ウイルス学シリーズ第1回:ウイルス学の概論 ― ウイルスとは何か?

ウイルスとは何か

ウイルスは「自己複製能力を持つが、単独では生きられない存在」として知られます。細菌のように代謝系を持たず、宿主細胞に寄生してはじめて増殖できます。この「生物と非生物の中間にある存在」という曖昧な立場が、ウイルス学の面白さのひとつです。


ウイルスの基本構造

ウイルスは大きく次の3要素から成り立っています。

  1. 核酸(遺伝情報)
     ウイルスの遺伝情報は DNA または RNA のいずれかであり、二本鎖・一本鎖の違いによっても性質が大きく変わります。
  2. カプシド(タンパク質の殻)
     ウイルスゲノムを保護し、宿主への侵入を助ける役割を持ちます。形は球状(イコサヘドラル)やらせん状など多様です。
  3. エンベロープ(脂質膜)
     一部のウイルスは宿主細胞から膜を借りてエンベロープを持ちます。インフルエンザや新型コロナウイルスなどが代表的です。

ウイルスの増殖過程

ウイルスの増殖は「感染サイクル」と呼ばれ、以下の段階で進行します。

  1. 吸着(Attachment) – 宿主細胞表面の受容体に結合
  2. 侵入(Entry) – 細胞内へ取り込まれる
  3. 脱殻(Uncoating) – カプシドを外して核酸を放出
  4. 複製・翻訳(Replication & Translation) – 宿主のリボソームや酵素を利用してウイルス成分を作る
  5. 組み立て(Assembly) – 新しいウイルス粒子を構築
  6. 放出(Release) – 細胞を破壊(溶解)または出芽して外へ放出

宿主細胞の機能を乗っ取る巧妙な仕組みは、分子生物学の発展に大きな貢献をしてきました。


ウイルスと宿主の関係

ウイルス感染は常に病気を引き起こすわけではありません。
ウイルスと宿主は長い進化の過程で共存関係を築いており、無症候性感染や持続感染を示すこともあります。
一方で、免疫逃避遺伝子変異を通じて宿主防御をすり抜けるウイルスも存在します。


ウイルス学の発展

ウイルスは顕微鏡でも見えないほど小さく、当初は「濾過性病原体」として発見されました。
20世紀に電子顕微鏡が登場するとその構造が明らかになり、現在ではゲノム解析やワクチン開発においても中心的な研究対象となっています。


生命と非生命の狭間

ウイルスは自力でエネルギー代謝を行わず、宿主がいなければ増殖できません。そのため「生命体かどうか」という哲学的な議論が続いています。
しかし、ウイルスは地球上の生態系に深く関わり、遺伝子進化の推進者でもあります。


次回予告

次回は「DNAウイルス ― 遺伝情報をDNAで持つウイルスたち」をテーマに、アデノウイルスやヘルペスウイルスを例に詳しく解説します。

研究で使われるマウスの種類と用途 ― 実験目的に応じた最適なモデル選択

研究用マウスとは

マウス(Mus musculus)は、遺伝子操作の容易さ、繁殖力の高さ、ヒトとの遺伝的相同性(約95%)などから、生命科学研究の主要なモデル動物です。基礎研究から創薬、がん、免疫、神経、再生医療まで幅広く活用されています。
ここでは、研究目的別に主要なマウス系統を解説します。


1. 近交系マウス(Inbred strains)

特徴:
20世代以上の兄妹交配を繰り返して得られた「遺伝的に均一な個体群」。実験の再現性が高いのが利点です。

代表的な系統と用途:

系統名特徴・用途
C57BL/6(B6)最も広く使われる標準系統。遺伝子改変マウスの背景にも多い。免疫・神経・代謝研究に使用。
BALB/c抗体産生に優れ、免疫学・感染症研究に多用。
129系統遺伝子ターゲティングに適した胚幹細胞をもつ。ノックアウトマウス作製に利用。
DBA/2聴覚や心血管研究など特定表現型に有用。

2. 遺伝子改変マウス(Genetically Modified Mice)

現代の生命科学では、遺伝子改変マウスが機能解析の中心となっています。

● トランスジェニックマウス(Tgマウス)

外来遺伝子を導入して特定タンパク質を過剰発現させるモデル。
用途: 発現制御解析、シグナル伝達研究、疾患モデル(例:APPトランスジェニックアルツハイマーモデル)。

● ノックアウトマウス(KOマウス)

標的遺伝子を欠損させたモデル。
用途: 遺伝子機能の解明、病態解析、創薬ターゲット検証。
例: Cd9^-/-, Itga3^-/-, p53^-/- など。

● 条件的ノックアウトマウス(Cre-loxP系)

特定の組織や時期にだけ遺伝子を削除可能。
代表例: Alb-Cre, Nestin-Cre, Lyz2-Cre など。
用途: 臓器特異的機能解析、致死遺伝子の解析。

● ノックインマウス(KIマウス)

目的遺伝子座にタグ、リポーター、または変異遺伝子を導入。
用途: 発現追跡(例:tdTomato-KI)、機能変異解析(例:DTRやT2Aカセット導入)。


3. 免疫不全マウス(Immunodeficient Mice)

ヒト細胞や腫瘍の移植研究に不可欠なモデルです。

系統特徴・用途
Nude(nu/nu)マウスT細胞欠損。がん細胞の皮下移植に使用。
SCIDマウスT細胞・B細胞ともに欠損。
NOD/SCIDSCIDに糖尿病素因を組み合わせた系統。ヒト腫瘍の生着性が高い。
NSG(NOD/SCID/IL2rγnull)最も強い免疫不全。ヒト造血系・がん幹細胞・免疫系再構築研究に用いられる。

4. 疾患モデルマウス

ヒト疾患を再現したマウスも多数開発されています。

  • がんモデル:KRAS変異マウス、p53欠損マウス、腸管腫瘍モデル(Apc^Min/+)など
  • 神経変性モデル:APP/PS1(アルツハイマー病)、SOD1(ALS)
  • 代謝疾患モデル:ob/ob(レプチン欠損肥満マウス)、db/db(レプチン受容体欠損)
  • 免疫疾患モデル:MRL/lpr(自己免疫疾患)、NOD(糖尿病)

5. 実験目的別のマウス選択のポイント

目的推奨系統・モデル例
遺伝子機能解析KO/KIマウス(C57BL/6背景)
がん研究Nude, NSG, p53/KRASモデル
再生医療NSG, Rag2^-/-マウス
免疫研究C57BL/6, BALB/c
神経科学C57BL/6, 特定プロモーターCre系統
代謝研究ob/ob, db/db, C57BL/6

6. マウス選択と倫理

マウス実験は「3R原則(Replacement, Reduction, Refinement)」に基づき、

  • 他の方法で代替できないか(Replacement)
  • 使用数を最小限にできるか(Reduction)
  • 苦痛を軽減できるか(Refinement)
    を常に考慮する必要があります。
    動物実験計画書の承認を得て、倫理的配慮のもとで実施されることが原則です。

まとめ

研究に使われるマウスは、遺伝的背景・免疫状態・導入遺伝子などにより多彩な種類があります。
実験目的に応じて適切なマウスを選択することが、信頼性の高いデータと再現性の確保につながります。
正しい系統選択と倫理的配慮のもとで、マウスモデルは今後も生物学・医学研究の中核として活躍し続けるでしょう。

免疫細胞シリーズ総まとめ ― 自然免疫から獲得免疫、そしてネットワークへ

■ 免疫とは ― 「攻防と調和」のシステム

免疫系は単に外敵を排除するだけの防御機構ではなく、体の恒常性を維持する動的ネットワークです。
自然免疫と獲得免疫という二重構造を持ち、各種免疫細胞がサイトカインを介して互いに連携しながら、感染防御・組織修復・自己制御を行います。


■ シリーズの全体構成

テーマ主な内容
第1回免疫細胞の全体像自然免疫と獲得免疫の基本構造
第2回マクロファージ貪食・抗原提示・炎症制御・がんとの関係
第3回好中球・好酸球・好塩基球急性炎症やアレルギー反応の実行者
第4回樹状細胞免疫応答の起点となる抗原提示細胞
第5回NK細胞腫瘍・ウイルス感染に対する即時防御
第6回T細胞免疫応答の指揮官と記憶の担い手
第7回B細胞抗体を生み出す免疫の工房
第8回免疫細胞のネットワークサイトカインと免疫制御の全体像

■ 自然免疫 ― 最前線の即応チーム

自然免疫は、感染直後に作動する生得的な防御機構です。
マクロファージや好中球、NK細胞が代表で、**パターン認識受容体(PRR)**を用いて病原体の共通構造を検知します。
この段階では「特異性」よりも「即応性」が重視され、病原体の拡散を素早く抑え込みます。

  • マクロファージ:貪食とサイトカイン分泌で炎症誘導
  • 好中球:最初に到達し、短時間で異物を排除
  • NK細胞:感染細胞や腫瘍細胞を非特異的に殺傷

これらが「第一防衛線」として機能します。


■ 獲得免疫 ― 記憶と精密な攻撃

自然免疫による初期防御の後、樹状細胞が抗原を提示し、T細胞B細胞による獲得免疫が発動します。
獲得免疫は時間を要する代わりに、高い特異性と免疫記憶を備えています。

  • T細胞:ヘルパーTが免疫全体を指揮し、キラーTが感染細胞を除去。制御性T細胞が過剰反応を防ぐ。
  • B細胞:抗原刺激とT細胞の助けで抗体を産生。形質細胞と記憶B細胞を形成し、再感染に迅速対応。

このように、T細胞とB細胞の協働が液性免疫と細胞性免疫の統合を実現します。


■ サイトカインと免疫ネットワーク ― 精密な情報伝達系

免疫細胞は孤立して働くのではなく、サイトカインを介した通信ネットワークで相互に制御し合っています。
例えば、IL-12はTh1誘導を促し、IFN-γがマクロファージを活性化。逆にIL-10やTGF-βは炎症を抑制します。
この**「攻撃」と「制御」のバランス**が免疫恒常性の核心です。


■ 免疫バランスの破綻と疾患

免疫ネットワークが破綻すると、さまざまな疾患を引き起こします。

  • 自己免疫疾患:自己寛容の破綻(例:SLE、橋本病)
  • 免疫不全症:防御機構の欠損による感染症リスク増大
  • 慢性炎症・がん:過剰なサイトカイン産生や免疫抑制環境

現代医学では、このネットワークの部分的な制御(例:抗TNF-α抗体、免疫チェックポイント阻害薬)が治療戦略の中心となっています。


■ 免疫系を理解することの意義

免疫系は、生命の恒常性を支える最も高度な生体システムのひとつです。
感染防御だけでなく、がん、老化、再生、代謝、神経疾患など多領域に影響を与えています。
免疫を理解することは、医療の根幹を理解することでもあります。


■ まとめ ― 免疫は「動的な調和」

免疫細胞は、敵を攻撃するだけの兵士ではなく、体内環境を保つ調整者たちです。
マクロファージが状況を感知し、樹状細胞が情報を伝え、T細胞とB細胞が戦略を立て、NK細胞が即応する。
その全てをつなぐのがサイトカインネットワークです。

免疫とは「攻撃」ではなく「調和の科学」。その理解が、次世代の医療・創薬・再生医療の基盤になるといえるでしょう。

第8回:免疫細胞のネットワーク ― サイトカインと免疫制御の全体像

■ 免疫系は「細胞の社会」

免疫系は、マクロファージ・樹状細胞・T細胞・B細胞・NK細胞など多様な細胞がネットワークを形成して連携することで成り立ちます。
このネットワークの情報伝達を担うのが**サイトカイン(cytokine)**です。サイトカインは、細胞間の「言葉」に相当し、炎症反応・免疫応答・組織修復の全過程を制御します。


■ サイトカイン ― 免疫のメッセンジャー

サイトカインは、主にリンパ球やマクロファージが分泌するタンパク質で、ごく微量で免疫全体を調節します。主な機能別分類は以下の通りです。

サイトカイン群主な機能代表例
炎症性サイトカイン炎症の誘導・免疫活性化TNF-α, IL-1β, IL-6
抗炎症性サイトカイン炎症の抑制・恒常性維持IL-10, TGF-β
成長因子型サイトカイン細胞増殖や分化促進IL-2, IL-7, GM-CSF
ケモカイン免疫細胞の遊走誘導CCL2, CXCL8(IL-8)
抗ウイルス性サイトカインウイルス複製抑制IFN-α, IFN-β, IFN-γ

このようにサイトカインは、免疫反応の“スイッチ”にも“ブレーキ”にもなり得る極めて精密な調節因子です。


■ 自然免疫と獲得免疫の橋渡し

免疫応答はまず自然免疫が起動し、その後、樹状細胞がT細胞を活性化して獲得免疫が展開します。
この過程でもサイトカインは重要で、たとえば以下のような連携が見られます。

  • IL-12:樹状細胞やマクロファージから分泌され、ナイーブT細胞をTh1へ誘導
  • IL-4:Th2分化を促進し、B細胞の抗体産生を活性化
  • IL-6 + TGF-β:Th17細胞を誘導し、炎症性反応を強化

つまり、サイトカインが「どのT細胞系譜を伸ばすか」を決定し、免疫応答の方向性を制御します。


■ 免疫寛容と制御性T細胞(Treg)

免疫反応は過剰でも不足でも問題を生じます。そのバランスを保つ仕組みが**免疫寛容(immune tolerance)です。
特に重要なのが
制御性T細胞(Treg)**で、IL-10やTGF-βを分泌して炎症を抑え、自己免疫反応を防ぎます。
Tregの働きが低下すると、自己免疫疾患(例:1型糖尿病、関節リウマチなど)が発症しやすくなります。


■ 炎症制御と免疫暴走

免疫系は一度起動すると、強力な炎症反応を引き起こします。これを制御できない場合、サイトカインストーム(cytokine storm)と呼ばれる免疫暴走が起こります。
COVID-19重症例などでは、過剰なIL-6やTNF-αが全身性炎症を誘発し、臓器障害を引き起こします。
一方で、慢性炎症では低レベルのサイトカイン持続
ががんや動脈硬化のリスク因子となります。


■ 免疫細胞ネットワークの例:協調と抑制のバランス

免疫応答の典型的な連携の一例を示します。

  1. 樹状細胞が病原体を検知し、IL-12を放出 → Th1細胞を誘導
  2. Th1細胞がIFN-γを産生 → マクロファージを活性化し貪食を促進
  3. 同時に、TregがIL-10を分泌して反応を抑制
  4. 炎症収束後、マクロファージが修復促進型(M2型)へ転換

このように、免疫系は常に「攻撃と制御」のバランスを取る精密なネットワークです。


■ 免疫ネットワークの破綻と疾患

免疫ネットワークの異常は多彩な疾患に関与します。

  • 自己免疫疾患:免疫寛容の破綻(例:SLE, 多発性硬化症)
  • 慢性炎症性疾患:炎症性サイトカインの持続(例:潰瘍性大腸炎, 関節リウマチ)
  • 免疫不全:サイトカイン欠損による感染防御低下
  • がん:免疫抑制性サイトカイン(TGF-β, IL-10)が腫瘍免疫回避を促進

■ まとめ ― 動的バランスとしての免疫

免疫は「オン/オフ」の単純なスイッチではなく、多層的かつ動的なネットワークシステムです。
サイトカインによる細胞間対話が、免疫の強さ・方向・持続時間を決定し、過不足のない応答を保証します。
その精緻なバランスが崩れたとき、炎症・自己免疫・がんといった病理が生まれます。


■ シリーズを終えて

このシリーズでは、免疫細胞の多様な役割を概観し、その連携のダイナミズムを紹介してきました。
免疫系は単なる防御システムではなく、恒常性を守る統合的ネットワークです。
今後の医療研究では、このネットワーク全体を理解し、制御することが治療の鍵となるでしょう。

第7回:B細胞 ― 抗体を生み出す免疫の工房

■ B細胞とは ― 液性免疫の主役

B細胞(B lymphocyte)は液性免疫を担うリンパ球であり、主な役割は「抗体(免疫グロブリン)」を産生することです。抗体は病原体や毒素に結合し、中和・オプソニン化・補体活性化を通して体を防御します。
B細胞は骨髄(Bone marrow)で分化を始め、これが「B」の由来です。


■ B細胞の発生と分化

B細胞は骨髄内で前駆細胞から成熟B細胞へと発達します。この過程で**免疫グロブリン遺伝子の再構成(V(D)J再構成)**が起こり、それぞれが異なる抗原特異性をもつB細胞が生成されます。
成熟したB細胞は末梢リンパ組織(リンパ節・脾臓など)へ移動し、抗原刺激を待ちます。


■ 抗原による活性化とヘルパーT細胞の協力

抗原が体内に侵入すると、B細胞は自身の表面にあるB細胞受容体(BCR)を介して抗原を認識します。
一部の抗原(例:多糖類など)はT細胞の助けなしにB細胞を活性化できますが、ほとんどの抗原ではヘルパーT細胞(特にTfh細胞)との協調
が必要です。
抗原提示を受けたヘルパーT細胞がサイトカイン(IL-4, IL-21など)を放出することで、B細胞は活性化し、増殖と分化を開始します。


■ 胚中心反応と抗体の洗練

活性化したB細胞はリンパ節内の「胚中心(germinal center)」に集まり、ここで以下の2つの重要な過程を経ます。

  1. 体細胞超変異(somatic hypermutation)
     免疫グロブリン遺伝子にランダムな変異を導入し、抗体の親和性を高める。
  2. クラススイッチ組換え(class switch recombination)
     IgM抗体からIgG、IgA、IgEなどへと抗体クラスを切り替え、異なる防御機能を獲得する。

この結果、より効果的な抗体を産生できる「形質細胞」と「記憶B細胞」が誕生します。


■ 形質細胞と記憶B細胞 ― 即時防御と長期免疫

  • 形質細胞(plasma cell)
     大量の抗体を分泌する“抗体工場”です。感染防御の最前線を担いますが、多くは短寿命です。
  • 記憶B細胞(memory B cell)
     一度出会った抗原を記憶し、再感染時には迅速かつ強力な抗体応答を引き起こします。この仕組みがワクチン効果の基盤となります。

■ 抗体の機能と種類

抗体は主に5種類(IgM、IgG、IgA、IgE、IgD)が存在し、それぞれ異なる役割を担います。

  • IgM:初期感染時に最初に産生される
  • IgG:血中に最も多く、長期免疫に関与
  • IgA:粘膜免疫(唾液・腸管など)を担当
  • IgE:アレルギー反応や寄生虫防御に関与
  • IgD:主にB細胞表面に存在し、抗原認識に関与

■ B細胞と疾患

B細胞の異常はさまざまな疾患を引き起こします。

  • 自己免疫疾患(例:全身性エリテマトーデス)では、自己抗体を産生
  • B細胞リンパ腫では、B細胞が腫瘍化
  • 免疫不全症では、抗体産生の欠損により感染症に易感染

また、がん免疫療法においても、B細胞の抗体産生機構はモノクローナル抗体薬の開発に応用されています。


■ まとめ

B細胞は、体内で抗体を作り出す**「免疫の工房」**として機能し、短期的な感染防御と長期的な免疫記憶の両方を担います。T細胞との協働によって精密に制御されるB細胞応答は、免疫系の知性とも呼べる仕組みです。


次回(第8回)はシリーズ最終回として、**「免疫細胞のネットワーク ― サイトカインと免疫制御の全体像」**を取り上げます。

🧬免疫細胞シリーズ 第6回:T細胞 ― 免疫応答の指揮官と記憶の担い手

1. T細胞とは何か

T細胞(T lymphocyte)は、胸腺(Thymus)で成熟するリンパ球であり、獲得免疫系の中心的な役割を担います。T細胞は特定の抗原を認識し、感染やがんなど「非自己」を正確に排除します。

表面には**T細胞受容体(TCR)**を持ち、抗原提示細胞(APC)によって提示された抗原ペプチドをMHC分子を介して認識します。


2. T細胞の主な種類と役割

種類表面マーカー主な機能
ヘルパーT細胞(CD4⁺)CD4サイトカインを放出し、他の免疫細胞を活性化。免疫全体の指揮を執る。
キラーT細胞(CD8⁺)CD8ウイルス感染細胞や腫瘍細胞を直接殺傷。細胞傷害性T細胞(CTL)とも呼ばれる。
制御性T細胞(Treg)CD4⁺, Foxp3免疫反応を抑制し、自己免疫の防止と免疫バランスの維持を行う。
記憶T細胞CD4⁺またはCD8⁺過去の感染を記憶し、再感染時に素早く応答。ワクチン効果の基盤。

3. 胸腺での教育 ― 「自己・非自己」を学ぶ

T細胞は骨髄で前駆細胞として生まれ、胸腺で「選抜教育」を受けます。

  • 正の選択(positive selection):自己MHCを認識できるT細胞だけを生存させる。
  • 負の選択(negative selection):自己抗原を強く認識するT細胞を除去し、自己免疫を防ぐ。

この厳格な選抜を経て、「自己を攻撃しないが、異物には反応する」T細胞が形成されます。


4. T細胞の活性化と分化のステップ

  1. 抗原提示:樹状細胞などがMHC分子に抗原ペプチドを載せ、T細胞に提示。
  2. 共刺激シグナル:T細胞上のCD28が、樹状細胞のB7分子と結合して完全活性化。
  3. サイトカイン刺激:IL-2などによって自己増殖・分化が誘導。

この3段階を経て、T細胞は「働く細胞」へと分化します。


5. ヘルパーT細胞(CD4⁺)の多様なサブセット

活性化されたヘルパーT細胞は、周囲のサイトカイン環境に応じて多様なサブタイプへ分化します。

サブセット誘導因子主な機能
Th1IL-12, IFN-γ細胞性免疫を促進。マクロファージやキラーT細胞を活性化(ウイルス・細菌防御)。
Th2IL-4B細胞を活性化し、IgE抗体を誘導(寄生虫防御・アレルギー反応)。
Th17IL-6, TGF-β炎症反応や真菌感染防御を担う。自己免疫にも関与。
Tfh(濾胞性ヘルパーT細胞)IL-21リンパ節でB細胞を支援し、高親和性抗体産生を誘導。
TregTGF-β, IL-2免疫抑制と免疫寛容を維持。過剰反応を防ぐ。

6. キラーT細胞(CD8⁺)の標的攻撃メカニズム

CD8⁺キラーT細胞は、感染細胞や腫瘍細胞のMHCクラスI分子上の抗原を認識して攻撃します。

主な殺傷メカニズムは以下の2つです。

  • パーフォリン・グランザイム経路:細胞膜に穴をあけ、アポトーシスを誘導。
  • Fas/FasL経路:標的細胞に“死のスイッチ”を入れる。

この精密な細胞死誘導は、免疫療法(CAR-Tやチェックポイント阻害薬)にも応用されています。


7. 制御性T細胞(Treg)による免疫ブレーキ

TregはFoxp3という転写因子を持ち、免疫反応の「ブレーキ」として働きます。

  • 過剰な炎症を抑制し、自己免疫疾患を防止。
  • 腫瘍免疫では、がん細胞の免疫逃避に関与することも。

免疫治療では、このTregのバランス制御が新たな焦点となっています。


8. 免疫記憶の形成

感染やワクチン後に生じる記憶T細胞は、再感染時に素早く強い免疫応答を誘導します。

種類居場所特徴
中心記憶T細胞(T_CM)リンパ節増殖能力が高く、長期に維持される。
エフェクタ記憶T細胞(T_EM)末梢組織即座に防御反応を起こす。
組織常在記憶T細胞(T_RM)皮膚・粘膜など局所で持続的に防御を担う。

9. T細胞の異常と疾患

T細胞機能の破綻は、さまざまな免疫関連疾患の原因となります。

  • 過剰活性化:自己免疫疾患(多発性硬化症、関節リウマチなど)
  • 機能低下:HIV感染などによる免疫不全
  • 抑制逃避:がん細胞がPD-L1などを利用して免疫回避

10. まとめ

T細胞は、免疫応答の指揮官・実行者・記憶の担い手という三重の役割を果たす細胞です。
その精密な制御機構があるからこそ、私たちは感染やがんに対して的確な防御を行いながら、自己を傷つけずに生きることができます。


次回予告

次回は「第7回:B細胞 ― 抗体を生み出す免疫の工房」。
抗体産生や免疫記憶の形成など、体液性免疫の中核を担うB細胞の働きをわかりやすく解説します。

🧬免疫細胞シリーズ 第5回:NK細胞 ― 腫瘍・ウイルス感染に対する即時防御

1. NK細胞とは何か

NK細胞(Natural Killer cell)はリンパ系細胞に属しますが、抗原特異性を持たない自然免疫系の細胞です。つまり、感染や腫瘍を「事前の学習なしに」感知し、即座に排除する即時防御機構を担います。

名前の“ナチュラルキラー”は、「生まれつき殺す能力を持つ」ことに由来します。


2. NK細胞の基本的な特徴

  • 発生部位:骨髄で分化し、末梢血・脾臓・肝臓などに存在
  • 形態:大型顆粒リンパ球(Large Granular Lymphocyte; LGL)
  • 主要マーカー:ヒトではCD16(FcγRIII)、CD56(NCAM)
  • MHC依存性:T細胞とは異なり、MHCによる抗原提示を必要としない

3. 「自己」か「非自己」かを見分ける仕組み

NK細胞は「Missing-self 認識」という独自の原理で異常細胞を見分けます。

正常な細胞は表面にMHCクラスI分子を発現していますが、ウイルス感染や腫瘍化した細胞はMHCクラスIの発現が低下します。
NK細胞は以下の受容体のバランスで攻撃の可否を判断します。

受容体のタイプ代表例機能
抑制性受容体KIR, NKG2AMHCクラスIを認識し「攻撃中止」信号を送る
活性化受容体NKG2D, NKp30, NKp46ストレス誘導分子を認識し「攻撃開始」信号を送る

この「抑制と活性のバランス制御」により、NK細胞は自己組織を誤って攻撃しないように働きます。


4. NK細胞の攻撃メカニズム

NK細胞は標的細胞を見つけると、以下の二つの主要経路で排除します。

  1. パーフォリン・グランザイム経路
    • パーフォリンが標的細胞膜に穴をあけ、グランザイムが細胞内へ侵入しアポトーシスを誘導。
  2. Fas/FasL経路
    • NK細胞表面のFasLが標的細胞のFas受容体と結合し、細胞死を誘導。

また、CD16(Fc受容体)を介して抗体で覆われた標的を認識し、**抗体依存性細胞傷害(ADCC)**を起こすこともあります。


5. サイトカインとの相互作用

NK細胞の活性は、他の免疫細胞からのサイトカインによって調節されます。

サイトカインNK細胞への作用
IL-12樹状細胞やマクロファージから分泌され、NK細胞のIFN-γ産生を促進
IL-15NK細胞の分化・生存・増殖を維持
IL-2活性化T細胞から分泌され、NK細胞の細胞傷害能を高める

このように、NK細胞は自然免疫と獲得免疫の橋渡し的な存在でもあります。


6. がん免疫におけるNK細胞の役割

NK細胞は腫瘍の**免疫監視機構(immune surveillance)**を担います。初期の腫瘍細胞を早期に排除する一方、腫瘍が進行すると、NK細胞の機能が低下(“NK cell exhaustion”)することが知られています。

  • がん免疫療法との関連
    • IL-15誘導療法:NK細胞を活性化するサイトカイン治療
    • CAR-NK療法:CAR-T療法の安全性を改良した新技術
    • チェックポイント阻害:T細胞だけでなくNK細胞にもPD-1/PD-L1経路が存在

7. NK細胞とウイルス感染

インフルエンザウイルスやヘルペスウイルス感染時、NK細胞は感染初期から強力に働きます。ウイルス感染細胞はMHCクラスIを下げるため、NK細胞が選択的に認識・排除します。
また、NK細胞由来のIFN-γがマクロファージや樹状細胞を活性化し、全身的な抗ウイルス応答を強化します。


8. まとめ

NK細胞は「即応型の殺し屋」として自然免疫の第一線を守る存在です。
感染・腫瘍の初期段階で迅速に異常細胞を排除し、同時に獲得免疫の起動にも関与します。その柔軟で強力な機能は、今後の免疫療法開発においても注目されています。


次回予告

次回は「第6回:T細胞 ― 免疫応答の指揮官と記憶の担い手」をテーマに、ヘルパーT、キラーT、制御性T細胞など、免疫応答の中心的役割を持つT細胞を詳しく解説します。

【免疫細胞シリーズ④】樹状細胞:獲得免疫の起点となる抗原提示細胞

はじめに:樹状細胞とは

樹状細胞(dendritic cell, DC)は、枝のように突起を伸ばす形態から名付けられた免疫細胞で、獲得免疫の起点となる抗原提示細胞(APC)です。
自然免疫の一員として異物を認識・取り込み、その情報をT細胞へ提示することで、抗原特異的な免疫応答を開始します。


樹状細胞の発見と意義

1973年、カナダのラルフ・スタインマン(Ralph Steinman)によって発見され、その後、彼はこの業績により2011年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
それまで「マクロファージが主な抗原提示細胞」と考えられていましたが、樹状細胞の発見により、免疫応答の開始に特化した細胞が存在することが明らかになりました。


樹状細胞の起源と分化

樹状細胞は骨髄の造血幹細胞に由来し、血液中を循環して末梢組織に移動します。成熟段階に応じて大きく以下の2系統に分けられます。

分類主な特徴機能
cDC(conventional DC:古典的樹状細胞)抗原提示に特化T細胞活性化、サイトカイン産生
pDC(plasmacytoid DC:形質細胞様樹状細胞)ウイルス感染感知に特化I型インターフェロン産生

さらに、cDCは2つのサブセットに分かれます:

  • cDC1:クロスプレゼンテーション(外来抗原をMHCクラスI経路で提示)を行い、CD8⁺T細胞を活性化。
  • cDC2:抗原をMHCクラスII経路で提示し、CD4⁺T細胞を活性化。

樹状細胞の成熟と活性化

樹状細胞は常に周囲の環境を「監視」しています。未熟状態では高い貪食能を持ち、異物を取り込みます。
しかし、パターン認識受容体(PRR)を介して病原体関連分子(PAMPs)を認識すると、樹状細胞は成熟化します。

成熟樹状細胞では:

  • 抗原提示分子(MHCクラスI・II)の発現増強
  • 共刺激分子(CD80、CD86、CD40など)の発現上昇
  • サイトカイン産生(IL-12、IL-6など)
  • リンパ節への移動

これにより、T細胞を効率的に活性化する能力を獲得します。


樹状細胞の主な機能

1. 抗原提示

樹状細胞はMHC分子を介して抗原ペプチドをT細胞へ提示し、T細胞の初期活性化を担います。

  • MHCクラスI経路:内在性抗原(ウイルス感染細胞など)をCD8⁺T細胞へ提示
  • MHCクラスII経路:外来性抗原をCD4⁺T細胞へ提示
  • クロスプレゼンテーション:外来抗原をMHCクラスI経路に載せる特殊な機構

2. 免疫応答の方向づけ

樹状細胞は分泌するサイトカインによって、T細胞分化の方向(Th1、Th2、Th17、Tregなど)を決定します。
例:

  • IL-12 → Th1誘導(細胞性免疫)
  • IL-10 → Treg誘導(免疫抑制)

3. 免疫寛容の維持

自己抗原を提示しつつもT細胞を活性化しない「トレランス誘導型DC」は、自己免疫疾患の防止に寄与します。


樹状細胞と疾患の関係

1. 感染症

ウイルス感染時、pDCがI型インターフェロンを大量に分泌して抗ウイルス状態を誘導します。
cDCは抗原提示を通じて、ウイルス特異的T細胞を活性化します。

2. 自己免疫疾患

樹状細胞が誤って自己抗原を提示すると、自己反応性T細胞が活性化され、自己免疫疾患(多発性硬化症、1型糖尿病など)が発症します。

3. がん

腫瘍微小環境では、樹状細胞の成熟が阻害されることが多く、抗原提示能の低下が免疫逃避の一因になります。
これを逆手に取ったDCワクチン療法(腫瘍抗原で樹状細胞を活性化して体内へ戻す治療)が臨床応用されています。


樹状細胞研究の最前線

  • シングルセル解析により、組織常在型DCの多様性が明らかに。
  • クロスプレゼンテーション機構の分子基盤が解明されつつあります。
  • 免疫療法応用:DCを用いたがんワクチン、免疫寛容誘導療法、ナノ粒子を使ったDC標的ドラッグデリバリーなどが進展中です。

まとめ

樹状細胞は「免疫の翻訳者」と呼ばれるほど重要な役割を持ちます。
病原体の情報を正確にT細胞へ伝えることで、自然免疫と獲得免疫の橋渡しを担い、免疫応答全体を方向づける存在です。
がん、感染症、自己免疫など多くの疾患で樹状細胞を標的とした治療法が研究されており、今後も免疫学の中心的テーマであり続けるでしょう。

【免疫細胞シリーズ③】好中球・好酸球・好塩基球:炎症の最前線で戦う白血球たち

はじめに:顆粒球とは

好中球・好酸球・好塩基球は、いずれも骨髄で作られる顆粒球(granulocyte)に分類される白血球です。
それぞれの細胞質には特有の顆粒が含まれ、これらの顆粒に殺菌・炎症調節・免疫修飾作用を持つタンパク質が蓄えられています。
彼らは主に自然免疫
の一員として、感染やアレルギー、組織損傷などの現場で迅速に反応します。


1. 好中球(neutrophil):感染防御の最前線

概要

好中球は、白血球の中で最も多く(全白血球の50〜70%)を占める細胞で、感染部位に最初に集結する「第一応答者」です。寿命は短く、通常1〜2日で死滅しますが、その短期間に強力な防御反応を展開します。

主な機能

  • 貪食作用:細菌や真菌を取り込み、リソソームで分解。
  • 殺菌顆粒の放出:ミエロペルオキシダーゼ、エラスターゼ、ラクトフェリンなどを放出して殺菌。
  • NETs形成(Neutrophil Extracellular Traps):DNAと抗菌タンパク質を放出し、病原体を網のように捕捉。

疾患との関連

  • 感染症:好中球減少症では細菌感染に極めて脆弱になります。
  • 炎症性疾患:過剰な好中球活性化は組織障害を引き起こし、敗血症や慢性炎症の原因となります。

2. 好酸球(eosinophil):寄生虫防御とアレルギー反応の担い手

概要

好酸球は全白血球の1〜5%を占め、寄生虫感染やアレルギー反応に関与します。顆粒は酸性染色(エオシン)に強く染まることから名づけられました。

主な機能

  • 寄生虫防御:主要塩基性タンパク(MBP)、好酸球ペルオキシダーゼ(EPO)などの毒性分子を放出し、寄生虫を攻撃。
  • アレルギー反応:IgEを介した刺激で活性化し、気道や皮膚に炎症を引き起こします。
  • 免疫調節:IL-4、IL-13を分泌し、Th2型免疫応答を増強。

疾患との関連

  • 気管支喘息:気道内の好酸球増加が特徴的で、慢性炎症や気道過敏性を引き起こします。
  • 好酸球性副鼻腔炎・皮膚炎:慢性アレルギー疾患に深く関与。
  • 寄生虫感染:アニサキス症やフィラリア症などで好酸球増多が見られます。

3. 好塩基球(basophil):アレルギー反応の触媒

概要

好塩基球は白血球の中で最も数が少なく(全体の1%未満)、塩基性色素で濃く染まる顆粒を持ちます。
マスト細胞と似た性質を持ち、IgE受容体を介してアレルギー反応を誘導します。

主な機能

  • ヒスタミン放出:アレルゲン刺激により顆粒からヒスタミンやヘパリンを放出し、血管拡張や透過性亢進を引き起こします。
  • サイトカイン産生:IL-4、IL-13を放出してTh2細胞分化を促進。
  • マスト細胞との連携:好塩基球は循環系で働くのに対し、マスト細胞は組織常在型です。

疾患との関連

  • アナフィラキシー:全身的な急性アレルギー反応を引き起こす主要因。
  • 花粉症・アトピー性皮膚炎:好塩基球やマスト細胞の過剰活性が症状を悪化させます。

顆粒球の相互作用と炎症制御

これら3種類の顆粒球は、単独で働くのではなく、互いに連携して炎症を調整します。
たとえば、好中球が放出するサイトカインが好酸球の集積を誘導し、好酸球は炎症終息期に抗炎症性因子を分泌して反応を鎮静化します。
こうしたバランスが崩れると、慢性炎症やアレルギー疾患が持続的に進行します。


まとめ

好中球・好酸球・好塩基球は、感染や炎症の「最前線」で活躍する白血球です。

  • 好中球:感染初期の防御
  • 好酸球:寄生虫とアレルギー制御
  • 好塩基球:アレルギー誘発と免疫調節

それぞれが独自の役割を持ちながらも、協調的に働くことで生体防御の均衡を保っています。

【免疫細胞シリーズ②】マクロファージ:免疫の司令塔と清掃員

はじめに:マクロファージとは

マクロファージ(macrophage)は、ギリシャ語で「大食細胞」を意味します。その名の通り、細菌や老廃細胞を“食べて”除去する貪食能を持つ細胞で、自然免疫の最前線に位置します。
しかし単なる「掃除屋」ではなく、炎症を誘導・鎮静化し、さらには組織修復やがん免疫の制御など、多彩な生理機能を担う極めて重要な免疫細胞です。


マクロファージの起源と分化

マクロファージは主に2つの起源を持ちます:

  1. 骨髄由来モノサイト経路
    骨髄で作られた単球(monocyte)が血液中を循環し、炎症や損傷部位に遊走してマクロファージへと分化します。
  2. 胎生期由来の常在マクロファージ
    胎生期に発生し、肝臓・肺・脳などに定着して一生を通じて維持されるタイプです。
    例:
    • 肝臓:クッパー細胞(Kupffer cell)
    • 肺:肺胞マクロファージ
    • 脳:ミクログリア
    • 脾臓・リンパ節:辺縁帯マクロファージ

これらのマクロファージは、臓器ごとに異なる環境シグナルに応答して独自の遺伝子発現パターンを持ち、組織恒常性の維持に寄与します。


M1・M2マクロファージの機能的分極

マクロファージは環境刺激に応じて、機能的に大きく2つの型へ分化します。

分類主な刺激主な機能分泌サイトカイン
M1型(古典的活性化型)IFN-γ、LPS炎症誘導、病原体排除、腫瘍抑制IL-1β、IL-6、TNF-α、IL-12
M2型(代替的活性化型)IL-4、IL-13組織修復、抗炎症、腫瘍促進IL-10、TGF-β、VEGF

M1とM2は一方的な分類ではなく、実際の生体内ではその中間や可塑的な状態が存在します。
たとえば、がん組織内のマクロファージ(TAM: tumor-associated macrophage)は多くの場合M2様の性質を示し、腫瘍の免疫抑制や血管新生を助長します。


主な役割

マクロファージの機能は非常に多岐にわたります。

① 貪食作用

細菌・アポトーシス細胞・異物などを取り込み、リソソームで分解します。
この過程で抗原情報を得て、次の免疫応答へと繋げます。

② 抗原提示

マクロファージは貪食した異物の断片(抗原)をMHCクラスII分子に提示し、T細胞を活性化します。これにより、自然免疫から獲得免疫への橋渡しが行われます。

③ サイトカイン産生

炎症性サイトカイン(IL-1β、TNF-αなど)を放出し、感染部位への免疫細胞の動員や炎症反応の制御を行います。

④ 組織修復・線維化

炎症の終息期には、損傷組織の修復を促進する因子(TGF-β、VEGFなど)を分泌し、血管新生や線維芽細胞の活性化を誘導します。


マクロファージと疾患の関係

1. 感染症

マクロファージは細菌やウイルスを貪食して排除しますが、一部の病原体(例:結核菌、HIV)はマクロファージ内で生存・増殖する能力を持ちます。

2. 慢性炎症

過剰なM1活性は自己免疫疾患や慢性炎症(関節リウマチ、動脈硬化など)を引き起こします。

3. がん

腫瘍関連マクロファージ(TAM)はがん微小環境の中心的プレイヤーです。
TAMはVEGFやMMPを分泌して腫瘍血管新生や転移を促進し、免疫抑制性サイトカイン(IL-10、TGF-β)によりT細胞応答を抑制します。
このため、TAMを標的とした抗腫瘍免疫療法(例:CSF1R阻害、CCR2阻害など)が注目されています。


マクロファージの可塑性と新たな研究動向

最新研究では、マクロファージが環境に応じて柔軟に機能を切り替える「可塑性」が注目されています。
がん、代謝疾患、組織再生、老化など、多様な文脈でマクロファージの役割が再定義されつつあります。
特に、単一細胞解析や空間トランスクリプトミクスを用いた研究により、組織常在型マクロファージの分子特徴が次々と明らかになっています。


まとめ

マクロファージは、感染防御・免疫制御・組織修復・腫瘍免疫といった多様な機能を担う“免疫の司令塔”です。
単なる貪食細胞ではなく、環境応答性に富んだ多機能細胞として、免疫学・がん学・再生医学のあらゆる分野で重要な研究対象となっています。