技術です。高い精度と低リスクで遺伝病の根本治療に近づく手段として期待されていますが、オフターゲットや倫理的課題など解決すべき問題も残されています。今後もCRISPR技術の進化とともに、医療・研究・農業の分野でその可能性がさらに広がると考えられます。

CRISPR-Cas9とは?しくみ・応用・医療への可能性をわかりやすく解説

CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)は、細胞内のDNAを狙った場所で正確に切断し、遺伝子を改変できる技術です。2012年にJennifer DoudnaとEmmanuelle Charpentierによって原理が報告され、生命科学・医学・農業など幅広い分野で革命的な技術として注目されています。


CRISPR-Cas9とは何か

もともとCRISPRは、細菌や古細菌がウイルス(ファージ)から身を守るために持つ「獲得免疫システム」です。細菌は侵入してきたウイルスのDNA断片を記憶し、次に同じウイルスが侵入した際、その配列を認識してCas(CRISPR-associated)タンパク質がDNAを切断して無力化します。このシステムを人工的に応用したものがCRISPR-Cas9です。


仕組み:sgRNAとCas9によるDNA切断

CRISPR-Cas9の中心となる構成要素は次の2つです。

  • Cas9酵素:DNAを切断する分子ハサミ。
  • sgRNA(single guide RNA):標的DNA配列を認識し、Cas9を誘導するガイドRNA。

sgRNAは標的DNAに結合し、PAM配列(例えばSpCas9では 5’-NGG-3’)の直前でCas9が二本鎖DNAを切断します。これにより細胞は修復機構(NHEJまたはHDR)を動員し、遺伝子に変異や特定配列の挿入が起こります。


遺伝子編集の2つのパターン

  1. ノックアウト(Knockout)
    DNA切断後、NHEJ修復によって塩基の欠失や挿入(インデル)が生じ、遺伝子の機能が失われます。
  2. ノックイン(Knockin)
    HDR修復を利用して、外来DNA(例えば蛍光タンパク遺伝子やタグ)を特定の位置に挿入します。

応用分野

1. 医療・治療への応用

  • 血液疾患(鎌状赤血球症、βサラセミア)で臨床試験が進行中
  • がん免疫療法(CAR-T細胞の遺伝子編集)
  • 網膜疾患など体内での直接遺伝子編集(in vivo Gene Editing)

2. 研究分野

  • 遺伝子機能解析(ノックアウトマウスや細胞株の作製)
  • 遺伝子スクリーニングによる薬剤標的探索
  • 疾患モデルの作製による病態解明

3. 農業・畜産

  • 病害抵抗性植物や気候変動耐性作物の開発
  • 筋肉量を増やした家畜、アレルゲン低減食品の開発

メリットと強み

  • 高い精度と効率
  • 設計が容易(sgRNAの配列を変えるだけ)
  • 従来のZFNやTALENより低コストで迅速

課題と安全性

  • オフターゲット効果:似た配列のDNAが誤って切断される可能性
  • 倫理的問題:ヒト胚への編集、遺伝的改変の世代伝播
  • 免疫反応:Cas9が細菌由来であるため、体内で免疫反応を起こす報告もあり

今後の展望

近年は改良型技術も登場しています。

  • Base Editor(塩基置換編集):DNAを切断せずに一塩基の書き換えが可能
  • Prime Editing:より正確な配列挿入や置換が可能
  • CRISPRa/CRISPRi:切断せずに遺伝子発現を増強・抑制する技術

これらの進化により、CRISPR技術は「治療」「再生医療」「創薬」「農業イノベーション」など多方面の未来を変える可能性を秘めています。


まとめ

CRISPR-Cas9は、sgRNAとCas9酵素を利用してDNAを狙って切断し、遺伝子を自由に改変できる技術です。生命科学を大きく変えた技術でありながら、医療応用には安全性・倫理の配慮が欠かせません。今後の進化と社会的議論の両立が、未来の使用方法を決定していくでしょう。